パラメタとか動作方式の話よりも大事なコンプの「そもそも話」。
(2024年4月22日更新)
■よくある誤解
「コンプが分からない」ことの原因は、コンプでやろうとしていることが根本的に間違っているからです。
割り箸は紙を切る道具ではありません。がんばれば切れるかもしれませんが。
同様に、コンプは音を大きくする道具ではありません。
コンプは音を小さくする道具です。
(com-PRESS プレス、圧縮)プレスする道具、プレッサーです。
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・コンプは音量を大きくする道具である(誤)
コンプは音量を大きくする道具ではありません。
「大きな音にしたい」という欲求だけで過剰なコンプ設定をすると、例外なくおかしな音になってしまいます。
多くのコンプには「ゲイン」というパラメタがついています。これを上げると音量が大きくなります。
コンプで小さくしてから「ゲイン」で持ち上げると、結果として音量が大きくなります。
音を大きくしたいだけなら、ゲインを上げるだけで良いです。
音を大きくしたいだけなら、
まずフェーダーを上げましょう。
大きくしただけだと何か違うなぁ~、という時にコンプで性質を変えるわけです。
・コンプは音を太くする道具である(誤)
「音の太さ」という抽象的な概念を直接操作できる道具は存在しません。
「音の太さ」というのは、元の音に対して様々な道具を適切に使った結果であって、あらゆる音素材に「太さを与える」加工など存在しません。
音を太くしたいなら、
まずフェーダーを上げてみましょう。
・サチュレーターは使った?
しいて言うなら「音を太くする」のはサチュレーターじゃないかな?と私は考えています。
サチュレーターは倍音を付け足す「歪み」を与える道具です。
音量そのものを操作しなくても、付け足しで性質を変えるので、結果として「太くなった、強い音になった」と感じます。
上画像。
サイン波のシンプルな信号にサチュレーターをかけるとこうなるよ、という画像です。
画像でわかりやすいように極端なサチュレート加工をしています。実際にこんなにかけると、ギターアンプを通したような音になってしまいます。⇠ギターアンプも「歪み」を与える道具ですよね。
サチュレーターでハイが大きくなります。
厳密には「ハイが付け足し」されています。
結果として、なんかデカい、迫力のある、プロっぽい音になります。
この付け足しはその瞬間に発音されている周波数からの掛け算の数値なので、固定EQでハイ上げするのとも違った効果となります。
「目立った音にしたい!」と思って安易にEQでハイ上げするより「この音だ!」となるかもしれません。
「アナログ系コンプやEQが良い」と言われる理由のひとつが、アナログを経由することでそのアナログ道具に起因するサチュレートが発生するからです。
たまに見聞きする「このEQやコンプを通すだけ」というのは、その機器特有のサチュレートだけを得たい、ということです。オカルトやおまじないではありません。
プロでも「この機器のサチュレート歪みをもらおう」と意識しておらず、経験則や師匠の猿真似でこれをやっている人もいて、原理原則を理解していない人も散見されます。彼らはその効果を正確に説明できていないことがありますが、決してオカルトではありません。
■コンプがうまくいかない理由
手前のEQでローカットをして「コンプが適切に反応できる状態」を作ってください。それからコンプに入れてください。
コンプは全ての音を好きなように加工できるツールではありません。
・低音を無視するコンプもある
コンプのモデルによっては「低音無視機能」が備わっていることがあります(side chainと呼ばれています。EDMとかでダッキングさせるサイドチェーンではなく、本来の、古典的な意味でのサイドチェーンです。まったく同じ用語なので誤解されがちです)。
お手持ちのコンプの説明書をちゃんと読みましょう。
なお、この機能が無いからと言って、ダメなコンプということではありません。
この機能は「低域を無視して別処理したほうが便利だよね」という経緯から装備されてきました。
低音無視コンプに昔から需要があったということは、その機能がついていないプラグインコンプの場合には、別途処理してあげないとすっぴんコンプだけでは面倒が起きやすい、ということです。
■コンプの使い方がさっぱり分からない人はMeldaを使え
すべての挙動が可視化されているので分かりやすいです。
これを使って仕組みを理解できないなら、すべての理解をあきらめて「感覚で突っ走る派」で生きていくべきです。それでもまったく心配ありません。そういう感覚に全振りした人が未知の領域を開拓してきたのが音楽の歴史なんですから。
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Melda等の「可視化情報の多いコンプ」を見ながら、コンプが掛かった音はこういう音になるのか!ということを目と耳で習得しましょう。その後で質の良いコンプに乗り換えれば、誤った使い方になることはまずありません。
いきなり高品質っぽいアナログ系コンプに触るから、わけのわからない使い方になってしまうんです。
「コンプの掛かった音」を判断できないから、リミッターにいくら突っ込んでも平気でいられるんです。
慣れてくると、テレビの音だろうと何だろうと「コンプ感」を識別できるようになります。アニメの声ってコンプかかりすぎなのが多いですよ。
■Waves様も言っておられる
「11のコンプの勘違い」
元記事はそれぞれのセンテンスが非常に短いので内容が非常に薄いです。
- プロだけが知っている秘密の設定数値がある?
- プリセットを使う?
- リミッターの代理になる?
- ダイナミックレンジを揃える作業をすべてコンプでやる?
- ボーカルは必ず速いアタックタイムにする?
- ドラムに速いアタックを使うとクソ音になる?
- ソフトニーの挙動の誤解
- コンプを使うと生演奏の良さが死ぬ?
- コンプの後でEQをする
- コンプの動作方式だけで選ぶ
- コンプを強くかけて音圧を上げれば良い音になる?
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以下、個別にコメントを添えつつ。
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・プロだけが知っている秘密の設定数値がある?
万能のコンプ設定など存在しません。
ちゃんと毎回設定しましょう。
ただし、元記事で触れられていませんが「プロは特定の数値で固定している」状況は実際にあります。それは「この環境でしか使わない」という限定的な状況です。
ライブ現場や放送用途などで「保険として設置しておくコンプ」は設定をコロコロ変えることは稀です。
たとえばラジオのスタジオで、来る人の声質によって設定を変えることはまずありませんし、その場でアコギをちょっと演奏する時に設定を変えることはまずありません。
また、音の調整に対して恐ろしく無頓着な「演奏プロ」の人が、高い機材を持っていても信じがたいほど雑な使い方をしているケースがあります。
・プリセットを使う?
プリセットをそのまま使うのは絶対にやめましょう。
少なくともプリセットを選んでから、今鳴らしている音にすり合わせをしましょう。
曲によって、音量も音質も音域も音符の密度も違います。
ただし「インプットレベル」のついているコンプは、プリセットを適当に立ち上げておいて、入力音量だけを修正するという運用方法があります。これは実際ものすごく便利です。
私は「インアウトゲインがついているだけで、そのプラグインは3割増し」と主張しています。さらに「ミックスバランスがついているなら更に3割増し」という感じ。
些細な違いでコンプをとっかえひっかえするくらいなら、インアウトとミックスの3つのツマミがついたコンプを1つ所有するべきです。
関連記事を貼っておきます。
コンプの基本的な動作原理を視覚的に学習できるサイトの紹介記事です。
eki-docomokirai.hatenablog.com
・リミッターの代理になる?
元記事では「言葉の定義」について言っていて、どっちでも同じと言っています。
しかし、マスタリングでは話が違ってきます!
音圧の大きいEDMなど、デジタルピークぎりぎりの音楽で「ここを突破されたら音割れする」のを絶対に回避したい場合には、優れたリミッターが絶対に必要です。普通のコンプでは絶対に防ぎきれない瞬間的な突出は実在します。
曲芸的なコンプの使い方で見事なTP抑え込みを実現するパフォーマンスは存在しますが、やる意味がまったくありません。
古臭い教科書ではリミッターが悪であるかのように書かれていることがありますが、それは「リミッターを過剰に使用するな」というだけのことです。リミッターは悪ではありません。
「蓋を乗せる」のがコンプだとすると、「水漏れ防止加工」「溶接」がリミッターということです。
詳しく知りたい人は「トゥルーピーク」や「インターサンプルピーク」で検索して勉強してください。
関連記事を貼っておきます。
eki-docomokirai.hatenablog.com
eki-docomokirai.hatenablog.com
・ダイナミックレンジを揃える作業をすべてコンプでやる?
コンプだけではなく、音量オートメーションも使ってください。
場面に応じてコンプの設定もオートメすることもあります。
コンプ設定一発だけ1曲通して完璧な結果になることは稀です。
雑に作るだけならそれでも良いですが。
・ボーカルは必ず速いアタックタイムにする?
上と同じです。
・ドラムに速いアタックを使うとクソ音になる?
速いアタックタイムはドラムの音を殺してしまうことがほとんどです。原則的にやめましょう。
元記事では主に「パラレルコンプ」の話をしています。
パラレルコンプとは『速いアタックのコンプでべたべたに潰したドラム音を「小さく重ねる」手法』です。二重のドラムが程よくブレンドすると、非常に今風のドラム音を得られます。ちょっと面倒な手法ですが、練習する価値があります。
さらに「トランジェント」処理をすることで、より現代的なドラムサウンドに近づくことができます。
関連記事を貼っておきます。
eki-docomokirai.hatenablog.com
・ソフトニーの挙動の誤解
ソフトニーの挙動は良いGUIのコンプを見れば一目瞭然です。
GUIの無い、ツマミだけが並んだアナログ系コンプの場合には勘違いをしないように。
・コンプを使うと生演奏の良さが死ぬ?
丁寧に使えばより生のニュアンスを誇張できます。
生演奏経験、特にブラバンなどのマイクを使わない音楽ジャンルの経験が長い人が「コンプはダメ」と主張する傾向があります。が、ブラバンやオーケストラなどのクラシックの市販音源でもほぼ例外なくコンプなどのエフェクタが「丁寧に」使われている、というのが事実です。
・コンプの後でEQをする
コンプの使用で最も重要なのが「コンプの前でEQ加工済みにするか」「コンプの後でEQするか」の二択です。もちろんコンプの前後で複数のEQを使っても全く問題ありません。
コンプは「入ってきた音」に作用しますから、「EQ済みの音が入ってくる」状態にした方が、コンプがおかしな反応をすることを防げます。なので、一般的には「EQ→コンプ」の方が汎用性が高いと言えます。
例えばCubaseのデフォルト状態だと、コンプ→EQの順になっています。これは使いにくいので、チャンネル付属のEQだけではなく、インサートエフェクトでコンプの前にもう1つのEQを設置するべきです。
・コンプの動作方式だけで選ぶ
動作方式だけを言及して「オプトはボーカル用です」「FETはドラム用」と決めつける人がいます。頭が硬いなぁと思います。
はさみで切るかカッターで切るか、素手でちぎるか、という程度のことです。
いずれにせよ、モデルと設定を入念に考え抜きましょう。音を聞きましょう。
頭ごなしに指示してくる人はたいてい初心者に毛が生えた程度の教えたがりなので無視しましょう。覚えたての知識を語りたがっているだけです。
もし複数のコンプ品種を試したいなら、インサートに複数を並べておいて、スイッチをオンオフしながら試すのが早いです。
同様に、極端な数値設定のすべてがミスというわけではありません。
・コンプを強くかけて音圧を上げれば良い音になる?
元記事が主張しているのは「音圧戦争は終わった」というちょっと古いというか、一方的すぎる主張です。最近ラウドネスについて知った人がドヤ顔で言ってそうな一面的すぎる話。
音圧とはジャンルです。
潰した音が求められるジャンルなら潰すし、潰さない音が大事なジャンルなら潰さないだけのことです。
そのどちらもが共存できる世界を目指しているのがラウドネスという規格の志であって、「音量を潰すジャンルは死ね」と言っているわけではありません。潰したいなら潰してください。
また、誰もが御存知の通り、市販用の音源は-15LUFSで販売されているわけではありません。ストリーミング配信がすべてであるかのように吹聴するのはやめてほしいものです。だって、メジャーレーベルのYoutubeのラウドネスを見てよ。どこも-14でアップしてないでしょ?
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狙ったラウドネスで作れるスキルと、しっかり大音量で作れるスキル。両方が必要になっただけです。
大音量は小さい音量のものを潰せば簡単に作れます。
なので、とりあえず目指すべきは、-14LUFSを狙って作れるようにすることだと言えます。
ただし、その-14LUFSというのは「平均音量」でしかありません。
単にラウドネス数値が合っているだけではまったく意味がありません。
ダイナミクスレンジを殺しすぎない-14LUFSを作れるように頑張ってください。
ただ音量をデカくするために使うのではなく、特定の数値を狙い撃つ練習をすれば、総合的なスキルが上がります。マジで。
・圧縮した音を小さく鳴らす
コンプ=音圧、ではありません。
めっちゃ潰した音を小さく鳴らせば、音圧は低いです。
当たり前のことですが、「コンプ=音をデカくする」と考えていると、根本的な誤解をしたままになってしまいます。
これは伴奏の音などで実際よく使います。
小さいけど、安定して鳴り続けている音です。
伴奏だから大きくしない=コンプしない、ということではありません。
逆に、ノーコンプでも0dBを超えれば割れます。つまり音がデカすぎるてことですよね。
0dBを越えさせないだけならリミッタで一発です。0dB越えないけどなんか違うなぁ~と思った時に適度にコンプを使う。そんだけです。
■関連記事
続編を書きました。
eki-docomokirai.hatenablog.com
eki-docomokirai.hatenablog.com
コンプの解説でよくあるミスを指摘した記事。
アタックタイムは「コンプが作動するまでの時間」ではなく「圧縮完了するまでの時間」です。