eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

(翻訳記事)あなたのミックスをぶっ壊す9つの罠

正直あまり良い内容ではなかったのですが、だからこそ指摘しつつ紹介しようと思った。海外動画だからと言って鵜呑みにしてはいけません。

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(2021年9月23日)

■動画

まー非常に丁寧に編集されています。お疲れ様でした。

www.youtube.com

 

■1、盲目的に誰かのプラグイン用例を真似するな

冒頭~

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他人の録音物が、他人の手法で加工されているのを

あなたの録音物を、あなたが加工する際に適合しても無意味です。

歌手が違います。部屋が違います。マイクが違います。マイクポジションが違います。プリアンプが違います。

だから、プラグインだけ同じにしても全く無意味ということです。

(ボーカルに限らず。)

 

■2、すべてのピークをEQで潰すな

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1に類似します。

よくネット記事で「細いEQでピークをさがして潰しましょう」と書かれていますが、そのノウハウをいつどのように使うかについてしっかり考える必要があります。考え抜いた上で「やらない方が良い」という選択肢を常に持っておく必要があります。

当ブログでも同様のことを書いています。

 

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

■3、魔法の周波数などない

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オカルトに傾倒しているエンジニアがたまに言っている「神秘的な周波数がある」というメソッドは眉唾ものです。

彼らはさまざまな理屈を駆使して、その周波数の根拠を主張します。

具体的な数値とその根拠を解説しているので、なんとなく説得力がありますが、もしそれらが本当に効果のあるものであれば、もっと普及しているはずですし、大手メーカーも活用しているはずですよね。

あえて誰とは言いませんし、リンクも貼りませんが、そういうオカルチックな情報を主張している人がいたら気をつけましょう。

動画内で警告されているのは「キックの50、ベースの100」とかの話も含まれています。国内でやたら多く見聞きするのは「スネアの200(250)」もか。

ともかくそういう数値を決め打ちしてくる話は眉唾ものです。そういう数値を大量に記述することで売ろうとしている書籍も同様です。

 

私はこの手の「明確な数値情報を見せて相手を騙す」やり方を『ダメ資料』と呼んでいます。

eki-docomokirai.hatenablog.com

一昔前の日本のネットの言論には「ソース出せよ」というものがありましたが、ソースがあるから正しいとは限らないです。ソースさえあれば信じ込むタイプの人がそういう罠に陥りやすいので気をつけましょう。

なお私が最も笑った皮肉ネタは「今こうしている間にもアフリカでは1分間に60秒が経過しています」というものです。

dic.nicovideo.jp

精密な数字が出てくると人は騙されやすいものだ、というジョークですね。

 

■4、すべてをコンプするな

多くの人はコンプしすぎです。と主張していますが、これはややキャッチーなタイトル付けにこだわりすぎている感があります。より適切に言えば「コンプしないトラックを探せ」ではないかと私は思います。

 

コンプをすることが目的ではなく、適切なダイナミクスレンジに収まっているという結果を得るためのコンプです。すでにダイナミクスレンジが適切ならコンプは必要ありませんよ、ということ。

たとえば市販のループ素材を持ってきたなら、それらはすでにコンプされていることが多いですから、コンプする必要はありません。盲目的に「パーカッションはこのくらいのコンプをかける」というメソッドに当てはめてはいけません。

 

とはいえ、コンプしないのが正解というわけではありません。

割と多いのがプレイヤー出身の人がミックスする際に「コンプすると音が崩れるからコンプしたくないんだよなぁ」と主張しているケースです。

たしかにコンプしないナチュラルな音のほうが明らかに良いケースもありますが、コンプしないのが正解というわけではありません。

 

また、コンプは相対的なものです。

他のトラックが持つダイナミクスレンジに対し、別のトラックがどういうダイナミクスレンジでミックスされていくか?というものです。

ミックスはよく料理に例えられます。味が濃い品があるなら、他の品も味を濃くするべきです。薄味のコースなら薄味であるべきです。食後の一杯はサッパリしていたほうが好ましいはずです。

何かを過剰にコンプすると、別のトラックも必然的に過剰なコンプになってしまう傾向があります。ミックス中に別のトラックを薄いコンプにしたほうが良いと思ったなら、手前の作業でコンプを仕上げたトラックも薄味に戻す作業をしてみるのが良いと私は思います。DAWでの作業はいつでも戻れるんですから。

 

また、言うまでもなくコンプとは「入力音量に対して反応するエフェクタ」です。コンプの設定をいじるより、コンプのモデルを変えるより、入力される前の音を入念に調整しておくことで、適切な結果を得られます。なんでもコンプを通すことで解決しようとしていませんか?

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■5、プリセットを使っても良いよ

このタイトルもちょっと誤解を招きますね。

動画内ではちゃんと補足している通りで「リバーブなどではプリセットが有効」です。また、やや蛇足ですが、シンセの音色などはプリセットのほうが良いくらいだと思います。(昔昔、FM音源の時代などは「音色を作る」スキルが何より重要でしたが、現在ではシンセ音色というものは半ば完成に至っていて、素人が工夫する価値はかぎりなくゼロです。)

例えばリバーブのプリセットを立ち上げて、「入力音+リバーブ音」をチェックしながら調節する手法が良いでしょう。

 

とは言え、この解説セクションで鳴らしているリバーブ(ディレイ)の最終結果では右に音が残りすぎているので、正直下手だなと思います。(11分あたりの赤いディレイ)もうちょっと上手い状態になるまで丁寧に加工してみせるべきだと私は思います。

下画像、緑囲み部分がステレオディレイの独立フィードバックの設定部分と思われますが、明らかにRが多すぎて、いつまでも残ってしまっています。初手でプリセットからハイローカットを修正したのは適切でしたが、私なら左右のフィードバックも修正します。

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11分9秒で再生が終わり「nice」と言っているところで右に残りすぎていることを確認してみてください。おいー!そこで終わるんかいー!と思うはずです。

 

つまり、こういうTIPS動画に対する接し方として「キャッチーなタイトルに騙されないこと」「ちゃんとした技術のある人が言っていることか」を常に厳しく監視するべきだということです。

 

余談ですが、続くセクションでEQ加工をしている場面を見ても、(28分20秒~)

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明らかに扱いが下手な人だなぁと思いませんか?

 

■6、◯◯デシベルを越えてはいけないわけではない

これは、EQやコンプ加工などで「◯◯デシベル以上の加工をしてはいけません」というメソッドに対する反論です。

状況によっては、求める音によっては、通常のルールを無視しても構いません。

 

とはいえ、このセクションで反論しているのは「4dB以上の加工をしない」という謎ルールであり、私はそんな数値は聞いたことがありません。同様のものとして「3dBを超える加工をするな」「2dBを~」というのなら聞いたことがありますが、4dBというのは初耳です。日本国内でおかしなメソッドが散見されるのと同様、たぶん動画作者の周辺では「4dBルール」という謎メソッドが流行っているのでしょう。なお私がミックスを教わった時には3dBルールが多かったように思います。もちろん教えてくれた人は「そういう安直な数値だけで加工せず、思い切った加工が必要になることもある。それをエクストリームEQと呼ぶんだよw」と教えてくれました。

 

ただし、人間の頭のサイズを明確な根拠としたハース加工(ショートディレイ)の場合は、それを超えるべきではないと言えます。にもかかわらず、近年はハース加工の際に30msをも許容する謎メソッドが出てきているので気をつけるべきだと思います。

それらから言えるのは、メソッドは年々拡大解釈されてきているということです。「2dBを超えるな」から始まって今は「4dBまで」という拡大解釈が行われてきているという傾向です。ハース加工の場合は「30ms」という過剰な解釈も生まれているということです。

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

似たような問題はTP(True Peak)の諸問題にもあります。神経質な人はTPを完全に回避するために-3dBを主張しますが、徹底的な音圧を求める人たちは-0.1で良いと言っています。

 

様々な主張があり、様々な反論があります。どれが正解ということは無く、あなたがどれを基準にするかというだけの話です。

eki-docomokirai.hatenablog.com

なお、ゲインリダクションは3dBとかそういう数値になる一因はVUメーターという可視範囲の極めて狭いメーターに頼り切っているからだ、という説もあります。この動画で使用されているSlate digital FG-401のVUメーターも狭いものですが、メーターには-20dBまでの表示が可能です。なんとなく垂直を越えない4dBあたりが適切に見えてしまいますが、ただでさえ足かせになりやすいVUメーターの中で、さらに足かせを強くする必要は無い、というだけのお話です。人は数値に騙されやすい一方で、視覚情報にも騙されやすいということですね。

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関連記事としてVUメーターの話を貼っておきます。一長一短の道具ですね。

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

■7、リファレンス曲に寄せすぎるな

リファレンスミックス、つまり参考曲に寄せていくミックス手法にたいする警鐘です。

ある程度以上理解している人なら問題無いのですが、初めてリファレンスミックスという手法を知った人は「同じにする」と誤解してしまいます。

 

また、私はマッチEQ系もいかがなものかと思います。

マッチEQはソースから数値を抽出しているので完璧なコピーであるかのように錯覚してしまう人がいます。が、その抽出アルゴリズムって音楽的に完璧なの?ということです。たとえばメロディの音符の高さが違えば、当然周波数分布の変わります。キーが違えば変わります。じゃあ、そこから抽出したEQ結果って、あなたが今作っている曲と同じキーで同じ音符が配置されているの?ということです。

そういう基礎原理をまったく考えずに「あの曲と同じになる」という広告に騙されているかぎり、絶対に良い仕上がりにはなりません。それどころか「完璧なコピーデータを使っているのに同じにならない」という疑問に支配されてしまう恐れもあります。挙句の果てには「アウトボード使わなきゃ。電源変えなきゃ」という間違った解決策ばかり考えるようになってしまいます。どんなに同じ機材にしたところで、作っている人間が違うんだから無駄ですよ無駄。

 

解決策として動画内で提案されているのは23分~の部分で、「複数のリファレンス曲を用意して平均を目指そう」というものです。

 

これについては当ブログでも過去に同じことを提案しています。

 

eki-docomokirai.hatenablog.com

完璧な1曲のリファレンスを探すのではなく、複数の好きな曲を並べたほうが良いです。場合によっては異なるジャンルの曲を聞きながらサウンドメイクしていく方がオリジナリティと未来を得られるかもしれません。

■8、レコーディングしながらミックスを考えてもOK

どのような仕上がりを目指すために、どのような音が必要か?という想像力が不可欠だからです。

なんとなく録音したものが、「曲にとって」ベストな素材になるとは限りません。

 

たとえば、下の記事でも、

blog.landr.com

If you don’t want to use plugins, a cool technique you can try is to record the vocal two or three semi-tones higher than the actual key of the song.

Then once it’s recorded, pitch the vocal down to the original key.

It’s a subtle way of changing the formant and pitch without any plugins and it will sound more natural.

過激なボーカル加工を前提としたジャンルの場合、フォルマントシフトを前提として少し高いピッチで録音しておくと良いよ、というノウハウが述べられています。

という言い方だとピンと来ないかもしれないので、日本人的に理解しやすいのはパフュームじゃねーかなと。機械的な仕上がりを目指しているのだから、いわゆる「歌唱力」を使わず、まっすぐの声で録音しておく、というアレです。メンバー全員が30歳を越えたパフュームの今後を応援しています。

 

なんとなく録音するのではなく、どういう曲の、どういう役割のための録音なのかをしっかり決めてから録音をしましょう。

動画内では「打ち込みでも同じ」と解説されています。

 

逆に言えば、「曲を作ってアレンジして、それからミックス」という古臭い考え方では、モダンな音楽は絶対に作れないということです。ミックスは実は最初から行われています。

 

■9、センドリバーブ(ディレイ)だけではない

かれこれ10年以上になるかと思いますが、「海外のミックススクールではインサートバリバリでしたよ」というお話。

未だに国内DTM情報では「センドで使いましょう」という話が多いですが、特定トラックのための専用リバーブ(ディレイ以下略)を立ち上げるのは普通のことです。

そもそもセンドでリバーブを使っていた理由は「同じ実機をトラック数分用意できない」「プラグインだとしても重たくなる」というだけの制約による消極的な理由です。

その後は「ボーカルのリバーブは別のものを使って質感を変えよう」という話もちゃんと普及してきましたが、未だに個別トラックに対するリバーブ加工の話を聞くことは少ないです。

たとえばギターアンプ系のエフェクタにはリバーブが内蔵されていますし、ドラム専用音源も同様です。シンセにも内部リバーブがあります。それらによって「質感の差別化」は実装できるのですから、わざわざ遠回りしてセンドだけでやる必要は全くありません。

 

なお、リバーブプラグインは高品質なら良いというわけではなく、個別トラックで運用しても重たくならない軽量なものは本当に重宝します。必要なのは品質ではなく、他のトラックと異質なリバーブになることです。むしろモダンなジャンルではそういう機能性の方が重視されているように思えてなりません。

■おわりに

先日は「ミックス本を買ったんだけど誤植ひどかった」というお話を受けました。そりゃそうですよと私。「売れない専門書なんてそんなもの。重版になったら改善されるかもね」と返答しました。

さらに言うなら、専門書に限らず、本単体や著者の問題でははなく、出版社のスタンスというものがあります。

10年たっても役立つ本をメインにしている出版社と、目新しい本を1年で売り切って行く出版社があります。

そういうことを理解していくと「出版社そのもののクオリティ」というものの存在に気がついていくはずです。

 

今回紹介した動画はMusician on a Missionというサイト(会社)が制作しているのですが、動画ごとの製作者によってクオリティがまちまちです。チャンネル登録者が22万人というのはすごいことですが、逆に言えば22万人=収益化チャンネルというYoutube上における地位を守るためにクソ動画も頻発しているということです。

数全てにおいて完璧なクオリティのものを望むなら、Youtube収益化が始まる以前、5年以上前くらいのものの方が良いかなぁとさえ思います。

Youtubeによって情報は増えましたが、何でもかんでも動画になってしまい、素早く読めるテキスト情報は減りました。正直なところ、Musician on a Missionの出す情報もレベルが落ちたと思っています。

 

で、今回の動画翻訳でも使っている、というかいつも使っているのですが、Youtubeの高速再生ツールが本当に便利です。

eki-docomokirai.hatenablog.com

最大16倍速で再生できますし、ホイールでバンバン移動できます。

 

SNS時代になり、動画時代になり、私達の時間はどんどん奪われています。

最近知ったのですが、どうやら私達人間は不老不死ではないらしいので(要出典)、時間を節約する技術をこそ大事にしていきたいものです。

■その他の関連記事

主に海外記事翻訳。

シリーズとしてタイトルを「あなたのミックスをぶっ壊す」に統一しました。

美味しそうな情報やプラグイン話ばかり探すより、なにするとダメになりやすいのかを知っておくと一生役立ちます。

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

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