「2つの違いを判別せよ」と質問された際、その文言に誘導されてしまうものです。真に試されているのは2つの差より、もっと音楽に強く影響を与えている要素の不備に気がつく能力ではないかと私は考えています。
(2020年12月20日)
■人は無意識に誘導し、される
「どちらを選んでも答えはイエスになる」というダブルバインドの質問を投げかけることで、相手には「自分で選んだ」と錯覚させながら、自分の思惑どおりにイエスを引き出すことができます。
誘導尋問と聞くと、なんだかミステリードラマの刑事が使うような高等なテクニックに聞こえるかもしれません。しかし実は、意識的にせよ無意識的にせよ私たちは誘導尋問を使っていることもあります。
■まずはこれの冒頭1分を見て、聞く
長いので最後まで確認する必要はありません。興味のある人はあとでゆっくりどうぞ。
耳を低域にフォーカス!あなたのモニター環境でローエンドのジャッジできますか?わーだー専門学校じゃねぇよ〜作曲家のためのエンジニアリング〜【DAW DTM モニタースピーカー ヘッドフォン】
■経緯
これは知人のTwitter経由で知った動画です。
聞いた瞬間に感じたことについて、動画では最後までノータッチだったのが残念だったのでこうして記事を書いています。
私が気になったこととは「ローエンドに対するわずかなEQの有無の差より、サブベースの音量がバラつきすぎている」ということです。
実際、そういう仕上がりでリリースされている音楽は非常に多いです。
が、非常に良くできた曲は、そういう細部まで入念に作られています。
先日書いた記事でも、その点に触れられています。
(下リンクはクソ重い記事なので注意。抜粋を少し下に貼りますので、ページ移動する必要はありません。このまま記事をお読みくださいませ。)
eki-docomokirai.hatenablog.com
今回問題に挙げているサブベースのロールオフ問題を綺麗に解消しているリファレンスとして、下の2曲が資料価値があると思います。
(1分30秒から)
Silk City, Dua Lipa - Electricity (Official Video) ft. Diplo, Mark Ronson
(1分20秒から)
The Weeknd "Rockin" (Music Video)
・根本的な原因
ほぼ全てのシンセはサブベース音域になると出力部でハイパス(ローカット)制限がかかります。よって超低い音域では均等な音量を出すことができません。
この正確な理由、原理についてはここでは割愛しますので「ローエンドのロールオフ現象」そのものだけに向き合ってください。
・実験方法
1,試しに同様のベースラインを演奏し、計測する。
2,複数の種類のシンセで鳴らし、計測、比較する。
たぶんあなたのシンセでも極端に低い音域では左が下がっているはずです。
これを解消するために、
3,コンプを使う
4,コンプのモデル差と設定を比較し、適切な圧縮を行う
で、その結果が下のようになります。
コンプにより、当たり前ですが音程による音量差が軽減されます。
これで音程によってドタバタしているベースが安定し、ようやくローエンドのマスターEQの僅かな差が問題になる土壌が整います。
氏はこの点に対して全く感心が無かったのか、雑に作った公開用トラックだったから片手落ちになったのかは分かりません。
が、「2つの差を判別せよ」という耳構えではなく、フラットな姿勢でこのサンプル音源を聞くと、些細なEQの差よりもサブベースの音量差の方が気になって仕方がないとなるのが正解ではないのでしょうか?
よって私の回答は
「個別トラックに戻って、
サブベースを修正をする」です。
・目を閉じて、最も大きな問題に反応できるか?
ところで上の計測でもベースラインの一番下のAと一番上のFで1dB以上の差が残っています。が、私はこれでも許容範囲だと考えます。
もし動画の主題であるローエンドの1dBの差を問題にする耳なら、元の状態のサブベースラインのデコボコなんて聞いてられない道理なのですが、そこんとこどうなんでしょう。
人の注意力というのは、選択的な要素と受動的な要素があります。
選択的とは「この要素に気をつけるぞ!」と身構えればその要素に注目します。
受動的とは何も考えなくても体が反応することです。
私が今まで接してきた音楽家(レッスン受講者含む)の大多数は、真に受動的になることができません。多数派のようなので、たぶんこっちが普通です。
受動的センサーの強い人は、何も意識せずにサラっと聞いていても「今なんか変だったぞ」と反応できます。少数派なのでちょっと変な人です。
選択的センサーしか無い人は「この点に注目して聞いてみて」と言われて、特定の項目にのみ注意力を向ければ判別できます。(正確には、判別できる可能性が出る、ですが。)
が、その一方で注意力を向ける対象を「今身の回りで一番変なもの」という全方位的なものにされてしまうと困惑してしまうんです。
(この点についてはまた別の機会に。というか執筆中ですのでしばらくお待ち下さい。待てない人はレッスンへどーぞ。)
これらはちょうど潜水艦の「2種類のソナー」とそっくりです。
相手が出す刺激を「受動的」に感知するのがパッシブ・ソナー。
こちらから音を出して、反射音を聞き取ることで「選択的」に情報を得るのがアクティブ・ソナー。
海戦系の漫画やアニメ、映画を見たことがある人ならすぐに分かったはずです。
私が考えるに、音楽・芸術に対するセンサーも同様で「バッシブ」と「アクティブ」があります。
もしあなたの「パッシブセンサー」が強かったなら、冒頭の動画の音を聞いたら、私のように瞬時に「サブベースがガタガタだ」と感じたはずなんです。そのガタガタさは、わずかなEQの有無の違いよりも圧倒的に大きいのは確かな事実なのですから。
・手段を選ばず、音を修正する
なお、そういう音程によってガタガタなフレーズを補正する際に参考になる動画がこちらです。和田氏はすばらしい提言をしています。
コンプレッサーをたくさんかけたらダメなの?わーだー専門学校じゃねぇよ〜作曲家のためのエンジニアリング〜【Comp 多段がけ DTM DAW】
「普段は5つくらい掛けます。必要があれば」
「彫刻するように」
まさにそのとおりです。
そこまでやれる人でも、パッシブが弱いようなのでサブベースのラインの不均一さをスルーしてしまう、ということです。これは氏をdisる意図は全くありません。誰にでも優れた点があり、劣った点があります。しかも悲しむべきことに、訓練では伸びない点もあります。
だから私達は音楽を作る時に様々な分業をします。演奏も作曲もできないけど耳が良いエンジニアに全ての仕上げを委ねるんです。
それがDTMとなると、ついつい「本来は分業しないと戦えない」ことを忘れ、全てをやらなければならない錯覚に陥ります。あるいは全てをできるように訓練しなければならないという理想論に取り込まれてしまいます。
些細なことは分からなくて良いんです。その分なにかのスキルが高いはずなんですから。
なお、上のスペアナ比較画像を制作するにあたり、サブベースに対して2種のコンプを使っています。どちらも狂った設定で。
手段を選ばず、望む理想の音に向かう。まさに氏が多重コンプ動画で力説しているとおりです。
が、大きな問題から目と耳をそらさせる質問、「そのモニター環境で大丈夫?」という舞台を作り、不安を煽り、機材沼に誘い込む内容の動画を作ることに対して、私は否をつきつけたいです。だって、より大きな問題がそこにあるんだもん。まずそこを解消してからオーディオ沼に誘わないとね。
■過酷環境テスト
なお、オンボード+ヤマダ電機で買った「クソ環境チェック用」の1000円くらいのカナルイヤホンで聞いてもサブベースの音量差は瞬時に判別できました。
あなたもためしに可能な限りのクソ環境で「サブベースの音量差を聞き取れるか?」をやってみてください。
■四方山話
なお、全音域で均一な音の出るシンセというのはありそうでなかなか無いものです。ウソだと思う人はスイープ波形を次作してみれば死ぬほど納得できるはずです。
同時に、完璧な計測ができるスペアナというものもそうそう入手できるものではありません。
今回は「ベースの低音フレーズの音量のガタツキ」というテーマで書きました。
シンセベースでさえそうなのですから、生楽器のベースなんてもっと酷いです。
特に顕著なのが、ベースギター等の「開放弦」と「押さえ弦」の音量差やサウンドキャラクターの差です。ちょっとでも弦楽器を弾いたことがあれば誰でもわかる通り、指(フレット)で押さえた弦と、開放弦はサウンドが大きく異なります。お知り合いにギターでもバイオリンでも馬頭琴でも構わないので弦楽器奏者がいたら、開放弦の鳴りについてお話を聞いてみてください。彼らはそこに対して非常に鋭敏です。
例えば、多弦ベースのメリットはE弦最低音を低音追加B弦の5フレットで出せることだと考える奏者も多いです。単に音域が増えるだけではなく、最低音をEまでしか使わない曲だとしても、開放弦のEを使わずに「全て指とフレットの音」で音を出せるメリットがあります。
また、開放弦は通常の方法ではビブラートができません。それを打開できる意味でも開放弦を避けられる多弦ベースは有意なんです。
チェロなどのクラシック楽器ではビブラートが常用されるので特に重要です。
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他、言いたいことは他にもありますが、この辺でおわり!
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