eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

帯域分割モニター法(2)リファレンス比較編

DTM、ミックス・マスタリングに関する記事です。

過去のブログに書いていた記事の加筆修正版です。まずは 帯域分割モニター法(1) のページをちゃんと読んでおいてください。 

eki-docomokirai.hatenablog.com

上の記事をちゃんと読んでいることを前提に次の段階の話を書きます。なので補足の無い雑な内容です。

(2018年6月21日更新)

 

■はじめに。これは理想的なプロ話ではないですよ!

本記事で紹介している一連のTIPSはあくまでも練習のためのものです。

このブログが書く話は、無駄に高いスピーカーや廃番コンプ、個人が導入できないニーブ卓、やっても効果がないルームチューニングの話ではありません。

誰でもすぐに導入できて、必ずワンランク上達できる純粋な技術の話です。

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「本当のプロはそんなことやらない」と言えるレベルの音楽をやっている人には必要ありません

自宅で、仕事が終わって帰宅して、短い時間のDTMをヘッドホンで静かにやらなければならない人に向けた話です。

上を理解できず「適当な情報ばらまいてんじゃねーよ」と思う真のプロの人は、真のプロの情報をご自身のブログや書籍で書けば良いです。

 

■マネに全力を尽くす!

ミックス・マスタリングがうまくいかないのはオリジナリティ信仰を持っているからです。 せっかく自分で作る作品なのだからオリジナリティを込めたいという願望が作業にまで侵食し、独創性よりも違和感だけが表出してしまいます。

まずオリジナル幻想を捨てましょう

 

トップクリエイターとしての芸術レベルの仕事でもないかぎり、ミックス・マスタリングというのは消極的な作業だと割り切るべきです。

ミックスには3つの段階があります。

  1. 消極的に整えるミックス
  2. 積極的に表現を行うミックス
  3. 新しい音を作るミックス

多くの人が「斬新なオリジナル」を目指したがり、クソ音になってしまいます。

まず取り組むべきは模倣、消極的に整えるミックスです。

それをマスターしてから次の段階へ進んでいくのが技術の習得というものです。

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何かのサウンドに似せていくことだけを考えて、聞く人が「なんか変な音」と感じることを無くすことで、ようやくあなたの曲の中身を聞いてくれます。

奇抜な服装やインパクトのある自己紹介で個性をアピールするのではなく、普通の服装で挨拶をして、会話で中身が面白い人であることを見せていくという手順に似ていると思います。個性ってなんだろうね?

 

■リファレンス曲って何?

「世の中に普通にあるサウンド」に似せていく時に使う参考音源のことです。

今あなたが作っている曲と似たジャンルの曲を使うのが良いです。

そのサウンドに似せていくことだけが目的なので、崇高なクラシック曲である必要はありませんし、古臭いロック名盤である必要もありません。たとえばボカロ曲を製作中なら人気ボカロ曲をリファレンスにするほうが正解ということです。

 

・リファレンスは3種類に分ける

音楽で言う「リファレンス(参考曲)」には3つあります。

1つ目は、あなたの感覚をいつもの状態にするための「好きな曲」

2つ目は、オーディオ機器のチェックを行うための「テストサウンド曲」

3つ目は、今作っている曲のモデルになっている「参考曲」

 

一般的に「リファレンス」と言った場合には3つ目をさすことが多いです。

でも、実務で重要なのは1つ目と2つ目だったりします。

 

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「好きな曲」

車の中や友達の家で聞くと、オーディオ機器が違うのでいつもと違った聞こえ方になります。そのサウンドの差をチェックして「なるほど、こういう音で再生される特性があるということか」と理解するために、10000回聞いた大好きな曲を再生するということです。

好きな曲、馴染みの曲で自分をリセットするために使います。

なので、今制作している曲に似ている音源である必要はまったくありません

キュンキュンしたアニソンでも構いませんし、幼い頃に演奏した懐かしのピアノ曲でも構いません。

 

サウンドテスト曲」

ライブ会場の設営を手伝ったことがある人や、ライブ会場に早めに到着した人は「テストサウンド曲」を聞いたことがあるかもしれません。大抵の場合は昔から名盤と言われる素晴らしいサウンドの曲です。帯域チェックや音量チェックをすることがメインなので、「好きな曲」とは異なる基準で選ばれます。なので爆音ロックコンサートなのにクラシック曲でテストをすることもあります。その場の雰囲気を作るために流行の曲を流してサウンドチェックをすることもあります。

いずれもエンジニアの趣味で決まるので、いきなりブッ飛んだ電波ソングが流れることもあります。

知り尽くしているあの曲が、この会場で(このスピーカーで)どのように聞こえるか?をチェックするために使うということです。

聞こえてくるべき細部の音まで記憶しているので、会場ごとのクセを瞬時に理解できるメリットがあります。

 

「参考曲」

今作っている曲に似ている曲です。

ジャンルごとの有名な曲や、今大流行している曲です。

DTMで音楽制作をし、ミックス・マスタリングをする際にリファレンスと言ったらこれのことです。

 

■リファレンス音源との比較で使う

カンの良い人なら見出しだけで「あっはい」と分かったかもしれません。

自分が作っている曲と似た市販曲を比較しながらミックスバランス等を整えることを「リファレンス比較」「参考曲比較」と言います。(リファレンスっていう言葉が別の意味で使われることもあるから気をつけてね。)

が、リファレンス比較と言っても漠然と聞き流してしまうだけでは意味が無いのでこういうやり方があるよというお話。

■曲の特定部分をリピートできる状態にする

プロジェクトにリファレンス曲を貼り付けます。

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しかしリファレンス曲の中には静かな部分や派手な部分など色々な場面があり、リファレンスの静かな部分に対して自作曲の派手なサビを合わせても意味がありません。

ここではリファレンスのサビに対して自作曲のサビのサウンドを合わせていく方法のみ紹介します。

上の画像のようにリファレンスのサビ部分だけを切り取って連続コピーしておきます。

こうすることでいつどの場所でチェックしても即座にサビのサウンドチェックができます。

 

じゃあサビ以外の部分もリファレンスのAメロに対して自作のAメロでやる必要があるのか?リファレンスBに自作Bとやっていくのか?というとそうでもありません。

サビのサウンドメイクが終わってしまえば、そこに普通につながるサウンドを作れば良いだけですから、サビチェックだけでも十分だと言えます。

 

もし静かな部分は別の曲のあの部分に似せたいと思ったなら、その別の曲のAメロ連続再生できるようにしておけばOKです。

つまり、リファレンスは1曲にしぼる必要はありません。そもそもあなたの曲とまったく同じ時間構成になっている音楽はまず存在しません。

 

■マルチバンドで特定帯域をモニターする

帯域分割モニター法(1)と同じようにマルチバンドエフェクターを自作曲とリファレンス曲の両方に同じ設定でインサートします。アナライザは任意に使ってください。無くても全く問題ないです。私がこの作業をやる場合アナライザは出しません。ブログ的な見た目を配慮して画像を作っただけです。

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上画像はヘッドフォンを使い、左右で別々の曲をモニターする方法です。

まず、リファレンスと自作をそれぞれ左100%と右100%にパンして、左右の耳で別の曲を聞きながら作業を進めます。

意外に思うかもしれませんが、このやり方のほうがチェックしやすいです。曲を楽しむわけでもないのでとにかくその帯域でのバランスを聞くだけなので、非音楽的な聞き方でも全く構いません。

 

ある程度整ったら、片方の曲を両耳で聞いてステレオバランスの統一などを行います。

当たり前のことですが片方の耳にしているとステレオ感は分からないので、まず左右モノラルで音量バランスをチェックし、その後にステレオ感のチェックという手順です。

 

左右2曲と両耳1曲チェックは交互にやると良い練習になります。

一発でできなくて当然なので、数回繰り返してリファレンスにできるだけ近くしていきます。

 

コツは一気に幾つもの楽器を聞き取ろうとせず、「今はキックだけ聞くぞ」「今はボーカルだけ聞き取るぞ」「今はこの楽器のステレオ感だけチェックするぞ」というゆっくりした手順でやってみると良いです。格好つけて一気にやろうとすると精度が落ちるので、焦らずゆっくりで。

 

特定帯域だけを聞いても倍音成分が失われているので、何の楽器の音なのか分からなくなることがありますが、それは普通です。楽器名が判別できない場合はマルチバンドをバイパスして、通常の聞こえ方で「あー、ここでギター入ってたんだ」とチェックしていくと良いです。

 

そもそもその帯域で鳴っているのか?ということを観察していくと、よくあるミックスの教科書に書かれているような「この帯域はスネアがー」というのがいかにウソなのか良くわかります。ああいう本に書かれていることはあくまでも基本と概論であって、実践ではないです。

 

そのようにして「その帯域での楽器別勝敗表」を作ります。キックよりベースが大きく聞こえていて、わずかにスネアが聞こえているような、とかです。

ここの帯域では意外とギターの低音が入っているんだなー、とか、教科書ではこの帯域はスネアの胴鳴りがーって書いてあったけど、全く聞こえないじゃん、とか思いながら作業をしていくと良いです。

騙されたと思って勝敗表を精密に作ってみてください。一生ものの資料になりますよ!

 

もし可能であれば、しっかりした腕のある人と一緒に聞きながらやってみるのがベストです。自分では聞こえていないと思っても、上級者は「少しだけギターが入っている」とか「違うよ。この帯域で大きく聞こえているのはキックよりもベースだよ」という対話ができるはずです。

 

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プラグインの動作原理について詳しい人なら「おい、待てよ」と思ったはずです。それは正しいです。

マルチバンドに分割処理された時点で音が少し変わってしまうからです。

でも、そもそもこの手法は未熟な人の訓練を主目的としているので、マルチバンド分割で音が変わったことを認知できるレベルの人はこんな訓練をする必要は無いですね。

 

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■マキシマイザをどうするか件

リファレンス比較の際に大問題になるのが、ポピュラー曲のリファレンス音源のほとんどが音圧上げ処理されているものだという点です。

製作中の曲はまだ2mix以前の状態なので、それをマスタリング済みの音源と比較しても音量感がまるっきり合いません。

あなたが製作中の2MIXと同じ音量感で仕上げられたマスター音源はこの世に存在しないのは当然です。

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なので、とりあえず仮にリミッター(マキシマイザ)を刺しておいて、仮の音圧上げをした状態で比較していくべきです。

近年では「製作途中でもリミッターを差すやり方が普通になりつつある」ということのメリットも体験してみてください。この「仮マスタリング」のメリットは、安易な2MIXを安易に音圧上げした際に、リバーブ等が異様に持ち上がってしまう事故をほぼ完璧に予防できることです。また、全体の音量を持ち上げた際に帯域バランスが崩れてしまうことも予防できます。

 

よくあるミックス・マスタリングの教科書ではそういうやり方を否定していますが、10代で音響系の専門学校で学んで20代半ばではプロのアーティストと仕事をしてきたという、理想的なステップアップをしてきた人たちの言うことなので、話し半分に聞く程度で良いです。理想よりも現実ですよ。

今日では完全分業ではなく、作家がマスタリングまでやってリリースするのも普通のことなので、理想的なステップで仕上げていく必要は全くありません。(極論すれば2MIXを作る必要すらありません。)

 

とりあえずDAW付属程度の軽量なマキシマイザでも何でも良いと思います。何を使うかとかは割りとどうでも良くて、とりあえずリファレンスに音圧を近づけないと比較も何もできません。現代の作家はエンジニアを兼業するので、積極的に妥協するべきです。

 

■でもたまにはリミッターを切ろうぜ?

とは言え、リミッター(マキシマイザー)に音が「突っ込んだ」状態だと音のニュアンスが変化してしまいます。

上に書いた方法である程度良いバランスにできたら、一度はリミッターを切った状態(2mix)の音を聞いてみて、めちゃくちゃなバランスになっていないかを確認しましょう。

二度手間だと感じるかもしれませんが練習だからこれで良いんですよ。

 

■そもそも2mixの音を知らないからできない

「マキシマイザ挿した状態でやるなんてアホか」と思う人がいるのはわかります。

でも、知らない人は「ちゃんとした2mix状態の音」というのを知らないから、マスタリング済みの音を基準にするところから練習するべきなんです。

ちゃんとした人がちゃんと作った2mix状態の音を手に入れられるチャンスを得た人であれば「なるほど、2mixはこういう状態で、これをマスタリングした音がこっちか」という経験値を得ることができます。でも、みんながみんなそういう幸運に巡り会えるわけじゃないんですよ。

 

■理想より妥協

正論、ベキ論だけを叩きつけて良いと言うのであれば、ネットでちゃんと探せばプロレベルの2mixを聞くことはできますし、書籍を買い漁っていれば付録DVDにサンプル用2mixが入っていることもあるので、誰でもゲットできるよ?と言うこともできます。でもこの理屈って、「プロ野球選手やプロのミュージシャンが普段どういう練習をしているのかを見てこい!」とか「お笑い芸人のネタ帳を見たこと無いだろ!」いう理屈に近い無茶感があるんですよね。

もし2mixをゲットできたとしても、今自分が作っている曲に似たサウンドのものだとは限らない。

だから理想を説くよりも、今すぐ自分の部屋でできる妥協策を伝えるところから始めないといけないと思うんです。理想より妥協。「今できることをやる」ということを実行できる習慣をつけないと、理想論をかき集めるだけの「耳年増」になってしまいかねませんから。

 

■アナライザの活用

おすすめしたいのはMeldaのマルチアナライザ。これはミックス練習に最適なプラグインだと思っています。少々質の良いコンプやEQを持っているよりも、視覚的に問題解消していく練習ができるので本当にオススメです。

www.meldaproduction.com

体験版でも2週間使えるので、2週間で集中的に学習すればもういらなくなります。もしその後も必要だと思ったら買えば良いです。

これも「ベキ論」だと「プロは耳で判断するものなんだよ!」という理想の話になってしまいますが、同じ理屈で反論するなら「プロじゃないからなんでも使うんだよ!」と言い返すことができます。

 

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■独自の俺様理論じゃないよ

同じような方法はiZotopeでも紹介されています。

1920s to Now: Comparing Tonal Balance in Popular Music

が、上のリンク先記事ではスペアナ(のスロープや解析環境)について明記されていませんので、そのような右下がり傾斜を目指すべきかは全く分かりません。

大手メーカーの記事で画像が豊富なので鵜呑みにしてしまう人も多いかもしれませんが、あまり良い記事だとは言えない、ということです。手法としては正解ですが、資料としてはNGなので気をつけてください。

このような「ダメ資料」については下の当ブログ記事でも警告を発しています。

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

見た目だけの資料に惹きつけられず、適切なリファレンス音源を自分で用意し、自分の環境で表示して比較したりスクリーンショットを作って溜めておくことこそが重要です。

「どこかに良い資料無いかなー」ではなく、少しずつの時間を具体的に積み重ねてください。

あなたの好きな曲で作った資料はあなたにとって最高の資料になります。

 

■関連記事

マスタリングに対する幻想を捨てるための記事。ドカンと音量上げるだけですよ実際。

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

 

 

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