eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

机上の空論、ダメ資料に騙されるな

ネットには有用そうに見えて、実は使い物にならない資料も多くあります。

「海外情報だ!」「綺麗な画像だ!」という驚きは、資料の質と無関係です。

(2018年7月28日更新)

 

 

■今回のクソ資料

図の作者とはFacebook上で穏便に討論済みです。

 

オーケストラの配置とパニング(左右定位)について記されています。

が、ちゃんと見てください。とんでもない酷い内容です。

http://www.shanescott.com/Shane_Scotts_Stereo_Panning_Reference_Chart_for_Orchestra.jpg

http://www.shanescott.com/Shane_Scotts_Stereo_Panning_Reference_Chart_for_Orchestra.jpg

 

こういう図は典型的なダメ資料なので気をつけてください。典型的な机上の空論です。

 

この図の良くないところは、

  • みんな大好き「海外の資料」なので、信じ込む人がいる
  • 綺麗な画像なので、ついつい保存してしまう
  • 数字が明記されているので、正しいと思い込んでしまう

という3つの装飾によって、

多くの日本人は外国の資料を盲信しています。

また、綺麗な見た目だと信じてしまいます。 

 

 

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■ダメな理由、答え合わせ

では答えわせをします。

 

・指揮者の位置はベストなリスニングポジションではない

上の資料は指揮者の位置を基準にしていますが、これはホール音響と録音についての無知さを露呈しています。

指揮者の位置は音響的にはベストなポジションではありません!むしろ劣悪なマイキングポジションです!

これはスタジオでも、コンサートホールでも、どんな状況でも共通する事実であり、経験者にとっては常識です!

 

・指揮者の判断の話

良い指揮者は自分の背後にいる聴衆にとってベストな音響、演奏する会場のサイズに対して出来る限りベストな音響を組み立てるものです。

 

マチュア指揮者がダメな理由はここです。

指揮者が自分の位置で聞いてベストに聞こえるディレクションを行っている限り、絶対に良いサウンドは作れません。

よく訓練された指揮者であれば、自分の位置(指揮台)で聞こえる音が、実際に客席でどのように聞こえるかを修正して判断しています。また、客席に多くの観客が入った状態でどのように音が変化するかを計算しています。反射音が低減され、デッド傾向になることを計算している、ということです。

また、信頼できるアシスタントに、リハーサル中に客席でモニターしてもらい、どのような音響傾向になるかのアドバイスを求めることもあります。

 

・音響技術的な話

また、多くのコンサートホールに設置されている「吊りマイク」もベストなポジションとは言えません。観客の視界を邪魔しないように高く吊るされており、ライブ録音をそれなりに行うためのものでしかありません。

ホールを使ったちゃんとした録音の場合には、客を入れずにあちこちにマイクを立てますし、ステージ上に多くの指向性マイクを設置し、それらの音をミックスして仕上げるのが通常です。

言うまでもなく、ステージ上のマイクは任意の楽器「のみ」を録音できるわけではありません。周辺の楽器と、ステージ上の反射音の「かぶり」が生じるので、独特のミックス技術が必要とされます。一般的なポピュラー音楽でのドラムセットに対するマルチマイク録音とミックスのことを思い出してください。

 

・100%パンは原則的に使わない場所

ミックスの教科書でも割りと頻繁に間違った書かれ方がされているので注意が必要な点です。

100%パンは「楽器そのものの配置」として扱うことはまずありません。

下で改めて図解しますが、そこは音響空間をシミュレートする場所として扱うべきですし、実際そういう音楽の方が多いです。手持ちの市販曲をDAWに取り込んでチェックしてみてください。

もちろん「例外」は存在します。

 

 

・シネマティック志向なら「低音はセンター」

完全な生演奏とそれを再現するメディアでもないミキシングを含む音楽では、低音をセンター定位させたほうが良好なサウンドになるのは常識です。

ミックス込みで考えるシネマティック音楽と、生のオーケストラの配置とは無関係です。

 

で、この資料を作った人のサンプル曲については、あえてURLを貼りません。興味がある人は上の画像のURLを削って探してみてください。

 

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■ステージは音響のすべてではない

上でも書いたとおり、指揮者の位置ではなく、ベストなマイクの位置で考えるべきです。

 

近い場合だとこうなります。

 

 

f:id:eki_docomokirai:20180125200719p:plain

マイクは指揮者の後ろです。

必然的に楽器の位置は左右80までに完全に収まります。

 

(ステージを模倣するサウンド作りではなくても、±80より外に楽器そのものを配置すると、どうやっても浮きます。)

 

リフレクションの考え方は様々ですが、その実装をどこまでやるかの裁量次第でしょう。

 

 

状況をより考えていくと、マイクの位置は指揮者のはるか後ろの方が、よりビッグ感があると言えます。左右定位の大半は残響音のために存在します。

 

遠い場合だと、

f:id:eki_docomokirai:20180125200710p:plain

楽器そのものの位置は40までに収まり、左右50より外側はホール反射音のための空間です。

 

判例的に書いておくと、左右50%までのパニングに定位させた上で、左右のあまりの領域をホールリバーブで埋めるということです。リバーブをどの程度持ち上げるかは求めるサウンドによります。また、曲全体のダイナミクスレンジにもよります。

 

パニングの定位設定は、個別トラックの段階では左右100%にしておいて、グループバスで狭くする方法でも構いません。場当たり的に操作せず、丁寧に設計図を書いてから構築してみるんが良いはずです。後述します。

 

 

せっかくなので私の作例を挙げておきます。

youtu.be

  • 左右の楽器配置は狭め
  • それより外はホール音
  • 低音は主にセンター「寄り」
  • 音量差を殺し、小さい音量の部分でも聞こえやすく

という、シネマティック寄りの仕上げ例です。

もっとホールシミュレート的にすることも可能ですが、今回は折衷的な仕上げにしてあります。

 

 

この曲の制作話はこちら 

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

■忘れてはいけない「サンプル特性」

オケ音源の多くは、収録の時点で上のような距離感で収録されています。

それをさらにパンすると、とんでもないことになるのは言うまでもありません。

資料や事実の模倣も大事ですが、シンセの特性をちゃんと理解するのはもっと重要です。

 

■グループバスでも良いか?

もちろんグループバスで全体を狭くする方法も有効です。

ただし、楽器個別トラックからのセンドの兼ね合いがずれるので注意が必要です。

インサートの場合も、インサートリバーブを広げたまま鳴らす場合と、それらがグループバスでまとめられてから狭くするのとでは違った音になります。

グループバスは一括編集に便利ですが、グループ先だけでは調節できないことも多くあるということを忘れないでください。マスタリングでミックス要素に手を加えられないのと同様に、決定的な編集は工程の初期段階で行うしかありません。

 

全体の定位幅のテストを行うだけなら、すでに作った曲を1本で扱い、そこにホール反射を付け足すことで「ある程度の」テストは可能です。そこで操作できない要素は初めから設計しなければならない要素ということになるので、今後使用するテンプレートの改善方針としてメモっておくと良いでしょう。

 

 

■イメージ先行で作らない

ステージのイラストを綺麗に再現することより、実装が簡単で制御しやすい方針だと、こういうのが良いと思う。

http://www.beat-kaufmann.com/images/suite-presets2_1200.jpg

http://www.beat-kaufmann.com/images/suite-presets2_1200.jpg

実際にはこれだけだと非常にチープになるので、個別トラックとグループバスで、それぞれどういうセンドとインサートでホールシミュレートを行うかが個性になってくる。

方法論や小技は色々あるんだけど内緒。

 

・貧乏実装の話

本当であれば、ちゃんとしたホールシミュレータを使うべきです。

VIENNA MIR PRO - Vienna Symphonic Library とか、parallax-audio のVirrtual Sound Stage2.0とか。

こういうツールの挙動を観察してみると、普通のDAWのミキサーだけでもそれなりのことができるはずです。あとは手間の問題。

とはいえ、MIR(Multi Impulse Response)はちゃんと設計済みのIRデータが無いと、とてもじゃないけどマネできません。

プリディレイ計算機 ver.1.1 - Yugo°の不思議な音楽の国 にはとてもお世話になっています。

 

ホールシミュレートの実装についてはそのうち電子書籍で書きます。たぶん。

 

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■その他

その他、気がついた時に追記していくよ!

・変なオケ編成マップ

f:id:eki_docomokirai:20180126071610p:plain

https://scontent-nrt1-1.xx.fbcdn.net/v/t1.0-9/19958992_10215261420466714_11947170489251874_n.jpg?oh=f47ab397713ec8155c3e3ad6ce63f033&oe=5AF12C13

これも同様に酷い。リコーダーが入ってる。ビブラホンがいて、ティンパニがいない。

作った奴は何を考え、何を資料にしたのか?力の入れどころが完全にズレていてヤバい。

 

・使えないベロシティマップ

オケ音源のベロシティレイヤー切り替わりを示した資料。

f:id:eki_docomokirai:20180216215236p:plain

0~127で記述されているので、区切りポイントがどこなのか不明です。

 

例えば一番上のTrailerBrass Hornsを下から見ていくと、

0~15、16~31、32~47、48~63、64~78、79~94、95~110、111~126となり、fffが127だけのように読める。

しかし、上から読んで行くと、

127~112、111~96、95~80、79~65、64~49、48~33、32~17、16~1となり、ppが0になってしまう。

いずれの読み方でも区切りポイントが定義できていないので、資料としての価値は皆無です。

 

数字が多くて分からないなら、一番下のOcthornで見れば良い。

下から読むと、0~29、30~126、127のみ。

上から読むと、127~31、30~1、0のみ。となる。

 

ただ、この資料が明確に示しているのは「この音源は強奏しか出せないから、買う時に良く考えてね!」という警告です。ベロシティマップとしての価値ではありません。

 

オケ系音源だからオケの演奏をなんでもできるわけじゃないよ!ということです。

特に近年(近年っていつだよ)では、いわゆる「エピック系音楽」のためにバーン!と派手な音を鳴らすことにのみ特化したオケ音源が多いです。

カテゴライズを厳密に行う人は「オケ音源」と「エピック音源」を明確に別もののとして扱っています。

単に「あのオケ音源は音が良い!」という評価の情報を集めて比較しても、繊細な演奏のできるオケ音源と、派手な演奏しかできないエピック音源を比較してしまうことになりかねません。そういう情報収集はノイズ収集でしかなく、本当に欲しいものが何なのかを見誤る原因となってします。数年前に知人が間違って購入してヤケ酒していました。

誤解がないように追記しますが、エピック音源が悪いという意味ではありません。ド派手なエピック系サウンドを作りたいのであれば、そういう音がちゃんと鳴る「エピック対応」な音源を購入するべきです。

同様に、ポップス系に特化したストリングス音源も。

ギターと言ってもエレキギターアコースティックギターがあり、奏法も多彩です。その全てを1つの音源だけでカバーしようとして「これさえあれば最強!」という考え方に陥ってはいけませんよ、ということです。

 

他のブログ内記事で書いていることと重複しますが重要なことなので書いておきたいのは、「うかつにベロシティをランダマイズするとベロシティレイヤーをまたぐから気をつけてね!」ということです。これはモデリング系(or演算シンセ)音源じゃないかぎりめちゃくちゃ重要。ベロシティを細かく編集することよりも圧倒的に重要なことです。

 

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■計測基準が不明な例

1920s to Now: Comparing Tonal Balance in Popular Music

https://www.izotope.com/en/blog/mixing/comparing-tonal-balance-in-popular-music.html

大手メーカー+英語+画像が多い、という合わせ技で危険度が高いです。

 

f:id:eki_docomokirai:20180621204011p:plain

時代別の帯域分析をしている記事ですが、スペアナ設定が不明なので、資料としては極めて危険な例です。

どの程度のスロープ角なのか、ピーク表示なのか?RMS表示なのか?RMSならどの程度の時間での抽出なのか?それらが一切不明だからです。

計測基準が不明なので「曲(時代)によってハイとローが違うね」「ローエンドがここだね」「ハイエンドロールが低めだね」ということ以外に何も分かりません。

 

こういう資料が欲しいなら、自分の環境で資料を作成し、どのような環境で解析されたのかを明記しておかないと資料価値がゼロです。大した手間もかからないので必ず自力で作りましょう。

 

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■気をつけなければいけないオーケストレーション

ツイッター経由。evenant.comのオーケストレーション学習についての記事。

www.evenant.com

 

evenant.comは「非常に綺麗にできている海外サイト様」なのですが、時折トンデモ記事があるので気をつけるべきです。今回の記事は「割りと良い」に分類できますが、注意が必要です。

 

作例には明らかなミスが散見されます。

また、模範的とは言えないオーケストレーションも散見されます。

中級以上の人はこの内容を鵜呑みにせず、「これはおかしくないか?」と考えながら添削してみると良いです。

f:id:eki_docomokirai:20180728205943p:plain

もちろん、この程度の情報サイトへの寄稿でガチ制作しろと求めるのは酷です。

だから読む側が「急いで作ったんだろうな」「打ち込み屋のやることだもんな」という心構えをしなければいけないということです。作った人の力量をさげすむ意図は一切ありません。また、多少のミスが散見されるという些細な理由で、この記事が意味を失うことは決してありません。

 

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気がついた時には随時追加します。

 

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