eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

帯域分割モニター法(1)ローファイチェック編

DTM、ミックス、マスタリングに関する記事です。

この記事は「異なる環境でも均一に鳴るミックス」に仕上げる技術について書いています。

(記事分割済み)

(2018年5月26日更新)

 

 

■帯域分割モニター法とは?

独自の用語です!

この名前で呼んでいなくても、同じことをやっている人は多いです。

 

というか、この方法を知っている人なら「あー、それね。やるやる。」という常套手段でしかありません。

が、知らなかった人にとっては「目から鱗」な革命的なミックスアプローチだそうです。

 

確かに私も初めて教わった時には驚きました。

私は生演奏メインで育ってきたので、大人になるまでミックスという概念がありませんでした。

その分音量差についてはエンジニアの師匠からも「すでに卓越している」と評価される能力が備わっていたのですが、エンジニアはその「音量差の判別」を「帯域ごとに音量を判別していく」というミクロな方法で全帯域を最適化していく、と教わったわけです。

 

これを秘伝の方法だと考えて、有料で教えている人もいるようですが、私にとっては別にお金を取るレッスンでやる程度のものではないので、無料記事として公開しています。師匠からも承諾を得ています。

 

 

■ローファイチェックとは?

帯域分割はこの記事のシリーズ(2)では細かな帯域に分けていきますが、まずは「超下・中全部・超上」の3段階で行きます。

 

「ラジオミックス」と呼ばれるロー&ハイエンドをカットしても破綻しないミックス方針があります。(さらに過酷なラジオミックスはモノラルにも対応するようにします。が、これは特殊なので後述。)

 

一般的なテレビやラジオ、スマホのスピーカーではロー&ハイはかなりカットされます。世の中はショボいスピーカーで埋め尽くされています。

それらがクソ環境だから「俺様の神MIXはそんな安物スピーカーで聞かないでください!最低でもヘッドホン推奨!」といっても無駄です。

 

なので、まずは世の中のスピーカーに対応できる狭い周波数幅だけでミックスし、そこにローエンドとハイエンドを付け足すことで高級スピーカーにも対応することを目指すわけです。

 

では行ってみましょう!

 

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■用意するもの

  1. あなたがミックス中の曲と、目指すサウンドの市販の音源(参考曲)
  2. マルチバンド系のエフェクトで、特定帯域だけをソロで聞けるもの
    (追記。マルチバンドじゃなくて普通のEQでも構いません)

 

ISOL8などのローファイチェック専用プラグインもあるのでおすすめです。
eki-docomokirai.hatenablog.com

ここ数年で出会ったフリープラグインの中では圧倒的に実用性の高いものだと思っています。

 

■ローファイ環境をシミュレートしてみる

まず初期設定としてローファイ環境、つまり「しょぼい音」を再現してみます。

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適当なマルチバンド系のエフェクトを立ち上げます。画像はCubase6の付属のものです。

やってることは単なるハイローカットをキツめに掛けているだけなので、普通のEQでも構いません。 (ハイローカットの角度はややキツくした方が良いです。マルチバンドエフェクタによってはカット角度がゆるいことがあるので、ハイローカットの角度を変更できるEQの方が良いかもしれません。例えばWavesL3系は角度がゆるいです。)

 

上の画像のように特定の帯域を100Hz~10000Hzに設定し、その部分をソロにしてモニターします。(コンプ等の色つけ設定は極限まで減らすようににしてください。)

数値は100~10000以外でもまったく構いません。

少しくらいずれていても全く問題ありません。

 

では、この狭い帯域だけで「あなたの曲」と「市販の曲」を交互に聴き比べてみてください

 

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・なぜチープな環境を再現するのか?

普通の人はノートPCやディスプレイについているスピーカーで音を聞いています。スマホのスピーカーや付属イヤホンでそのまま聞いている人のほうが圧倒的に多数派だということを思い出してください。

 

もちろんDTMのガチ勢やオーディオマニアは、ペアで数十万とか数百万のスピーカーを使っている人もいます。

部屋自体も音響的に好ましいベストな環境にしている人もいます。

しかし、ベストなモニター環境で、その部屋じゃないと良い曲に聞こえない「俺の部屋専用サウンド」にしてしまうのはMIXの本質ではありません!

 

むしろ逆です。ミックスはチープな環境にそろえるべきです。

これはほぼ全てのミックスの教科書で共通して書かれていることです。実際立派な商用スタジオでもチープなスピーカーが装備されていて、「一般人はこのくらいの音で聞いている」というチェックをしています。

 

  • チープなスピーカーでの再生
  • スマホ、ケータイ付属スピーカー
  • それらの初期付属イヤホン
  • AMラジオ
  • モノラル店内放送、ラジオ、テレビ
  • ノートPC内蔵スピーカー
  • 100円スピーカー

 

これらのクソ環境に似せるために、マルチバンド系のエフェクトで100Hz~10000Hzだけを再生するわけです。

どんな環境でもそれなりに曲として聞こえることを確かめた上で、ハイエンド環境向けに100Hz以下と10000Hz以上を付け足していく、という手順でMIXを進めます。

 

・優れたモニター環境のみを対象としたミックスもある

例外として、ハイエンドなモニター環境のみをターゲットにしたMIXもあります

それはズバリ、映画館専用やコンサートホール専用につくる音源です。

 

そういう規模の仕事をしている場合はこんな方法を使わずにきっちり作る必要があります。

余談ですが、漫画家の人など、別分野でも同じコンセプトで作業をするのだそうです。週刊誌の紙は質が悪く、原稿どおりの繊細な絵は印刷しきれなかったり、コミックスのサイズになった時に縮小されて潰れてしまうこともあります。それを避けるために妥協をするのだそうです。カラー印刷物でもなかなか狙い通りの色が出てくれないことが多く、いろいろと工夫しているそうです。大友克洋の漫画『AKIRA』は緻密すぎる絵を表現するために大きなサイズで売られています。音楽で言うとハイレゾ音源のみ販売、という感じですね。

Youtubeニコニコ動画などの動画作品でも、スマホの小さな画面でも文字が読めるように大きく明瞭な文字で作られています。また、動画ファイルがエンコードで劣化することを前提に作られています。

それらと同じように、音楽も自分の環境でよく聞こえるだけではまだ半分、というわけですね。

 

似たような専用ミックスとして、野外アリーナ専用ミックスや、ダンスホール専用ミックスもあります。それらについて知りたい人は、そういう環境に詳しいちゃんとした専門家から指導を受けてください。

気が向いたら知っている範囲でそれらについても別の記事を書こうと思っていますが、私はそっち方面の経験が豊富とは言えないので、たぶん書きません。ネット情報のノイズにしかならないので。

 

・100Hz~10000Hzで組み立ててから上下を足す

「100Hz~10000Hzモニタリングでもキックとベースがそれなりに聞こえるか?」をチェックします。

 

この方法でキックが聞こえなかった場合には中域にキックを足します。

EQを直すだけで対応できればスマートなのですが、それだけでは済まなくなっていることもあります。コンプの結果、その帯域が消えてしまっている場合は、コンプ前の音に戻る必要があります。(根本的に下準備が間違っているということです。)

 

キックやベースなら異なる帯域特性の音色をレイヤーすることでリカバリーすることが可能です。例えばドラムセットのキックのビーターの音を強調したレイヤートラックです。

低い帯域で「ボッ、ボッ」と鳴っている要素はローファイ環境ではまったく再生されないので、高い周波数帯域で「バチッ!バチッ!」と鳴るキックを強調するわけです。 

 

■さらにチープな環境でも試してみる

もちろん、さらにクソな環境を再現するために、

  • 100hz-10000hz だけではなく、
  • 200hz-9000hz
  • 300hz-7500hz

という超クソ音でもチェックしてみます。

300-7500は、だいたいノートPCやスマホのスピーカーから出力できる音です。

多くの楽器の基音が削れてしまうので、通常のミックスのまままず間違いなく破綻します。

なので、300~7500はローファイの限界環境だと思って、なかば切り捨てても良いかもしれません。なぜならノートPCやスマホでしか音楽を聞かない人だとしても、彼らはイヤホンを持っているからです。その付属イヤホンで聞いた方が、スピーカーよりは少しはましな音(100~10000)がすると知っているからです。

 

これら極悪ローファイ環境では、キックとベースが鳴るべき帯域が完全に消滅してしまいます。

これを防ぐためにベースを1000あたりで大きく聞こえるようにしたり、キックを7000あたりでバチバチ鳴らすMIX方針が広く使われています。(ベースやキックは低音楽器ですが、「低音」という先入観よりもはるかに高い帯域で倍音が鳴っています。

 

・市販の曲をチープな環境で聞いてみる

市販のちゃんとしたミックス済みの曲なら、こういう環境でもそれなりに聞こえるものです。では自分の曲はどうでしょうか?参考曲と交互に聞いてみて、クソ環境にどこまで耐えられるミックスなのかを観察してみてください。

 

優れたミックス環境を整えたDTMの人のほとんどがこの「プロの音がチープ環境でどう聞こえるか?」を見落としています。

せっかく買ったモニター用のスピーカーやヘッドホンだから、できるだけ良い音で聞こうとしてしまうのは人情です。

しかし、良い環境を得たからこそ、チープ環境との「比較」の道具として使うべきなんです。

 

私が今までレッスンをした人のほとんどが素晴らしいモニター環境を手に入れています。その上で有料レッスンでさらに上を!と考えて受講してくれています。

しかし、ほぼ例外なく「俺様のモニター環境専用ミックス」になってしまっていて、チープ環境で完全に破綻してしまうミックスになっています。

 

■オーラトーンをシミュレート

Jason Moss氏のブログ「Behind The Speaker」でもまったく同じ手法が紹介されています。(無料記事内です。)

behindthespeakers.com

Jason Moss氏はミキサー、プロデューサー、エンジニア、ニューヨーク大学の講師。多くの出版物があり、バークリーを筆頭に広く使われています。所属するジョー・ダンブロジオ・マネージメントは2017年に9つのグラミー賞作品に携わっています。

 

その記事では、伝説的なモニタースピーカー「オーラトーン」の音の重要性について述べられています。

オーラトーンを知らない人のために簡単に説明すると、「しょぼい音を出すスピーカー」です。ものすごく高性能なスピーカーでもないのに「伝説的なミックス道具」なんです。 最強のフラットなスピーカーを追い求めている人にとっては理解できないことでしょう。なぜこんなものがレジェンドなのでしょうか?

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上の真四角の茶色がオーラトーン5C、下の黒いのがヤマハNS-10M(Studio)です。

上、Auratone 5Cのコーン部分の直径が11.43cm(4 1/2インチ)。

下、YAMAHA NS-10Mの白いコーン部分の直径が18cm。

画像は比率をほぼ正確に合わせています。

オーラトーンがいかに小さいのか。そして、その程度のスピーカーから出る音は想像できることと思います。

 

そのショボいオーラトーンの音をEQ一発だけで再現する方法として、

  • 上5000Hzのハイパスフィルター
  • 下170Hzのローパスフィルター
  • どちらも18dB/octのフィルター角度

というレシピが紹介されています。非常に過酷なローファイ環境です。

 

■オーラトーンって何?

オーラトーン5C(auratone 5C Super Sound Cube)とは何か?

 

多くのプロユーススタジオでオーラトーン5Cが使われ続けている理由は「しょぼい環境を再現するため」です。同様に伝説的なモニタースピーカーとして愛され続けているヤマハの「テンモニ」(YAMAHA NS10M)も、しょぼい音環境を再現するためです。

 

「最終的に再生される一般家庭のチープな環境でどのように再生されるのか?」を的確に教えてくれることと、「これらのスピーカーで聞いてそれなりに仕上がっていれば、どのような環境で再生されても再現性が担保される」というのが選ばれた理由です。また、そのような特性であると見抜いたエンジニアが有名人であったことから爆発的に広まり、スタンダードの地位を築き上げた製品です。

今の時代で言うなら、「最も普及している視聴環境=iPhoneの付属イヤホン」がこれに相当するとされています。実際、多くのエンジニアがiPhoneのイヤホンでチェックしているようです。

 

オーラトーンやテンモニは1980年代を中心にスタンダードとされたサウンドです。

その後の時代には音楽のジャンルも大きく変わり、特にクラブサウンドの流行によって「重低音ラブ」な時代を経ているので、現在ではオーラトーンやテンモニによるチェックが無意味になっているという声もあります。が、その一方でスマホとネットオーディオが爆発的に普及してきたので、やっぱりチープな音でもそこそこ聞こえるミックスの需要は不動です。むしろ大型ラジカセやミニコンポという再生機器が消滅した現代の方が、世の中の音はチープになったとさえ言えます。

 

・安いイヤホンのことも考えよう

また、イヤホンによるリスニングが広く普及していることもあるので、安価なイヤホンでのチェックも忘れてはいけない時代だと言えます。

私達音楽家が「安価」と呼ぶものと、一般人が「高級」と呼ぶものは同等だと言えます。

ためしに近所のヤマダ電機で一番高いイヤホンを買ってみてください。その音が一般人の「高級な音」です。狂っているのは世の中ではなく、私達の金銭感覚だと自覚するべきです。

 

一般家庭で旦那さんが嫁さんに「仕事で必要だから良いスピーカー買いたい。」なんて言ったらどうなるでしょう。

嫁『どんなの?わたしも良い音で聞きたい。白いのが良いな。』

「20万。」

嫁『は?』

「あ、ごめん。見間違ってた。ペアだから40万だわ。」

と言ったら、以下略。

 

■クソ環境でミックスしてみる

ぎりぎり許せる破綻ならスルーしましょう。

完全にダメな破綻だった場合にはあらゆる手段を使って直しましょう。

ミックスの下準備段階や、シンセの音色、サンプルの選択など、根本的な手直しが必要です。

 

この失敗を数回経験すれば、初期段階で「あっ、この音はローファイにしたらまったくヌケ無い音じゃないかな?」と予測できるようになります。

 

市販の曲をいくつかローファイで聞いてみると分かるとおり、チープな環境でも良く聞こえるミックスは間違いなく実在します。

そういう音を目指すことも、最高のミックスの指標のひとつであることは間違いありません。

自分の環境でしか良い音に聞こえないミックスは、どんなに良く聞こえてもクソミックスです。

積極的に妥協し、より多くの環境でそこそこ良い音に聞こえるのがベストなミックスです。

 

この方法を導入するかどうかはともかく、「ショボい環境でもちゃんと再生されるのかなぁ?」と心配になった時に、わざとにチープなスピーカーや安いイヤホンで聞いてみたりしてください。

ローファイモニター用のプラグインを使えば、一度バウンスして車に持ち込んだりケータイに飛ばして再生したりしなくても、そこそこチェックできます。

 

この工程を繰り返し練習し、

「チープな環境でもそこそこ聞けるミックス」と

「良い環境ではもっと良く聞こえるミックス」の両立

を目指してみましょう。

 

片方しか満たしていないのは、どんなに時間をかけて頑張って作った音でもNGです。

1つの環境で気持ちよく聞こえることだけを目指すのは絶対にダメです。

 

Waves様も推奨しています

8 Tips for Great Sounding Mixes on Small Speakers

Wavesでの記事リリース日は2018年5月24日。

つまり私が教わった時期や、私がこの記事を書いた時期よりもはるかに後です。

書かれている内容は、

・再生可能な周波数の狭さに注意する(チープ環境の度合いは800以下、400以下、200以下)

・その範囲内にすべての楽器を収める

・音量差を狭くする

・小さく聞いてみる

・高周波数帯域を強くし、チープ環境でも発音可能にする

というものです。

また、オーラトーンについても同様に触れられています。

 

要するにWavesが言ってることは、私の師匠が教えてくれたことと同じです。Jason Moss氏が言っていることとも同じです。

 

私が言ってるだけだと信用できない人も多いことでしょう。しかし、海外の一流エンジニアやWavesも同じことを言っているのであれば疑う人はまずいないのではないでしょうか?

 

当ブログでは多くの海外記事翻訳も掲載していますが、それは私が言っているだけだと信憑性が低いと思われることを予測しているからです。「海外一流のエンジニアも同じことを言っているよ!」という箔付けのために翻訳活動を行っています。右から左に伝言しているだけではないことは、他の記事を見ていただければご理解いただけるはずです!

 

以上を理解した上で、続きの記事もどーぞ。

 

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

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やり方や判別方法が分からない場合には個人レッスンで丁寧に対応しています。

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

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