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eki_docomokiraiのブログ

作編曲家のえきです。DTM、音楽制作TIPS、およびゲーム(Diablo3RoS)の話を書いています。

帯域分割モニター法(1)ローファイチェック編

DTM、ミックス、マスタリングに関する記事です。

ミックスは自由だとか答えは無いとか言われているようですが、参考曲を用意してサウンドを寄せていくことはした方が良いです。また、自分の環境だけでベストに聞こえる音を作っても意味がありません。

この記事では参考曲にサウンドを寄せる方法と、多くの環境でそれなりに聞こえる仕上がりにするコツを書いておきます。

(この記事は過去に別のブログに書いておいた記事を修正したものです。)

気が向いたら音声ファイルや動画なども作ろうかなぁ、と思っている内容です。

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■帯域分割モニター法とは?

独自の用語です。

同じことをやっている人は多い、というか、知っている人にとっては極々普通のミックス技術でしかありません。知らなかった人にとっては目から鱗だそうです。

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この方法や、私の作編曲ノウハウとのトレードでミックス技術を教えてくれた方法で、許可済みで記事にしています。教えてくれたプロのエンジニア※の人曰く「極めて邪道なミックス・モニタリング手法」「別に隠すようなことでもない」とのことでした。

この数年前に教えてもらったモニター方法は「門外不出の方法なのかな?」と思ってひっそりと活用していたのですが、先日本人に問い合わせてみたところ「邪道も邪道なやり方だから公開してもOK。ただし自己責任。」と許可をとれたので記事にしておきます。

私がこの方法を教えてもらった時には、どういう感覚で聞くべきか、今聞こえている音はどういう状態なのかを一緒に聞きながら教えてもらったのでそれなりにケアされています。

が、この記事だけを読んで独学で導入しても意味が分からないかもしれません。

でも、もしかしたら、カンの良い人や耳の良い人なら、こういうモニタリングにどういうメリットがあるのか気がつくことができるかもしれません。何かひとつでもひらめきにつながればと願います。(補足が必要だと思った人は連絡ください。可能な範囲でサポートします。)

■用意するもの

  1. あなたがミックス中の曲と、目指すサウンドの市販の音源(参考曲)
  2. マルチバンド系のエフェクトで、特定帯域だけをソロで聞けるもの

■1,チープな環境をシミュレートしてみる

まず初期設定として「チープな環境の音」を再現してみます。

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適当なマルチバンド系のエフェクトを立ち上げます。画像はCubase6の付属のものです。
ただし、帯域ソロモニターモードが付いているものじゃないとできません。持っていない場合はフリーのものや、体験版で設定保存できないものでも構いません。できれば帯域スプリットがきれいに分割できるものが良いです。(重複部分が少ないマルチバンド系、という意味です。)

上の画像のように特定の帯域を100Hz~10000Hzに設定し、その部分をソロにしてモニターします。コンプ等の色つけ設定は極限まで減らすようににしてください。

この方法はクソ再生環境のエミュレートとして活用できます。

・なぜチープな環境を再現するのか?

DTMをやっている人は、普通の人と比較したらありえないほど良い再生環境です。もちろんペアで数十万とか数百万のスピーカーも存在しますし、部屋自体も音響的に好ましいベストな環境にするべきと言われてはいます。でも現実問題として限界があります。

そういうベストなDTM環境で、その部屋じゃないといい曲に聞こえないサウンドにしてしまうのはMIXの本質ではありません。むしろ逆です。ミックスはチープな環境にそろえるべきです。

  • チープなスピーカーでの再生
  • スマホ、ケータイ付属スピーカー
  • それらの初期付属イヤホン
  • AMラジオ
  • モノラル店内放送、ラジオ、テレビ
  • ノートPC内蔵スピーカー
  • 100円スピーカー

これらのクソ環境に似せるために、マルチバンド系のエフェクトで100Hz~10000Hzだけを再生するわけです。

どんな環境でもそれなりに曲として聞こえることを確かめた上で、ハイエンド環境向けに100Hz以下と10000Hz以上を付け足していく、という手順でMIXを進めます。

・100Hz~10000Hzで組み立ててから上下を足す

「100Hz~10000Hzモニタリングでもキックとベースがそれなりに聞こえるかどうか?」をチェックします。

この方法でキックが聞こえなかった場合には「中域にキック足す」「ローエンド狭く」などのメモをとっておいて、後でそのトラックの音色を変更します。EQを直すだけで対応できればスマートなのですが、それだけでは済まなくなっていることもあります。

キックやベースなら異なる帯域特性の音色をレイヤーすることでリカバリーすることが可能です。

例外として、ハイエンドな環境のみをターゲットにしたMIXもあります。映画館専用やコンサートホール専用につくる音源です。そういう規模の仕事をしている場合はこんな方法を使わずにきっちり作る必要があります。

余談ですが、漫画家の人など、別分野でも同じコンセプトで作業をするのだそうです。週刊誌の紙は質が悪く、原稿どおりの繊細な絵は印刷しきれなかったり、コミックスのサイズになった時に縮小されて潰れてしまうこともあります。それを避けるために妥協をするのだそうです。カラー印刷物でもなかなか狙い通りの色が出てくれないことが多く、いろいろと工夫しているそうです。大友克洋の漫画『AKIRA』は緻密すぎる絵を表現するために大きなサイズで売られています。音楽で言うとハイレゾ音源のみ販売、という感じですね。

Youtubeニコニコ動画などの動画作品でも、スマホの小さな画面でも文字が読めるように大きく明瞭な文字で作られています。また、動画ファイルがエンコードで劣化することを前提に作られています。

それらと同じように、音楽も自分の環境でよく聞こえるだけではまだ半分、というわけですね。

 

・さらにチープな環境でも試してみる

もちろん、さらにクソな環境を再現するために、

  • 100hz-10000hz
  • 200hz-9000hz
  • 300hz-8000hz

という超クソ音でもチェックしてみます。

300-8000では多くの楽器の基音が削れてしまうので、まず間違いなく破綻します。

キックとベースが鳴るべき帯域が消滅してしまいます。これを防ぐためにベースを1000あたりで大きく聞こえるようにしたり、キックを7000あたりでバチバチ鳴らすMIX方針が広く使われています。(ベースやキックは先入観よりも高い帯域で鳴っていることが多いです!)

市販のちゃんとしたミックス済みの曲なら、こういう環境でもそれなりに聞こえるものです。では自分の曲はどうでしょうか?参考曲と交互に聞いてみて、クソ環境にどこまで耐えられるミックスなのかを観察してみてください。

・ためしにクソ環境でミックスしてみる

ぎりぎり許せる破綻ならスルーしましょう。完全にダメな破綻だった場合にはなんとか直しましょう。

それでもダメだったら、狭い帯域でも聞こえる音色を使ったアレンジに直さないと絶対に無理だということです。

 

が、チープな環境でも良く聞こえる音というのは確かに存在します。そういう音を目指すことも、最高のミックスの指標のひとつであることは間違いありません。

この方法を導入するかどうかはともかく、「ショボい環境でもちゃんと再生されるのかなぁ?」と心配になった時に、バウンスして車に持ち込んだりケータイに飛ばして再生したりしなくても、そこそこチェックできます。

「チープな環境でもそこそこ聞こえるミックス」と「良い環境ではもっと良く聞こえるミックス」の両立を目指してみましょう。

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こういう変則的な使い方を踏まえた上で次へ。

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■2,帯域分割モニタリングで参考曲の「帯域別勝敗表」を作る

参考曲と自分の曲にそれぞれマルチバンド系プラグインを通し、狭い帯域だけをソロで聞いてみましょう。

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合わせ方のコツは、

  • オクターブ以上の幅にする
  • 「区切り線」をまたぐ設定でもう一度チェックする

だいたい2倍より明らかに多いくらいの帯域に指定すると良いです。下が100なら上は250くらい。下が1000なら上が2500くらいです。

帯域の数字は少々ずれていても全く構いませんが、狭すぎ・広すぎだと意味がなくなります。



このモニタリングでは、

  • 低域では「倍音が失われている音、基音のみ」

  • 高域では「倍音しか聞こえない音、基音なし」

になるので、何の楽器の音色なのか全く意味不明な聞こえ方をします。非常にモコモコした音です。水の中に潜った時の音や、扉の向こうから聞こえる音や、耳に指を突っ込んだ音のように感じるはずです。

水や扉や指による吸音効果・遮音効果によって、特定帯域しか通過しない場合にこういう音になります。スピーカーやヘッドホンの性能が低いのも似たようなことです。

 

で、この曇った聞こえ方の中から、ギターやドラムなどの楽器ごとの音を判別し、それらの音量バランスに注目して聞いてみてください。
音色はギターに聞こえないですが、演奏している音の動き(音符の動きとリズム)でどの楽器なのかは判別できるはずです。

慣れるまでは何が何だか分からないかもしれませんが、よくよく聞いてみるとこの帯域ではギターの音ばかり聞こえているとか、この帯域ではハイハットばかり聞こえるとか、帯域によって個性があることに気がつくことができるはずです。

■帯域ごとに聞いてみる

参考曲を帯域分割モニターでチェックしながら分析を行っていきます。

分析と言っても、特殊な装置やプラグインを使うのではなく、聞こえる音をそのままメモしていくだけです。

帯域の数字を書き、その帯域ごとに「この帯域は◯◯の音が大きい」「△△が少し聞こえている気がする」「予想に反して◯◯は聞こえない」とメモしていきましょう。

知識テストではなく、観察力のテストなので、聞こえたままに書いてみましょう。

 

■先入観を捨てる

この作業では先入観をすべて捨てることが大事です!たとえば「ベースは低音楽器だから低域で大きいに決まってる。低域をモニターしているから、今はベースを聞き取ろう!」とか「バシっとしたスネアの曲だから、高域でバシっと多く聞こえるはずだ!」「スネアはEQで250Hzを上げるのが基本だから、この帯域をモニターすればスネアが聞こえるに違いない」と考えず、聞こえたものを聞こえたままメモしていくことが大切です。今まで身につけたミックスの知識は全部すてて、素直に聞くようにします。

■帯域別に勝敗表を作る

メモが溜まってきたら、好きなスタイルで構わないので並べなおして表にしてみると良いです。エクセルで丁寧に作っても良いですし、適当に手書きでも良いです。

そうやって表を作ってみると「全ての帯域で負けている楽器」「複数の帯域で常に大きく聞こえている楽器」「ある帯域1箇所でナンバーワンの楽器」があることを特定できるはずです。

■勝敗表こそがMIXの真髄

大変時間のかかる作業ですが、この表を何度か作ってみるとMIXバランスの真髄に迫ることができます。「MIXが上達したくて教科書を買ったけど、本を読むのが苦手で……」という人は多いはずです。実際、今までレッスンをしてきた人の中にも「本を読むのが苦手なので対話できるレッスンを」という人がいました。実際、音楽の上達というのは本を読んだだけでは実践の力には結びつかず、具体的な行動を多くやった人のほうが上達します。これ以上無いくらい具体的な練習がこの『帯域分割モニター』による参考曲の分析です!

■先生と一緒にやるともっと良い!

私自身、エンジニアの人にこの方法を教えてもらってから、ミックスが一気に上達しました。

先生になってくれる人がいると良い理由は、帯域ごとに聞くと何の楽器の音なのか判別が難しいからです。また、音量の優劣を正しく判別するコツが分かっていないと、勝敗表を正しく作れないからです。

作曲や編曲、演奏をメインにやっている人は、ついつい自分が大事にしている要素について耳が偏ってしまいがちです。

しかし、音響エンジニアの人は音量(上下)と周波数(左右)について非常に敏感です。特定の帯域だけを聞いてもそこにある音の大小の差を明確に聞き分ける能力に秀でています。

出来上がった曲のミックスを他人に任せたほうがうまくいくというのは、そういうことなのかもしれません。大事に作ったトラック、頑張って演奏したトラックをついつい大きくしてしまういがちです。

■特定帯域に集中する能力が身につく 

上のような練習を積み重ねると、特定帯域だけを再生しなくても、全帯域が鳴っている状態で特定の帯域に耳を集中できるようになってきます。

つまり、スネアが聞こえにくいからと言ってスネアのフェーダーを上げるのではなく、勝敗表のことを思い出し、帯域ごとの勝敗バランスを変更することでスネアを聞こえやすくすることができるようになるわけです。

丸暗記で「スネアのEQはこうする!」というやり方をするのではなく、常に勝敗表のことを考えながらバランスを組み立てることができるようになるはずです。

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■実際にミックスしてみる

参考曲の帯域勝敗表が出来上がったら、それをモノサシにしてあなたの曲をミックスしていきます。

 

■仮マスタリングが大事な理由

まずはあなたの曲を仮マスタリングした状態にしておきます。

なぜなら参考曲はマスタリング済みだからです。

今あなたが作っている曲にも仮のマスターエフェクトをさして、参考曲の全体の音圧と全体の帯域バランスをある程度似せた音圧にしておいてください。いわゆる「ドンシャリ」とか「カマボコ」とかの全体像のことです。そうしないと比較ができないからです。

細かいことは割りとどうでもいいです。今これからやる作業一発で全て仕上げるわけではなく、あくまでも「比較する練習」でしかないからです。ミックスバランスとマスタリングを数回やっていくと、どんどん参考曲に似たサウンドになっていきます。慣れてきたら「これはミックスのバランスで作る部分」「これはマスタリングで作る要素」というのがだんだん分かってきます。

トラックごとのEQバランスを変更すると、マスターコンプ、マスターリミッターにぶつかる度合いも変化するので、マスターコンプの設定はたまに調整してみると良いです。(コンプやリミッターに「ぶつける」という概念については、そのうち別の記事で書く、かもしれません。)

■帯域別にミックスしてみる

参考曲を聞きながら作った勝敗表は常に見える場所においておきましょう。

帯域別勝敗表を自分の曲に当てはめて、マルチバンド系エフェクトを通して同じ帯域をモニターできるようにし、各トラックのEQで勝敗を再現してみてください。

曲全体を聞きながら、音楽を楽しみながらのミックスではなく、顕微鏡を覗きながら組み立てて行く感じの作業になるので、「こんなことやってて格好いいミックスに仕上がるのかよ!?」と思うはずです。それは当然です。今は帯域別の勝敗を組み立てる工程でしかなく、全体を聞いての調整はまたあとでやるから、今はこれで良いんです。

■帯域分割ミックスは「料理の下ごしらえ」

これは料理の下ごしらえをしている段階と同じなので、味付けや盛り付けは今は関係ないということです。野菜や肉の材料を調理する前に盛り付け後と同じ配置にするのは意味が無いということです。まずは材料を切ったり下味をつけたりするということです。

 

  • 曲全体を聞くミックス(トータル)
  • トラックを比較するミックス(横比較)
  • 帯域を分割するミックス(縦比較)

という3つの角度から仕上げなければ、いい音になるわけがありません。

多くの人は1番目の「トールミックス」と2番目の「横ミックス」しか行っていないようです。特定帯域を集中的に処理する方法を加えてみると、今まで謎だった点が解消されるかもしれません。時間を作ってやってみてください。(新曲じゃなくて、過去にミックス済みの曲でも構いません!むしろ同じ曲を異なる手法で作り直してみることは、とても良質な経験値になります!)

実際には楽曲の演出的側面から見たトールミックスもあるのですが、それはまた別の機会に書く、かもしれません。

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■マルチバンド系、補足知識

勘違いされていることがありますが、この手のマルチバンプラグインは「垂直に切断されているわけではない」ということだけは知っておいてください。
「1オクターブ遠ざかるとn dB下がる」というQのパスフィルターで分割されているので、帯域1と帯域2の両方で重複する部分があります。

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Ozone 7 Mastering Software | iZotope

パスフィルターのQがどの程度の傾斜になっているかはプラグインによります。また、プラグインによっては様々な角度に設定できるものもあります。

傾斜がきつく垂直に近いほど高性能か?というとそうでもなく、不自然さが出てしまうものです(位相問題)。傾斜が緩いと自然な音ですが、重複帯域が広くなるためややボケた印象になります。レゾナンスが生じないフィルターだとしても独特のキモさが出ます。
「なんで?」と思った人は、もし本当に知りたいなら信号処理の基礎から勉強することを強くお勧めします。

プロセッサー設定の基本~あるいは、 クロスオーバーポイントとは何か~

http://www.otk.co.jp/save/user_uploaded/xover.pdf

読んでみても何を言っているのかチンプンカンプンだという人が多いと思います。

まぁ音楽というのは理系と文系の中間(演奏の場合は体育会系との中間!)にあるものなので、理系アプローチでも文系アプローチでもどちらでも良いんですが、信号処理についての知識があって損をすることはありません。独学でも良いですし、そういう方面に詳しい人に頭を下げて、じっくり勉強してみるのも非常に有意義です。

この辺を読んで意味不明だと思ったなら理系的な理解は断念した方が良いと思います。

音楽家なら感覚的に音楽ツールとしてフィルターを扱うだけで良いので、イメージ優先で感覚的に扱っても問題はありません。

 

実際、昔、限りなく垂直に切断した帯域分割をやってみたんですが接合面(?)で気持ち悪い音が鳴ってしまい使い物になりませんでした。そういう実験をやってみて「なるほどクソだ」と実感するのも良い方法だと思います。

プラグインGUIによっては(この記事で使っているCubase付属のマルチバンドコンプもそうですが)垂直に切っているかのように見えますが、実際には緩い傾斜ですよ、ということを補記しておきます。これはどこのメーカーのプラグインでも同じで、見た目が数学的に正しく表示できていないものもあるので注意してください。

クロスオーバーがどのくらいの角度になっているのかはスペクトラムアナライザでちゃんと確認してみることを強くおすすめします。

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以上を理解した上で、続きの記事もどーぞ。

 

eki-docomokirai.hatenablog.com

EQやコンプをいじるだけがミックスじゃないですよ!

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