eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

『牧神の午後への前奏曲』のハープ誤植について

ドビュッシー作曲『牧神の午後への前奏曲』(Prélude à "L'après-midi d'un faune)の4小節目のハープの誤植について書いておきます。(この記事ではハープの記述方法については割愛します。)

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(2021年3月25日)

 

 

■経緯

 

 

・4小節目のハープの音列が誤植

当該箇所、 一般的なフルスコアでは確かにこのようになっています。

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下段、ヘ音記号。ラ♯(La # : Ais)から開始され、8つ目の音がラ♭(La b : As)。

おやぁ?

 

左の文字も拡大。

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ハープのことを少しでも知っていれば「おい」とツッコミたくなる記述。

言うまでもなくラのフラットはソのシャープですから、記述する必要がありません。

 

要するに減5短7和音(=m7b5)をアルペジオで上昇下降せよという指示です。

 

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直筆譜。

こちらには文字による指定はありません。しかし、上の浄書譜と同様の8音列というミスがあります。

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浄書譜はこの自筆譜を悪い意味で忠実に書いてしまったに違いない、と分かりますね。

 

もちろんハープを変則的にチューニングすればオクターブに8音を配置することも不可能ではありませんが、それはもう通常のハープで行う音楽とは言い難くなってしまいます。プリペアドピアノに近い実験音楽の世界に突入してしまいます。

 

パート譜

ここで同出版のパート譜を確認してみます。

すると、適切なハープの書き方に修正されています。

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このように7つの音符と到達音で書くのが正しい書法です。

近年では音列を省略し、ハープのペダル記号で記述されることも多いです。読み間違いを防ぐ意味でもペダル記号の方が良いと思われます。

 

私もフルスコア制作時には雑に書いてしまうことがあります。

というか、確認の手間をかけたくないというのがホンネで、フルスコアは曲の構造をつかめればOKというスタンスです。

現時点ではほぼ例外なくパート譜も自分で浄書しているので、奏者経験を活かし「奏者ならこう書いてあった方が読みやすい」ということを重視していいます。

例えば異名同音はその楽器の奏者が読みやすい記号に直すことがよくあります。

フルスコアで最も重要なのは構造把握。

パート譜で最も重要なのは演奏のしやすさ。

浄書という行為には様々な要素が求められますが、私はそのように考えています。

 

なお、浄書については当ブログでもたまに軽く触れていますが、私が業務として行っているのはあくまでも簡易的なものであり、しっかりとした使用を前提とする場合には、費用をかけて専門家に一任するべきというのが私の持論です。気が向いたら折に触れて何か書くかもしれません。

 

・良くないアレンジ譜

下のコンピュータ浄書は誤りですが、原曲の特殊な音列が必ずしも良好ではないと解釈することもできるので、修正と呼べなくもありません。f:id:eki_docomokirai:20210325004206p:plain

と好意的に解釈することもできますが、さすがに音域が2オクターブも違うのはいかがなものかと思います。到達音も違っていますし、和音ではなく音階になっています。

さらに言えば、連符が明記されているので、演奏が硬いものになってしまうことを誘発しかねません。よくある「無知な人度根性だけで安易に作ったコンピュータ浄書」の典型的なものと言えるでしょう。

なお、浄書者の名誉のために引用元記述を廃します。どうしても特定したい人はIMSLPで探してみてください。IMSLPで見た目だけ綺麗な浄書にはこういうものがあるから気をつけてね、ということでもあります。必ず古い出版と自筆譜を当たるように習慣づけましょう。

 

次はラヴェルの4手ピアノ用編曲。

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こちらも音列と音域が違いますが、アルペジオであることは守られています。

しかし記譜方法は非常に読みにくく、決して褒められた仕上げとは言えないでしょう。

上段は全て8vaにした方がストレートに読みやすいですし、到達音を下段にしているのは完全に意味不明です。到達音を左手で叩けという意味なのは分かりますが、だったら別の書き方があるじゃん?

 

問題はこれはラヴェル御大のアレンジだと銘打たれていることです。

私も若い(というか幼い)頃からこういう楽譜に接してきましたが、学習者は「こういうものか」と鵜呑みにしてしまうことがあります。どんな大作曲家の作品でも、全ての出版譜が適切とは言えません。気をつけましょう。

 

■後日談

このような反応をいただきました。ありがとうございます。

 

「楽譜通りに演奏する」という言葉は当たり前のように言われますが、結構大変なことなんです。

簡単に「楽譜通りに」なんて言う人は、生徒に安易に言う人も、一度立ち止まって考えてみてほしいんです。

お芝居の台本に書かれたセリフをどのような気持ちで、どのようなイントネーションで、どんな速さで演じるか。それと同じです。

それはとてもとても大変なことで、目の前の印刷物を見ているだけでは絶対に得られない背景の情報が無数に広がっていて、どこまで食らいついたかが「楽譜通り」の説得力になります。

 

今回の記事で扱ったのは単なる誤植の話でしたが、それだけの記事内容から「楽譜に忠実であるよりは音楽に忠実でなければならない」という思いを馳せたFoobariaさんのようにあるべきです。

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