「EQの使い方、の前に」シリーズは今回で総括。
(2021年3月26日)
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EQの使い方は「何ヘルツを何dB上げ下げ」ではなく「そもそも使うか、オフるか」という最大の選択肢を忘れてはいけません。
使えば使うほど音が良くなっていく魔法ではありません。
使いすぎると最新の高性能EQでも「絶対に」音が悪くなっていきます。
■全ての加工のコツは「シーソー理論」にある
「左右に揺れるシーソーがだんだん静止に近づく」ような感覚
これは音楽制作における全ての工程で共通する方法論です。
作曲での音符配置や、アレンジでの楽器配置でも全く同じです。
やりすぎて、戻して、最適に。
一発で最適にするのが正しいのではなく、上下中の3点セットで最適解を求めていくので「シーソー」なわけです。ゆらゆらしているという意味ではありません。
戦争映画や特殊部隊ものの映画等を好きな人なら「ダブルタップ」「3点バースト射撃」という言葉を聞いたことがあるはずです。銃を撃つ際、一発必中はかっこいいんだけど、より確実にするために「必ず2発打て」「3発セットで撃てば良い」という、生き死にの場で培われた理屈です。
音楽制作でもそれは変わりません。
一発で正しい音にできるのは素晴らしいんだけど、必ず3つ試してベストなものを選ぶ。ということを習慣にすれば、ほとんどの問題が片付きます。たとえばコード進行を決める際に、知ってるコードを思い出すだけでいっぱいになっていませんか?選択肢を3つ並べてから選ぶようにすると様々なメリットが得られます。
また、3つ試す中で新たな発見も得られる可能性がある、という未来のための投資にもなります。
EQでも同じです。
無数の選択肢を探すためにスイープでうろうろするのは絶対にダメです。
現在の問題を解決できる可能性のある周波数を3つ挙げて試す。1つに絞り込んだら上げるか下げるか触らないかを試す。そうやってとにかく三択で攻めていくんです。
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音量でも同じです。
ゼロdBに落としたフェーダーを上げて最適なバランスにする作業でも、「素早く上げて、高すぎになったら下げて最適に戻す」というメソッドがあります。
こういう手法を知らないと、とにかく慎重にフェーダーを上げていくことに集中してしまい、客観性を失ってしまいます。つまり「微調整してる俺って職人ぽくね?」という心理に陥るわけです。それを避けるために、可能な限り速く行った方が良いよ、ということです。
・シーソー理論は「利き酒」理論
これを「利き酒」と言う人もいます。
素早く小さくやらないと酔っ払ってしまいます。
加工した音に酔っ払ってはいけません。「もうちょっと飲みたいけど、これは利き酒だから」と割り切るくらいじゃないと、全てのミックス行為は失敗します。絶対に。
腕の良い人は例外なく速いです。
それは上手いから速いのではなく、速くやらないと感覚がボケてしまうから、一定時間内に完了させると決めているからです。
■よく聞く「住み分け」とは何か?
「キーボードをマスキングしないようギターをEQでカット調整していたら、逆にブーストしたほうがキーボードとの溶けが良くなった」というような、目論見と逆の方が良かったということが往々にしてあります。
「住み分けのためにEQはカットするものだ」頭ごなしに言う人がいますが、それは誰に対して言っているのかというと、ブーストEQで派手な音になったのを楽しんでいる人に対して警告をしているだけです。
・住み分けはEQだけのものではない
ミックスにおける住み分けというのは裏を返せば「目立つトラックと、目立たないトラック」という二分化でもあります。
主役は大きく。
脇役は小さく。
これが最大の住み分けです。
目立ってほしくないトラックは混ざってしまった方が「その他大勢」「モブキャラ」として適切な演技になります。上の引用にある「キーボードとギター」の話はそういうことです。
こういう考え方ができずに「とにかく住み分け」を目指し、使う道具がEQだけだと、過去記事で書いたようなクソEQによる無差別爆撃の状態に陥ります。
eki-docomokirai.hatenablog.com
・別の要素で住み分けする
「住み分け」 とはEQだけで行うものではありません。
・音量による「住み分け」
単純な音量下げや、ダイナミクスレンジの処理(いわゆる「グルー処理」「グループでまとめてコンプ」)によってモブキャラ化すること。
・定位による「住み分け」
単純に横にどかす。
・ハイローの曇り
中間をEQで刻むのではなく、ハイローの限界幅で差別化する。
ハイローの処理については、引用記事でも"(7)ハイエンドは出来るだけ切らない"において
出来るならば、理由の無いハイカットはあまりしないほうが良い
と書かれています。補足するなら、ローも同じです。
いきなりハイエンドをバッサリ切らないよう、段階的に少しづつ「名残惜しむように」抑えていく
この感覚が分からないなら、3つの手段に限定すれば良いです。
無数の選択肢の中から正解を探り当てようとすると、上で述べた「利き酒」の状態になります。
だから選択肢を3つだけにします。
- ハイ処理をしない
- シェルブで4000を6dB下げ
- カットを4000で6dB/oct
この3つをスピーディに試し、どれが最も正解に近いかだけ大雑把に決定します。
なまじパラメトリックで無限の選択肢があるから道に迷うんです。「大雑把に決めてかかる」から開始しないと、砂漠で右往左往するのと同じです。絶対に死にます。
・大雑把に絞り込む「ヒューリスティックス」という考え方
「利き酒」という下世話な言い方が嫌いな人に対しては「ヒューリスティック」という言葉を授けます。
単純に言えば「大雑把に見当をつけていく」ということです。(←この説明そのものがヒューリスティック的であるとも言えます。)
職人的に緻密なことをやらなければならないという思い込みをまず排除し、職人が取るプロセスだけを採用します。
つまり、ミックス職人なら瞬時に見当をつけて
1、ハイがおかしい気がする
2、しかし、その判断が誤りかもしれない
3、軽く試してみて、本当にハイが原因か否かだけを確かめよう
4、「ハイを処理しない」「シェルブ」「カット」の3種を試して結果を得よう
というプロセスです。
卓越した技術を持つ人は頭の中で瞬時にそういうことを考えています。そして、3種のテストを素早く実行し「あ、やっぱハイじゃねーわ」「他に原因がある」という結論をあっさり導き出します。
しかし、未熟な人は操作が遅く判断も遅いです。結果として一晩中いじくりまわすことになります。
「一晩中いじくり回せば絶対におかしな音になる」という経験は全ての人にあるはずです。(←これもまたヒューリスティックです。)
以上から、
- EQを使うか否かの判断を早くする
- やるなら手早く
- 長時間やると絶対壊す
という脳筋体育会系的なメソッドが導き出されます。
よく考え抜いた上で頭を使わない、というやり方です。
頭は使わないけど、その戦略を生み出すためには長年の知識と、多くの人体実験が行われています。現在のスポーツ科学や医療は過去の犠牲の上になりたっています。感謝しつつ、貢献しましょう。
よく考える人は、よく経験してきた人は、頭を使いません。手順が決まっているんですから。そういうことを分かってない人に限って「職人的」という言葉に幻想を抱いています。
「プロの職人が手作業で作っています」という言葉の実態は、パートのおばちゃんが雑すぎねーかと言いたくなるような速さで作業をしていることに他なりません。
■外科手術とは何か
EQは外科手術的な意味合いが強い
ミックスで極端な加工をすることを「外科手術」と揶揄することがあります。
しかし、軽度であっても外科手術であることに変わりはありません。
プチ整形。
日帰り手術。
プチとかかわいい言葉をつけたところで、整形手術です。
それらの全てが悪だとは言いませんが、リスクのある行為です。
EQはそれと同じです。
本当に、どうしても必要な時だけEQを使いましょう。
「とりあえずEQ」は絶対にやめましょう。
以上で「EQの使い方、の前に」シリーズを終わりにします。