先日、音楽家仲間と色々な音楽を聞いていた時に私が紹介したのが「古典楽器」の演奏動画でした。社交辞令もあったとは思いますが、異分野の人にも興味を持ってもらえたようです。
(コンサートピッチの話は記事を分けるべきかなぁ。)
(2020年4月9日)
■動画を流しながらどーぞ
(演奏開始時間の時間指定URL)
別タブで開いて再生しながら記事をお楽しみください。
休憩時間も無編集なので、曲が終わったら飛ばしましょう。
2018年に行われた第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールの動画です。
チューニングは430なので、慣れるまで異質に聞こえるはずです。
使用楽器はいくつかのヒストリカル・ピアノから奏者が選びます。演奏スタイル、演奏する曲を考慮して選んでいるそうです。
NHKで放送していたドキュメンタリでは、その楽器選択についても詳細に取材していました。
■使用されている楽器についての話
・フォルテピアノ
現在の黒い大型ピアノではなく、昔の木目調の軽量ピアノです。
特徴は、
- 鍵盤が軽い
- 鍵盤の押し下げが少ない
- 鍵盤の横幅が狭い
- 音が軽い
- タッチの差が露骨に出る(≒演奏しにくい)
聞いてのとおり、サステインの短いコロコロした素朴な音です。
その後の音楽は、より大きなホールでより多くの遠くの観衆に音を届けるために巨大化していきます。より強い張力に耐える強靭なピアノ線と、その張力に耐える合金ボディを装備します。
そういう重量級の楽器を演奏するために、今日のピアノ奏者はパワフルな奏法を常用することを余儀なくされました。歴史的楽器を愛好する人に言わせれば「不自然な演奏をしている」とのことです。
当時の曲は、当時の作曲家により、当時のピアノで作られています。
それをすっかり変質した今日の楽器で演奏しても、作曲家が想定したサウンドは得られません。
ピアノ曲の多くが細かい音の連続で作られているのは、こういう古典楽器のための作曲だからです。現在のトーンが長いピアノ用の作曲は、もうちょっと音数が少なくても良いのかも?という思いは私も同意しています。
同様にバイオリンなどの楽器も工業技術の発展の恩恵により、金属弦を装備し、より華やかな音を出せるように進化していきます。また、ビブラートが常態化し、弦楽器群の音は異様に目立つものとなってしまっているのが現在のオーケストラサウンドです。
・古典オーケストラの楽器
演奏しているオーケストラは「18世紀オーケストラ」という古典楽器演奏専門のオケです。
https://orchestra18c.com/about-the-orchestra/
現在の楽器と比べるとまだまだ発展途上です。
楽器の進化とは工業、特に物理計算と金属加工の精度の発展に直結しています。つまり、ショパンの時代のあとにあった二度の世界大戦によって、工業技術が著しく発展し、今日の楽器設計・製造精度に活かされています。
戦争の是非はともかく、これは自動車や飛行機と同じですね。
ショパン国際ピリオド楽器コンクールの決勝で伴奏をしているオーケストラは、古典楽器の演奏を専門に行う団体です。いわゆるオーケストラ奏者というよりは、「西洋の伝統芸能」を維持している団体だと理解してもらえればOKです。
そこで使われている楽器は、当時の設計で(製造は復刻、再設計のものも多いが)、奏法も可能な限り当時の文献に基づいて、古典奏法を使っています。
もっとも端的な古典奏法は弦楽器でビブラートを極力使わないことです。バイオリンの左手が揺れていないことなどに注目してみてください。
フルート
19th century English simple system flutes
画像:http://www.oldflutes.com/english.htm
木管楽器はまだまだキーシステムが未発達です。つまり音程が悪く、音孔に指を「めりこませる」ことや、口の当て方で音程の微調整を行ったりしています。つまり昔の楽器の演奏には超人的なスキルが必要だったということです。
クラリネットのリードを固定する「リガチャー」は現在では金属製や樹脂製、革と金具の組み合わせなど様々な選択肢があります。が、当時は糸で巻いて止めるのが主流だったとされています。
接続部も当時はまだプラスチックやベークライトなどの樹脂は皆無なので、おそらく象牙を使っていたのではないかと思います。
バズーン(ファゴット)
バズーンはそもそも不安定な楽器で、安定した演奏を可能にするためにキーシステムが著しく発展しました。
当時の楽器と現在の楽器のキーの数は圧倒的に違います。
ホルン
「ナチュラルホルン」を使用しています。
自然倍音しか出せないので、基本的に「ドミソ」しか出せません。サイズの異なる2種類で主調の「ドミソ」属調の「ソシレ」を組み合わせるのが標準的な運用でした。
ベルにつっこんだ右手の操作で音階の演奏は一応可能ですが、下の動画のようになってしまいます。
右手で音程を微調整する練習の一環として行われることはありますが、実際の音楽演奏で使用されることはまずありません。
当時はまだ金属加工の技術が低いので、自由に高速で動かせるバルブ機構は未発達です。
初期のバルブ機構「シュテルツェル・バルブ」などもすでに存在してはいましたが、保守的な傾向のあった作曲家からは好まれませんでした。(諸説ありますが。)
バルブがついていないので、余計な装置が無いことにより非常にピュアな音が軽快に出せるメリットはあります。
トランペット
このオーケストラでトランペットだけ現代のロータリートランペットが使われているのか、理由は不明です。
私が知る限りだと、当時のトランペット設計があまりにも劣悪でした。だから総合的な演奏クオリティのために、トランペットだけは現在のものを使っているのかも?
この古典オケに参加しているトランペット奏者の1人、ニコラ・イザベルはそのキャリアの筆頭を「歴史的トランペット演奏」としているので、ますます理由がわかりません。彼のプロフィール写真は古典トランペットを携えた姿です。
Nicolas Isabelle - Conservatorium van Amsterdam - AHK
現在のティンパニのようなペダルでの音程操作はできません。複数のネジを手で回すことで音程を変えることはできますが、曲の演奏中にスピーディに変更することは不可能です。
・その他の古典楽器まとめ
多くのヒストリカル楽器についてまとめられています。情報は「広く浅く」ですが、非専門家にとってはこういうサイトのほうが良い入り口になるはずです。
(URLは例としてオーボエのページです。メニューからほぼ全ての楽器カテゴリで表示できます。)
・古典バイオリン属
バイオリンの弦は現在の鋼鉄弦ではなく、当時と同じ製法のガット弦です。
ガットはクラシックギターでも使用されることがあります。
動物の腸を加工した天然素材です。
このガット弦+ビブラート無しの奏法によって得られるのが当時のオーケストラサウンドです。
ビブラートは音を目立たせる効果がある他、消極的な意味では音程をごまかすためにも用いられています。つまり、音程のごまかしが効かないので、演奏には非常に神経を使います。
おそらく、というか、当然のことですが、当時の演奏技術は教材やレッスンの流通が少なかった時代なので、現代ほど卓越していたとは思えません。超人的な技量で音程を整えていたと夢見ることもできますが、すべての楽器の工作精度も低かったので、今日ほどオーケストラの音程が整っていたとは思えません。
なので、今回紹介した動画の演奏は、恐らく当時の演奏よりもクオリティが高いのではないか?と思っています。
■コンサートピッチの変遷
別記事でどーぞ。
eki-docomokirai.hatenablog.com
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■関連記事
過去記事でも楽器の歴史話のついでに、少しだけ触れています。