良い耳、クソ耳って何だろうね?って話。
上手にミックスできない理由を「私クソ耳ですからー」と卑下してしまうだけでは上達できません。ミックスとは「聞こえた音をゴールに向かって適切に加工する」作業ですから、まずは音を聞かなければなりません。
(2021年6月18日更新)
まず関連記事を。
eki-docomokirai.hatenablog.com
- ■音楽の話です
- ■音を聞くって何だろう?
- ■音の種類
- ■耳の良さの種類
- ■音量に対する耳の良さ
- ■リズム感に対する耳の良さ
- ■コンプ耳
- ■定位に対する耳の良さ
- ■音色に対する耳の良さ
- ■歌詞に対する耳の良さ
- ■周波数に対する耳の良さ
- ■補正する耳
■音楽の話です
このブログ、この記事は音楽の話を書いています。作曲家、音響エンジニアの視点から書かれた内容です。
耳鼻科医の話でもスポーツ科学の話でもありません。
■音を聞くって何だろう?
聴覚も視覚も錯覚が起きます。
また、先入観や意識の状態によって、脳は偏った判断をします。
素直にそのまま音を聞くのは結構難しいかもしれません。
人間の感覚がいかにあてにならないのかを実感するために様々な錯覚を実体験してみると良いでしょう。
作曲・編曲・ミックスなど、あらゆる音楽行為で「ある音が聞こえたから、調節した」という行為が繰り返されます。
しかし、その「このように聞こえた」という感覚は錯覚ではないでしょうか?
自分の感覚を疑うことで「聞き間違いではないか?」と判断することができるようになります。
味の濃いものを食べた直後に、味の薄いものを食べるとほとんど味がしません。同様に、音も聞く順番によって聞こえ方が大きくことなります。
自分の感覚そのものを疑いましょう。
■音の種類
味覚には「甘い、辛い」などの様々な要素があり、辛いものが苦手な人がいます。甘いものが気持ち悪いという人もいます。
皮膚の感覚には「痛い、かゆい、くすぐったい」などがあります。暑い、寒いという感覚もあります。寒いのは平気だけど、暑いのが苦手な人もいます。
音には「高い、低い」「大きい、小さい」など、さまざまな要素があります。
いちがいに「耳が良い」と言っても、音のどの要素に対して正確なのかは大きな個人差があります。
音楽における「耳が良い」というスキルには非常に多くの要素があります。
- 音量を聞き分ける「耳の良さ」
- 音程を聞き分ける、〃
- 歌詞
- コード、和音
- 和声、異なる旋律
- 音色
- 楽器の種類を聞き分ける
- 特定の楽器カテゴリを細かく聞き分ける
- 楽器の奏法を判別
- レイヤー(音色の重なり)
- テンポ
- リズム
- 周波数
- 定位
- 位相
- etc.etc.
その他にも、美学的な要素もあります。
- 音楽的な方向性を聞き分ける「耳の良さ」
- 楽器の音色の良し悪しを聞き分ける「耳の良さ」
- 売れるサウンドを聞き分ける「耳の良さ」
- しっかり作り込んだら良い曲になる未来を予測する「耳の良さ」
- モチーフや歌詞の関連性を判断できる「耳の良さ」
これらは耳の良さというより知識や想像力、判断力、審美眼が問われるカテゴリーでしょう。耳の良さは鼓膜などの感覚器官の個別の性能だけではなく、記憶や判断力、経験という脳の性能と合わせてトータルで発揮される能力です。
単に「俺クソ耳ですから」と言って全面的に自分を卑下することなく、1つ1つの要素を磨いていくのが大事です。
私の場合、エンジニアの人からマンツーマンのレッスンを受けるまでは「コンプ感」「周波数」に対してクソ耳だったので重点的に訓練を受けましたが、「音程と音量バランスについては卓越している」と評価されました。これはクラシック系の演奏と指揮を何年もやってきたので当然そういう評価になるんだと思います。
■耳の良さの種類
人の聴覚、「耳の良さ」には様々なカテゴリがあり、個人差があります。
- 音量差を聞き取る耳の良さ
- 周波数帯域を聞き取る耳の良さ
- (低音に対する耳の良さ)
- (音色に対する耳の良さ)
- 歌詞、言語を聞き取る耳の良さ
- 位置定位を聞き取る耳の良さ
- 単音の音程差を聞き取る耳の良さ
- 和音を聞き取る耳の良さ
あなたが位置定位に対する耳の良さが卓越していないなら、MSエフェクトを補助具として使うべきです。特に中央付近が引き離されて聞こえるようになるので、訓練にも役立つはずです。MSエフェクトによる補助で訓練を重ねれば、中央付近の10%差のパニングを聞き取れるようになるはずです。
ともかく「耳の良さ」にはいろいろなカテゴリーがあるということです。
野球がうまくてもバスケットが下手くそな某メジャーリーガーとか、プロバスケット(NBA)選手なのにフリースローが全然入らない選手とか、スポーツでも同じですね。
何も訓練もせずに「わたしクソ耳ですからー」とか言ってるようではダメだと思います。
■音量に対する耳の良さ
私はミックスのレッスンを受けている時に「音量差を聞き取る能力は卓越している」と診断されています。
もともとがクラシック系の演奏をしていることが多かったので、自然と音量バランスについて敏感になったからでしょう。
・単一の音量
ミックスで重要になるのは単一の楽器の音量変化を判断する能力です。
特にドラムのミックスでのコンプレッサーの使い方で重要になります。
・相対的な音量バランス
相対的なバランスを的確に組み立てる能力も重要ですね。
ドラムキットそれぞれのバランス作り、ベースとドラムのバランス、伴奏とボーカルのバランス。
・大きな音の中に隠れた小さい音を見つける
雑音を見つけてトリートメント作業をする時に重要です。
・音量の経時変化
フレーズの中でどのように音量を変化させていくか?という組み立て能力はとても重要です。他の人の演奏している音量と、自分が演奏するべき音量を上手にバランスをとることができる職人的な演奏は、自分勝手に目立とうとするパフォーマーを引き立てるために重要です。
また、曲全体の音量の流れを組み立てることも大事です。ミックス技術でよく語られるのは「サビで全体の音量をちょっと上げる」などのオートメーションの工夫ですね。
■リズム感に対する耳の良さ
リズム感というと演奏のための能力と思うかもしれませんが、作曲やミックスなど、自分で音を出さない作業でも重要な能力です。リズムを感じ取れないほどに音量を潰してしまったり、帯域バランスを平坦にしてしまってはいけませんね。
・光のリズム感
ちょっと変わり種の話を。
教えに行っている学校のコンサートでホール照明のアシスタントをやった時のことです。
調光卓のプログラミングと手動制御部分のライブコントロールをやったのですが、チーフの人から「君は切り替えタイミングのリズム感が良いな」と褒められました。
照明には照明のリズム感や音楽性があるのだと教わった貴重な経験でした。
なお、電源切り忘れで怒られもしました。すべて終わった後でフォローされたのですが、「ちょっとでも危険につながる点があったら、あのように怒ることにしている。一歩間違うと大惨事になりかねない大電圧を扱う仕事だということを理解してもらうためだよ」とのことでした。人の出入りが多い職場ならではの方針だなぁと思いました。
・発音タイミング
楽器によっては発音をオンにしてから実際に音が出るまでタイムラグがあります。これは打ち込みでも生楽器でも同じ。
そのズレをちゃんと理解した演奏をするのはとても大事なことです。
ピッタリ合わせる能力はもちろん、時には意図的にずらすことで得られる音楽性もありますね。
■コンプ耳
コンプのかかった音とそうではない音を聞き分ける耳の良さ、というものもあります。
スムーズなコンプの場合にはほぼ判別不能ですが、あからさまに圧縮された音とナチュラルな音は、2つを比較しなくても判別が可能です。
同様に、リミッターによってクリップした音を聞き分ける耳の良さもありますね。
「コンプ耳」の能力判定と訓練方法についてはWavesの記事でも解説されています。
どういうポイントに絞って注目すると能力のステップアップに役立つかなど、Wavesの記事としては商品販売を主目的にしていないという意味において非常に良い記事です。
多くの場合、メーカーやレッスン屋がこういう話を語る時「これを買えば解決する」という煽り広告にしかならないのは皆さんも御存知の通りです。「コンプ耳」が鍛えられていない状態では、どんなに精密なコンプを使ってもまったく無意味です。
■定位に対する耳の良さ
私はエンジニアの人からレッスンを受けている時に位置定位については「それなりに高度」と診断されています。
小学生の頃から吹奏楽やオーケストラをやっていて、10代後半からは指揮者経験もあるのが関連しているはずです。楽団を指揮していると、大勢の音の中から修正が必要なパートを判別して指示を出す必要があります。
指揮をやっていると音の方向を判別するのが日常化するので、当然その能力が向上します。
もしかすると居酒屋やファミレスなど、全周囲からの音を聞き分ける必要のある仕事をしている人は定位に対する耳が良いかもしれませんね。
バードウォッチングをやっている人も定位に対する耳が良いかも?と思うかもしれません。しかしバードウォッチングのガチ勢の人曰く、「鳴き声の種類で、だいたいの鳥の種類は分かるから、その生態を思い出し、居そうな場所を見るようにするのがコツ」だそうです。たとえば木の一番上を好む鳥と、中程、枝葉の内側を好む鳥などがいるそうです。完全に音だけを情報源にしているのではなく、さまざまな知識の総合判断で鳥を見つけているのだそうです。
これは示唆に富む話です。
■音色に対する耳の良さ
鳥の声の判別は鳥についての知識が無いと、どれも同じに聞こえるかもしれません。
同様に、楽器についての知識が無いとどの楽器の音なのかを判別することは不可能です。音色に対する耳の良さは、耳そのものの性能よりも知識が重要でしょう。
例えばバイオリンとビオラのように、楽器のサイズをわずかに変えているだけの「同属楽器」の音の違いを判断するのは困難です。特殊な金貨楽器、アルトトロンボーン、フリューゲルホーン、テナーホーンなどの音を聞き分けるのも難しいでしょう。それぞれの楽器に対する総合的な知識が無いと判断できないはずです。
同様にエレキギターでもテレキャスとレスポールの音の違いや、音色作り(アンプ、エフェクタ)の違い、奏法に関する知識が無いクラシック畑の人は、エレキギターの音色を判別できていない傾向があります。
特定の楽器について熟練している人だと、楽器のモデルまで言い当てることが可能なこともあります。(逆に、知識が先行しすぎて過剰にこだわるようになる弊害もあるので注意が必要でしょう。)
音情報からだけではなく、楽曲理解、ジャンル、編成、楽器のタイプ、オーケストレーション傾向など、音以外の情報をあらかじめ仕入れておくことで、より適切に判断できるようになるはずです。
とはいえ、その全てに卓越していないと音楽ができないわけではありません。
特定の楽器について集中的に勉強することが大事です。それぞれの楽器の専門家との付き合いを深め、その鑑賞法・識別法についてアドバイスを受けるのが手っ取り早いです。
ちょっと分野違いですが、様々な芸能技術の鑑賞法について扱っている番組、NHKの『美の壺』はとてもおもしろいです。知識無しで美術館に行くよりはるかに美学の総合的な勉強になります。
■歌詞に対する耳の良さ
なお、私は「歌詞、言語を聞き取る能力」が非常に低いです。
幼い頃はテレビやラジオから聞こえてくる歌と歌詞をすぐに覚える子だったようですが、その能力は次第に失われました。
歌詞の無い音楽に取り組む時間が圧倒的に長くなったからだと思います。
歌詞(言語)を聞き取る能力の低さについてはタイムリーな記事があったので貼っておく。
音声は聞こえているはずの聴力を持っているのにもかかわらず、脳の機能障害のために、単に聞こえているだけで、音声を情報として認識するのが困難であるという障害が起こっている。
「耳の良さ」はすべての種類の音に対しての汎用的な性能ではない、と読み取れます。
例えば音楽が聞こえていても楽器の種類が分からないとか、音色の差が分からないということは職業私達音楽家でも普通にあること。
私の母は若い頃にバードウォッチングの趣味があったためか、難聴になった今でも鳥の声だけは瞬時に聞き取れるようだ。
車漫画『頭文字D』などでは車のエンジン音だけで車種がわかる人もいるようだし、卓球漫画『ピンポン』ではボールの跳ねる音や靴の音だけで試合の流れを感じ取るシーンがある。
音は耳に入って脳に伝わっていたとしても、その先の処理能力によって聞こえ方が大きく異なるということなのかもね。
・特定の要素を聞き取れない耳と脳
耳コピでベースの音を聞き取れない人や、細かなパーカッションや、内声・ボイシングの微細な違いを聞き取れない人は多い。
しかし、実際の耳コピ作業の技術として「聞こえる音を記入する」だけではなく「理論的に補完する」ことで正確な耳コピを行うのは誰もが実施していることだ。
これは言語でも同じ。
本当に聞こえているのではなく、話題や文脈などから内容を補完することで意味を理解している。
■周波数に対する耳の良さ
過去にネタ記事として、周波数聞き取りに特化した学習用トラックを作ったので、興味がある人は聞いてみてください。
eki-docomokirai.hatenablog.com
リズムパターンがループするだけの内容で、1ループごとにブーストする周波数帯域が上がっていくだけの内容です。その時にブーストしている周波数を読み上げているので、「あー、1000ヘルツってこの辺なんだ」ということを聞き流すだけで強制的に理解させるツールです。
気が向いたら「聞き流すだけでパニングが上手になる曲」も作ってみようかな。
■補正する耳
様々な要素を脳内で補正する能力もあります。
距離による音量差、音色の解析、僅かな音色の違いなど。
それらを脳内で補正し、イメージする力です。
今聞こえる音では何が不足していて、どうすれば理想の音にたどり着けるかをイメージする力です。
これが無い人は、ダメ出しの際に具体的な指示を出せません。クリエイターだけではなく、教育者にとっても必須の能力だと言えるでしょう。