楽器の演奏の難易度に関する記事です。
ニコニコのブロマガに書いた記事を移転、加筆修正したものです。
■まえおき
ニコニコ生放送「駅前留学-ニコニコミュニティ」では時々「楽器の運指を考える枠」というのをやっています。
私は楽譜で販売しないいわゆる「完パケ納品」の楽曲制作でも、原則的にちゃんと生演奏できる編曲をするようにしています。
演奏可能な音符の並びにすることでリアリティが出ると考えているからです。もちろんDTMならではの演奏不能な音符の並びが出すサウンドにも魅力はあるのですが、そういう音は誰でも作れるので、自分の売り要素としてリアリティをアピールしたいから、という理由です。
すべての楽器を完璧に理解しているわけではないので、自分では理解が足りない楽器についていろいろな人に意見を伺うこともあります。もちろん理想はすべての楽器の奏法をマスターすることなのですが、残念ながらその時間がありません。
詳しい人にその楽器の基本的な演奏スタイルを教えてもらって勉強しています。実際、自分よりもベテランの作曲家の人の話を聞いても、丁寧に作る場合にはそれぞれの楽器の専門家のアドバイスを得ながら手直しをしていくとのことです。
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音楽には2種類あります。
1,歴史的レベルの名曲
2,私のようなペーペーが作る曲
歴史的レベルの名曲、つまりショパンやリスト、ドビュッシーなどのように「この曲を弾けなければピアニストとは呼べない!」とされる音楽。
これらは実のところ非常に演奏が困難だそうです。初心者がちょっと練習した程度で弾けるように考慮されていません。
でも世界中が長年認め続けた傑作中の傑作なので、その困難な曲を(他人よりうまく)弾けるようになるために、今も地球上のあちこちで大勢の人が必死に練習していますし、その弾き方を教えることを仕事にしている人がいます。
出来上がった演奏はCDになり世界中に流通しています。また、自分では演奏できない難曲だったとしても楽譜を購入し「いやー、やっぱり難しいわ。でも挑戦しつづけたい!」という考えで取り組む人もいます。音楽の楽しみ方は実に多彩ですね。
でも私のようなペーペーが作る曲は世界中でも僅かな人数しか取り組まず、しかもちょっとしたミニコンサートで消費されていくものです。歴史的名曲のように、暗譜するほど入念な練習をするような曲ではないです。
だからちょっとした練習で弾けて、しっかりと演奏効果を挙げるように作らなければいけません。そういう仕事の連続によって「この人のアレンジは楽器をよく理解している!良い作編曲家だ!」と思ってもらいたいわけです。
逆に言えば、それなりの地位を確立していない作曲家が演奏困難な楽譜を作ると「この人、楽器のこと分かってないんじゃないかなぁ……」と思われてしまい、評価に結びつかないわけです。立場をわきまえなければならないのが現実です。
前置きが長くなりました。さーせん。
■1回目リリース(指番号なし)
で、今回はCLARITY(ZEDDのEDM曲)のピアノ五重奏。
この曲自体がアレンジ初期には別のキーだったのですが、ある程度できあがった後で弦楽器群の演奏のしやすさを配慮してハ短調に書き直しています。 ピアノ運指の指番号は親指が1で小指が5です。右手でも左手でも1~5です。
最初は運指番号を入れずに初中級のピアニストに弾いてみてもらったのですが、非常に難しい箇所があったとのこと。で、「難しくなりそうな場所には運指を入れておいてもらえると助かることがある」とのことだったので、試しに運指番号を入れてみた。
■2回目リリース(自作指番号)
以前に某ピアニストから「この手の動きは基本的に123の指でころころ回せばOK」と教えてもらっていたのですが、別の人からの意見で、私が提示した運指(下、斜めになっていない数字)だと弾きにくいとのことでした。で、運指例をいただきました。斜体が氏からいただいた運指案です。 (運指番号は親指が1~小指が5です。)
(123回し=親指、人差し指、中指を使った運指コンセプトです。)
この運指がどういうコンセプトなのかを考えてみて分かったのは「4を起点にした運指」だということです。
・4-2-3-1の形を基本形とする
・起点1度を4指、下2度を3指、下3度を2指、下4度を1指
これに加え、最初の「5-2-4-1」がどういう仕組かというと、
・(右手最初のC)最高音は5指
・(2つ目のBb)5指の2度下だから4指
・(3つ目のG)5指の4度下だから
・(4つ目のC)5指の5度下だから1指 / もしくは小パッセージの最低音
色分けするとこうなる。
スタートのCGBbFのCを小パッセージの最高音だと解釈する。
基本は水色の「4-2-3-1」でを反復する運指だと解釈する。
(GEbFD、EbCDBb)で、最後の緑は最低音に到達するので「3-2-1」で落とす。
(8vbの部分はコンセプト的に「5242-321」よりは「5241-321」のほうが妥当だと思うので、たぶんタイプミスで5242-321になった、と解釈しています。)
実質的に2種類の運指に分類しているわけですね。
で、根本的な問題として「そもそも難しすぎるので簡単にする」という改造方針もあります。
冒頭で長々と書いたとおり、私程度のペーペーが作る曲は世界中のピアニストが気合を入れて気合を入れた練習をする名曲ではないんです。
だからガチプロなら初見レベル、初中級者がミニコンサート前にそれなりの時間をかければ攻略できる難易度じゃないと存在理由が問われるんです。
上の楽譜でも簡単にしようと思って(♪)付きの音符を仮入れしていました。
なまじ同じ音形を反復するよりも、親指が使いやすいようにして運指の難易度を下げようと試みていたんです。
が、さんざん考えた挙句「とてもかんたんにしよう!」と割りきって変更したらこうなったよ!↓そもそもテンポ128というアレグロ、アップテンポの世界で6連符を、しかもターンする(ジグザグ音形)というのがクソゲーだったわけです。
・速い(難易度+1)
・ターンする音形(難易度+1)
・音域が広い(難易度+1)
・右手の音域を超えている(難易度+1)
どこかで難易度を下げる措置をしないと、難易度は上がっていく一方です。
このシーンが曲中でどういう役目を求められているのかというと、勢い良く落ちていく効果音的な演奏が欲しかったわけです。
だから難しくしてしまうと「勢い良く」という要素を演奏で表現することが難しくなってしまう。難しい音形を神経質な音で演奏してほしいのではなく、なだれ込む勢いさえ出ればそれで良いんです。
なので非常に簡単な音形で、しかも運指に迷うことなく確実に演奏できるようにしました。せっかく何人もの人に意見を出していただいたのですが、ほぼ全て不採用という結果になりました。
「頑張って作ったから変えたくない」「他人に手伝ってもらったから大事に残したい」という気持ちよりも、楽曲が何を表現しようとしているのか?アレンジ初期にどういうシーンを構築したかったのか?という思いに立ち返ることが最優先されるわけです。
今後も生演奏を前提とした楽譜制作の仕事において、ピアノ等のアレンジ内容についていろいろな人に意見を求めることがあると思います。
そこで頂いた意見のすべてを採用できないどころか、まるっきり違ったものに仕上がってしまうこともあります。
でも、頂いた意見、知識は今後の作品に活かされます。今回意見をくださった皆様には心から感謝しています。
今後もお付き合いをよろしくおねがいします。
■リンク、ピアノの難易度について
DTMだけやっている人や、ピアノ経験の無い人にとって「ピアノって同時に10の音を演奏できる無敵の楽器でしょ?」と思っている人は多いです。本当に多いです。
が、ピアノは「伝統的なピアノ奏法」を積み上げていくことで、徐々に難しい曲の演奏を可能にしていくものです。つまり「伝統的なピアノ奏法」からはずれた音群を並べると「ピアノ的ではない曲だ」となり、非常に演奏しにくいものになってしまいます。
下動画を参照。
「ピアノ演奏の10段階」
これは非常に良い資料になります。
ちょっとクセのある顔芸をしている奏者が、鍵盤を目視しないといけなくなる場面は非常に難しい場面です。彼の顔がこちらを向く余裕があるのか、必死に演奏しないといけない場面なのかに注目してみてください。
ピアノの高難易度の曲は、専用に何週間も練習時間を作らないと演奏不能なものもあります。有名なピアノ曲や、オーケストラと一緒に演奏するコンチェルトの多くは、ものすごくカッコイイです。でも、ハンパな奏者にとっては事実上演奏不能なレベルだと思っておいたほうが良いです。
もちろんDTMではそういう演奏をさせることも可能ですが、耳がピアノ曲に慣れている人にとって「この曲のピアノ、ド派手なんだけどピアノっぽくないよね」と言われて拒絶されてしまうかもしれません。
ゲームやTVのBGMなどで「ピアノ的ではない」曲が多く聞こえます。よくあるのが手が3本無いと演奏不能な曲です(メロ、コード伴奏、ベースの3要素)。
楽器特性を無視した曲を作るのは個人の勝手です。でも、キャリアを狭くしてしまうリスクもあるので、覚悟してリリースしましょう。