eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

DTMをやっていると突き当たるちょっと難しい単語の話(1)位相

(人気記事!)DTM、コンピューター音楽、デジタル音楽に関する記事です。

これらの分野である程度勉強を進めて行くと、「なんじゃこりゃ?」という単語に突き当たることがあります。その中でも割りとよく質問を受ける幾つかの単語について、DTMの実務で必要になる対処法と共に簡易説明を書いておきます。

今回は「位相」の話とDTM実務でやるべき対処の話です。

(リライト中、~2018年3月20日

 

 

■なぜかものすごいアクセス数のある記事です。

このブログの記事の中でも安定して上位アクセス数です。

ホビーコレクター層が大好きな新作プラグイン話でもないし、実機持ってます自慢記事でもないしけど、アクセスが多いんです。アクセス元は検索サイトからですから、どこかのフォーラムとかSNSにリンクが貼られているというわけでも無いです。

つまり、DTMをやっている人が、

  • 「位相」というものになんとなく不安に感じている
  • 「位相」を理解すると何かすごいことができると思っている

ということじゃないかなと推測しています。分析ではなくて推測です。あるいは願望です。

だって、ネット上で位相の話になると、どこからともなく馬の骨が現れて、ズレた話ばかりして、結局何の議論も成立しない状態になって荒れるじゃないですか。

 

 

■あらかじめお断りしておく点

この記事の目的は「それらの概念をDTMの実務作業でどう意識し、対応するか?」と最終目的段階としますので、学術的な領域の説明における些細なミスについては意図的にスルーしていきます。

「こどもむけ科学本」のようなものだと思ってください。

子供向け、あるいは一般層の入門書で「地球は丸い」と書かれていることに対して「いや、それは違うだろ。地球は真円ではないのは事実だし、初歩の物理から演繹しただけでもわかることだ。間違ったことを教えるな!」とツッコムのは無粋だということです。

 

数学的、計測的な厳密さについては、それぞれの専門分野の視点から書かれているサイトをあたってください。

 

ツッコミがある人はご自身のブログで補足記事を書いてください

(2018年2月8日更新、リライト中)

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■シリーズ記事

 

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

 

eki-docomokirai.hatenablog.com


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では本編。

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■位相の話題が意味不明になる理由

ネット掲示板で位相の話をすると、どの領域における位相の話なのかが明確に定義されないうちにバトルが始まり、個人攻撃・人格攻撃に発展するのがテンプレです。そのバトルを見ていた人の多くは「位相の話はしてはいけない」とだけ学びます。

が、位相について知ることはとても大事です。

 

しかし、位相について調べても音楽の分野ではない資料でガッカリする、ということになるはずです。出て来るのはマルチマイク録音での位相問題の処理方法くらい。

そしてなんだか分からなくなって「位相はオカルト」となるまでがテンプレです!

 

・位相はオカルトではない

「位相」はオカルトではありません。

 

「位相」というのは、「速度」や「距離」、「時間」と同じようなものだと思ってください。

 

位相というのはあらゆる「周期的な運動」のことで、円運動や振幅運動の性質を説明する時に使う言葉です。

 

DTMなどでオーディオデータを扱う時に、様々な「波」を目撃しているはずです。

波は上下に振幅する「周期」があるので、当然「位相」も存在します。

 

大雑把に結びつけると、「音=波=周期=位相」ということです。

 

・自由にできないタイプの位相がある

DTMの文脈では、「位相を完全に操作する」という意味ではなく、

「位相が狂って変な音になってしまう」とか

「位相がおかしくならないように、過剰な加工は控える」

という考え方をしていく程度で良いです。とりあえずは。

 

で、位相の全てを自由自在に扱えるわけではないので「オカルトだ」と考えてしまう人がいて、「位相」 という単語が出てきただけで「オカルトだ!」と騒ぎ出したり、「オーディオオタクは黙ってろ」という感じで人格攻撃をする人が暴れだすわけです。

 

・同じ単語でもいろいろな意味がある

言葉にはいろいろな意味があります。

 

例えば、「キック」という言葉。

音楽における「キック」はベースドラムのことです。

 

しかし、スポーツではサッカーや格闘技の「キック」は足で蹴る行為です。

 

「キック」のイメージが別の分野で使われるケースもあります。

ネットでは「キック」という言葉は強制的に退場させる意味になります。

ネット荒らしを「キック」することについて勉強しても音楽の「キック」の勉強にはなりません。

 

プログラム用語の「キック」はプログラムがうまく動かない時にコンピューターを蹴っ飛ばす意味ではありません。ビジネス用語の「キックオフ」は営業成績の悪い社員の尻を蹴っ飛ばすことではありません。工場仕事で疲れてくると、機械の騒音が心地良い4つ打ちキックに聞こえてくるという意味でもありません。

 

似たような、あるいは同じ単語だからと言って、イメージだけで捉えるのをやめましょう。

 

「位相」の話題になった時、その話題が「どの位相の話か?」をちゃんと認識しなければいけません。

 

音楽の話で「レンジ」の話になった時、それが「ダイナミクスレンジ(音の大きさ)」の話なのか、「インターバルレンジ(音域の広さ)」の話なのかをちゃんと認識しないとダメなのと同じです。

 

DTMの話の中での「トラック」は車のことではありませんし、陸上競技を行う場所でもありません。「ピンポン」は卓球のことではありませんし、ドアチャイムのことでもありません。

 

文系だろうと理系だろうと体育会系だろうと、そういう「所変われば別の意味になる言葉」があります。それをいちいち言葉の定義から話していると、本題に入れないので、単に「位相がー」という言い方になるわけです。

 

 

言葉の意味が広いので、たとえば車を運転する人が「回転って何ですか?」と質問しているような状態になる。

タイヤも回転する。

ハンドルも回転する。

エンジンの中ではいろいろなものが回転している。

ペダルだって「軸回転」で動く。グルグルと回転するわけじゃないけど、これも回転だ。

だからと言って「車を運転するためには回転について理解しなければいけないよ」というアドバイスをする人はかなり頭がおかしい

 

で、位相というのは回転の話なんです。

 

でも、「位相って回転のことだよ(ドヤ)」と言っても、音楽的にはまったく無意味です。

「音楽って数学なんだよね(ドヤ)」とか、

「人間はタンパク質(ドヤ)」

「女なんて脂肪が多めのタンパク質ry」

と言って自分は俯瞰的に大局的に物事を知っているぜ!と強がってみたところで、音楽をやれるわけじゃないですし、人間的にも「あいつ偉そうだよな」と思われてしまうだけです。

 

いるよねそういう人。

 

辞典で調べた知識なんてクイズ以外で役に立たないし、クイズ王になったところで音楽はできませんよ!

 

 

・音楽ではない別分野の位相の話

もし雑学をやりたいなら

蛇行動 - Wikipedia

この辺でも眺めてみると面白いんじゃないでしょうか。

列車の下にはたくさんの鉄の車輪があって、その回転の差が起きると困るよ、という話が説明されています。これも位相の問題です。

この「車の位相」を強引に「音楽の位相」と絡めて考えるなら、複数波形の位相差を自動で整えるためのオートアラインを機械的に行っているのが列車の車台だ、ということになります。

 

また、スポーツカーの運転について書かれているのが下の記事です。

http://www.geocities.co.jp/MotorCity/9585/coffee.htm

記事内を「周波数」で文字検索して、その周辺を読んでみると良いです。

「周波数」「位相」「デシベル」「ゲイン」という、まるでミックス話をしているかのように錯覚するかもしれませんが、これは車の運転技術の話です。でも、どちらも位相の話です。

 

車は複数のタイヤが回転しています。回転とは位相です。そして音楽の波形も位相です。

 

複数の波形が並ぶ音楽のミックス行為は複数の波形を扱う行為です。

つまり複数の回転を扱う行為です。4トラックのミックスをしているようなものかもしれません。

 

ミックス用語に「トラック」があり、荷物を運ぶ車のことも「トラック」と呼びますが、英語のスペルは違います。「まじで!?」と思った人はご確認を!

トラック - Wikipedia

 

ですが、グループバストラックの「バス」は幼稚園バスの車と同じ意味です。

バス - Wikipedia

 

念のため書いておきますが、バスドラム、バスチューバの「バス」はベースギターの"bass"と同じなので、車のバスではありません。

私は昔「バストラックにまとめる」と聞いた時に、低音楽器をまとめるのか!と思ったことがありましたが、半分正解で半分間違いです。

 

なお、雑学として私個人が興味深いと思っている、音楽以外の位相の話は「トポロジー最適化」という工学の話。

https://www.jsme.or.jp/dsd/A-TS12-05/minutes/12/Ishii_2004-09-27.pdf

位相は動きだけではなく、形状としても現れます。

 

・位相とはミクロの話

まー、ともかく、位相というのは音楽だけの用語じゃないということです。

いろいろな分野を細密に知ろうと思った時に遭遇する用語なんです。

 

普通に車を運転している時には位相のことは考えなくて良いのですが、車の設計開発などに踏み込むと位相との戦いになる、という感じです。

それと同じように、

普通に音楽をやってるうちは位相のことは考えなくて良いですが、音波の特性に踏み込むと位相との戦いになる、ということです。

 

休日にサッカーごっこをやっているレベルでは考えなくて良いことが多いけど、世界レベルのスポーツ選手になると高度な栄養管理、人体への理解、精神活動の制御などが不可欠になる、というお話にも通じるものを感じます。

 

ここまでOKですか?

 

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以上を踏まえて、以下、興味がある人向け。

 

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■位相にはいろいろあるよ

位相というのも単語でしかありません。

まずは「位相」という言葉を、

  • 音楽における「位相」
  • 他の分野の「位相」

 の2つに分けて考えてください。

この分割ができれば「音楽における位相」についての理解は50%が終わりです。

 

■音楽、DTMでの位相

さらに音楽で扱う「位相」もいくつかに分類できます。

代表的なものを挙げつつ、DTM作業の

  1. (位相ずれ1)複数のマイクで録音する際に起きる問題(録音)
  2. (位相ずれ2)単一波形の位相不良(下準備)(マスタリング)
  3. (ステレオ位相)ステレオ感のための位相(ミックス)
  4. (位相による表現1)シンセ等の音作り(音色)
  5. (位相による表現2)サウンドを変化させる位相(音色)

という5つに分類できます。

 

これらをきっちり分けずに「位相」という言葉が関連するからと言って、どんどん話題をずらしていく人が多くいます。気をつけましょう。

 

 

 

 

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■1,(位相ずれ1)複数のマイクで録音する時の問題

音楽の位相の話で、たぶん最もよく知られているのがこれ。

スネアの上と下から2本のマイクで録音した際に生じる問題。

メジャーな話なので割愛します

 

・モノマイク1本でも位相問題は起きる!?

あえて書き添えておきたいのは「複数マイク」じゃなくても位相の問題は生じるということです。

1本のモノラルマイクでなんで位相が?と思った人もいるはずです。

よく考えてみてください。マイクが1本でも、録音する部屋の反響音がわずかに遅延して同じマイクに到達して録音されるので、二重に録音されてしまいます。これも位相の問題です。

同じ(あるいはそっくりな)波形が反復して重なっていることを分析し、反響音を削減できる仕組みも実用レベルになりつつあります。リバーブ除去技術のことです。現時点ではその技術のプレゼン用に作った都合の良い波形じゃないと、除去した結果クソ音になるだけなのでまだまだです。今後に期待しましょう。

実際問題として、そういう反響音が録音されてしまうとどうにもならないのが現状です。だから録音の時はとても気をつける必要があるわけです。

つまり録音とは位相です(キリッ!)

 

■2,(位相ずれ2)単一波形の位相不良

単一波形の中での位相の話です。

録音的に完璧、あるいは電気的に作り出された完璧な波形でも位相の問題は起きます。

音楽的には、モノラルの位相のズレは低域の位相不良はキックとベースの干渉によって生じることが多いです。

どちらかの位相の修正が必要です。

位相の問題が最も大きく現れるのが超低域の位相干渉で、これは「キックのアタックがはっきり聞こえない」という症状として現れます。

 

 

下の画像は「逆相」(anti-phase)と呼ばれる状態です。

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波形が下向きに開始されているのは逆相と呼ばれ、一般的にはNGです。

原則的に波形は上向きスタートするべきです。

 

上向きでも下向きでも同じ音で、その違いを判別できる人は存在しません。(稀に「逆相だと引っ込む音がする」「耳が引っ張られる音がする」と主張する人がいますが、単体で鳴らしたanti-phaseの音を区別することは事実上不可能です。確かにスピーカーは引っ込む方向から動作するのですが、それを感知することは不可能であり、完全なプラセボだと言えます。)

 

波形切り取りの加工で anti-phaseで切断されないようにするための機能が「ゼロクロスポイント」という機能です。

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これをオンにしておくと、ゼロ点でしか切断できず、また、上向きの位置でしか切断できなくなります。

 

たまに誤解している人がいるのですが、位相問題を自動で解決するスイッチではありません

 

別の誤解だと「ベースの弦を上から弾くか下から弾くかで位相が逆になる」というキチガイじみた考え方をしている人もいる。やばい。その理屈だと垂直に弾くと音が出ないことになる。まじでやばい。

 

・ゼロクロスポイント編集の欠点

欠点としては、小節線でのカットができなくなる副作用があるので注意が必要です。

下画像はアンチフェーズの波形をゼロクロスで切断した例です。

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小節線からズレてしまっているので、位置を直してあげる必要があります。

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これで正相(in-phase)で小節線ジャストになりました。

 

もちろんこの方法だと周期の半分が削れてしまうので、意図した波形ではなくなってしまいます

しかし、位相の問題によって生じる音ヌケの悪さを一発で解消できるので、割りと有効です。周期1回が削れてしまうことを気にするより、位相の良さを重視した仕上がりになるメリットがあります。

あやしげなサンプルファイル(フリーものや自作など)の場合には、まずこの加工をして使いやすい状態にしてあげる前準備が必要ということです。

 

・別の方法での解消「位相反転」

 もちろん「位相を反転」という方法での修正も可能です。

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ただし、「位相を反転」ではゼロクロスの処理ができません!

ゼロクロスがずれたまま反転されるだけですので、過信するべきではありません。

 

 

・逆相スイッチは万能ではない

逆相スイッチは位相問題を「解決する」スイッチではありません。

逆さにして「どっちの方がマシか?」という二択スイッチでしかありません。

 

とにかくゼロクロスポイントを整頓しましょう。それをきっちり行えるのがデジタル編集の最大のメリットです。

 

アナログ卓からくるいわゆる「プロスタジオのミックス話」だと、位相の話は正相と逆相の話しか出てこないこともある。今はデジタルなので、タイミングを目視で合わせることもできるから、あまりにも古い話を仕入れているとここで勘違いが起きるし、位相話で古臭い人が出てくると正相と逆相の話しかしないからとてもやばい。

その「プロのスタジオの話」で言うなら、「マルチマイクの距離による位相」の話の方がより本質的だと言える。波のタイミングが違うってことは、音のなっている点からのマイクの距離がそれぞれ違うということなのだから。

 

 

 

・常に全ての位相を揃えることはできない

全ての位相を完全に揃えることは原理的に不可能です。音程が違えば位相も異なります。キックの音程がダウンしていれば当然ベースと合わなくなります。

 

常に全ての位相が揃っている音は演算シンセの機械的な音だけです。

揃うべき時に揃っていると良いよ、という程度の処理しかできません。

 

特定の時に揃っていても、別の周期でズレるのが当然です。

 

 

 

■キックとベースの合成による低音位相問題

とあるメーカーのサンプル集のベースが逆相になっている。

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下の方が「位相的に」良好なのは言うまでもない。

逆相ボタンを押してどっちが良いか試してみると「そんなに違いは無いだろこれ」となるはず。マジおすすめ。

 

ちなみに、曲のベースの音程に合わせてキックの音程を変えるという制作方法もある。が、この方法が常に良い結果になるかと言うとそうではない。だって、キックが一定の音じゃなくなってしまうんだから。

だから「位相を合わせる」話は「とりあえずアタマの正相・逆相くらいどうにかしておけ」という程度でも、正しいと言えば正しい。神経質になりすぎると音楽のダイナミズムが失われかねないので気をつけるべき。音楽は波だから常に位相なんだけど、その位相の美しさが音楽の魅力なわけではない。位相はミクロの話でしかない。

 

・808キック問題

サンプル集やPCMロンプラに入っているデータをいろいろ比較してみると、結構雑なものが多い。

 

下の画像はサンプリングデータ集に入っていた808キックのサンプル。

拡大してよく見てみると、アタック位置が明らかに遅れている。

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神経質な人はゼロ補正を掛けてから、再度サンプラーに入れてみても良いんじゃないでしょうか。

いろいろな加工の結果として位相はどんどんズレていくので、ある段階でキックだけを書き出してみると、めちゃくちゃなことになっているかもしれません。(EQによる位相の乱れについては後述します。)

 

(下の話は要出典な)

なお、聞いた話で正確なことは知らないんだけど、プレーンな状態のキックのサンプルの頭を意図的にカットし「プチ!」と鳴るようにした状態から加工を開始することで、よりアタックの強いキックになるんだとか。

実機808でもそういう出音をしていて、その「プチ」感がアナログ回路等を経由して加工されることで結果的に実機は良い感じのキックになっているのだとか。

品質管理的な観点から言えば欠陥品なんだけど、楽器としてはそれが良い結果になったのだそうな。

この話については明確なソースが無いので噂半分にどうぞ。

 

実機の808のキックは常にオシレータが揺れていて、それをVCA(アンプ)の開閉で出したり止めたりしている。鍵盤を押した時から演算を開始するものとは発音の原理が根本的に異なる。

で、その「揺れている」波のどのポイントから聞こえるかによって、ゼロポイントから綺麗な上向きの正相になることもあれば、逆相で出てくることもある。ゼロクロスができない位置から発音されることもある。

で、実機808キック魅力は「ゼロクロスされていない状態」で起きる「プチ音」なわけ。そのプチった状態でアンプとかエフェクタを通過すると、いい具合にヌケの良いサウンドになる、というのが808実機伝説の真相です。その辺の仕組みをちゃんと把握していないのに「実機ガー実機ガー」と叫んでいても、それはオカルトに近い話になってしまう。

だから808の実機のキックを何発かサンプリングして、綺麗な正相にできる部分を綺麗に切り取ってサンプラで鳴らしても、「808のあの感じ」が得られないケースが多い。で、「実機じゃなきゃダメ」みたいな評価になるんだけど、結局は実機の音は安定しない。

さらには実機だとパーツの個体差があって(実機シンセは個体差ありますよ!)、さらに闇が深くなる。

要するに適当に綺麗な正相の808キックのサンプルを手に入れたら、アタック部分の波をカットしてみれば、望んでいた808キックの音が手に入るかもよ?ということになる。

ちなみにその辺をちゃんとシミュレートした808クローンのプラグインもちゃんとある。どうしてもこだわりたい人は探してみてね、というか、この話で知ってから探している程度なら、「自分のこだわり度合いはその程度なんだな」と自覚して、微細な違いよりもダイナミックな音作りで音楽と向き合った方が自分の個性に合っていると思います。

なお私はそういうのが面倒くさいので、出来合いのキックのサンプルをポン刺しする派です。知ってることと実行することはまったく関係ありません。だって、自分より優れた人が作ってるサンプルなんだもん。興味本位程度の知識しか無い自分が「オリジナル」にこだわるより優れているに決まってるじゃないですか。私は作家なので、その音色に対してどういう曲を作るか?にこだわる方針です。

 

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■3,ステレオ感のための位相

別の位相の話です。 

 

ここまで説明した位相の話は「単一のトラック内における位相ズレによる悪化」の話でしたが、次は「ステレオ位相」の話です。

 

言葉にはいろいろな意味があると最初に言いました。

サッカーはボールを「キック」するスポーツですが、そのキックには「ドリブル」「パス」「シュート」「フリーキック」などの種類があります。更に言えばディフェンスのために相手のボールを奪うのもキックの一種ですね。

サッカーで「キック」が重要なのと同じで、音楽は「位相」が大事だということになります。

サッカーのキックが1種類だけではないのと同じで、音楽の位相も1種類ではありません。

同じ言葉でも状況によって使われ方が大きく異なるということは忘れないでください!

 

位相には上で述べた「単一トラックの中での位相干渉」の他に、「ステレオ位相」というものもあります。

 

・2つのスピーカー位で生じる位相問題

(以下は機器によっては例外的な処理をしていることがあります。)

 

ステレオ位相は2つのスピーカーから出てくる音の干渉のことです。

2つのスピーカーが揺れることで1つの空間に2つの波が生じます。

2つの波は干渉しあい、1つの音楽になります。

 

■2つのスピーカーで奏でるセンター音

モノラルを表現するためのセンタースピーカーは存在しません!

2つのスピーカーが同じ音を鳴らした時にセンターを擬似的に錯覚しているだけです。

2つのスピーカーが微妙にズレた音を出していると、センターが成立しなくなるということです。

 

「センタースピーカーが無い」というのは当たり前のことですが、とても大事なことです。

 

 

・ヘッドホンの位相?

ヘッドホンは2つの波2つの耳にそれぞれ入っていくので、2つの波は干渉しません。

左右で同じ音が鳴ると、脳が「これはモノラルだ」と錯覚しているだけです。

音は頭の左右2箇所で鳴っているだけです。

鼻の正面では何も鳴っていません。

 

 

 

 

・ステレオ位相に対する誤解

頭でっかちな人がステレオ位相の話をする際に間違った説明をしています。

曰く、「ステレオそれぞれに逆相を鳴らすと音は消える」とのことですが、残念ながら消えません。机上の空論です。

 

ともかくやってみれば分かりますよ。消えませんから。スピーカーを向かい合わせにピッタリくっつけても消えません。

 

音が消えるのは「ステレオ信号で逆相をモノラルスピーカーに流し込んだ場合」で、なおかつ「完璧な回路の場合」のみです。

この場合は音が消えるのではなく信号上で打ち消しが起きているので「スピーカーは振動しない」というのが正解です。

音が消えるのではなく、そもそもスピーカーが振動せず、音は出ません。消える音すら存在しないというのが正しいです。

 

DAW内部で実験をする場合にはLの逆相をRに送ればCが消えます。

この理屈が分からない場合、「スピーカーは左右の2個で、センタースピーカーは存在しない」ということを思い出してください。

 

・位相ズレによるステレオ感の演出

位相ズレは良い方向に働くこともあります。

キックなど単一波形の中の「位相ズレ」は位相の悪化ですが、ステレオの左右の位相は「ステレオ位相」というカテゴリになります。同じ位相という言葉の領域ですが、まったく意味が異なります。

位相に関する話をする際には、どの位相の話なのかをきっちり分けて考える必要があります。

 

私達の耳が2個あることによって感じられるステレオ感とは、そもそも位相差によって生じているものです。

2個の耳がステレオを感じられるのは、ある1点から来た音が左右の耳に違うタイミングで到達していることを脳が処理した結果です。

 

DTM的にはステレオ感というとパンなのですが、パンは左右2個のスピーカーの「音量」を変えることによる演出であって、スピーカーの位置の話ではないです。

むしろここで疑問視するべきは、そもそも左右に置いてあるスピーカーから同じ音量だとセンターに聞こえるということの不思議さです。センターにはスピーカーは存在しません。

 

左右の耳に到達する時間差によって脳が左右の位置を理解しているわけです。

定位の問題http://yppts.adam.ne.jp/music/aud/teii.html

左右の音量差ではなく、左右どちらかのディレイによってより臨場感のあるステレオ感を得られるということは、位相の話の一環として覚えておいて損は無いです。

 

たまに語られている「スピーカー位置より外側に聞こえる加工」は、こういう効果によるものです。また、その実装方法として逆相を使うという手法が紹介されていることがありますが、これもやはり逆相と正相の二択ではなく、適切なディレイ長によってより精密に制御することが可能です。

何度も言いますが位相の話を正相か逆相かだけで論じるのはちょっとおかしいです。

 

なお、このディレイによる定位の感じ方には個人差があります。

なぜなら個人によって耳の距離が違うからです。

 

ダミーヘッドによる録音がおかしく聞こえる人は、その収録で使われたダミーヘッドと頭の大きさが異なりすぎているということです。

 

私個人はダミーヘッドの音は大嫌いです。臨場感よりも違和感の方が大きく感じてしまうからだと思います。

 

■4,シンセの音作りにおける「位相」

位相のズレは良い方向にも働いています

シンセに限ったことではないのですが、あえて「シンセの音作り」として書きます。

シンセの音色を作る際に、音程をわずかにずらしたユニゾンや、タイミングをずらすことで作るフランジャーフェイザー、コーラスなどのエフェクトによる効果があります。これらの効果はどれも位相のズレによって生じる音色の面白さです。(※厳密には違う。)

言うまでもなく、オーケストラの中で大量のバイオリンが同じことを演奏するのは人力ユニゾンであり、これも位相のズレによる音色です。生楽器でも同じメロディを違う楽器で演奏すると互いの位相が干渉し、独特の音色になります。これを「人間的なブレの無い」サンプリングされたシンセの中で鳴らすと、均一すぎる位相ズレにしかならず、生演奏ならではの音色になりません。

ともかく、音色の領域における位相の話は「良い効果としての位相ズレ」ですから、位相という言葉が出た時に、その全てが悪影響の話だとは限らないということです。

 

ディストーションも位相

音の波を過剰に大きくした際に生じるディストーションエフェクトの音も、位相のひとつです。

あらゆる波には位相があり、音色の変化とは位相の変化です。

 

・コンプやリミッターも位相

特にリミッターはディストーションと同様の位相の乱れを誘発します。

波の振幅が大小するだけの状態なら位相の変化は無いですが、クリップは位相の乱れです。

 

■5,サウンドを悪化させる位相

別の位相カテゴリの話になります。

 

低音に限らず、どこの音域でも位相ズレは起こることがあります。

「ディレイとコムフィルター」の項目で後述します。

これを解消するためには「全体の位相がおかしいサウンド」を判断できる必要があります。

全体の位相ズレは波形で見ても判断することができないので、「なんかヌケが悪いな」「なんか変な音」と気がつくことができるようになるのがスタート地点です。

 

 

 

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■位相干渉を正すエフェクター

そういう時には、やはりミキサーディレイの機能を使うのがベターです。もしくは位相干渉を解決するプ専用のラグインエフェクトを使うべきです。

MeldaのMAutoAlignなどが有名どころです。

www.meldaproduction.com

位相干渉を解決する専用のプラグインエフェクトは、複数のトラックの位相を自動で極限までそろえてくれます。

それまで波形を拡大して目視し、人力で整えるしかなかったものが自動化できるということで「録音物を扱うエンジニア」の間で話題になりました。(DTMで打ち込み専業の人にはほぼ不要です。)

 

ただ、誤解されているのはこういうエフェクタが「全ての位相問題を解決してくれるぜ!」というものです。音の周波数はさまざまですから、すべての周波数における位相の問題を解決することは不可能です。全ての位相が揃ってしまったら音楽になりません。

 

そもそも、音楽というのは位相を正しくするための行為ではなく、ほどよく乱れた位相によって生み出される芸術だと言うことさえできます。位相が揃っていることより、もっと大切なことがあることに気がつくべきです。

位相問題に対して神経質になってしまった末期患者は全ての位相を解決する手段があるに違いないと勘違いし始めます。そういう人に限って(ネットでの)声が大きいので注意してください。

 

■ディレイとコムフィルタ

音楽制作において解決が必要となる位相問題の多くはタイミングのズレだと言えます。

タイミングのズレ、つまりこれはショートディレイです。

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全帯域ノイズに対して0.6msの超ショートディレイをかけると、わずかに遅れた音によって位相干渉が起きた部分が打ち消されていることが分かります。複数箇所に凹みができているのは、0.6msの公倍数が影響を受けているからです。つまり、0.6の2倍3倍4倍の1.2ms、1.8m,s、2.4msなどが逆相になって凹むということです。

 

上の画像は測定用で表示できるデシベル数を大きくしていました。

下の画像では表示デシベル数を減らしています。

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このような形状に見えることから「コム(comb)=くしフィルター」と呼ばれています。

 

テストノイズではなく、実際の曲の中でわざとにおかしくしてみた例。

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実際のミックスでここまで極端なショートディレイ(コムフィルタ)を作るとおかしな音になってしまいます。要注意!

 

 

忘れてはいけないのは「180度逆相が凹む」という結果だけではなく、「180度以外の部分も少しだが凹む」という点です。

つまり、逆相だけで位相問題が解決されるわけではありません。

もし逆相部分だけが影響を受けるのであれば、「くし」はもっと鋭くピンポイントで凹むということです。

音楽用の位相の話をする人の多くがこの点を見落としていて、逆相か正相かだけでしか語りません。位相には正と逆だけではなくて、ズレというものがあるということをまず知るべきです。

 

 

■コムフィルタの実験が有意義である理由

位相ズレしているサウンドを知ることができます。

知らないものは認識できません。

極端な状態から徐々にパラメタを下げて正常なサウンドにしていく途中で、位相が狂ったサウンドというものを体感できます

位相はオカルト用語ではありません。

 

話が脱線しますが、「音割れ」も同じ経験によって習得できます。極端に音割れした状態から徐々に戻していくと「あー、音割れってこういうことね。」とわかるわけです。

 

 

 

■極端なハース効果によるダブラー

ダブラーはいろいろな楽器に対するエフェクトで使われています。特に多いのはエレキギターではないでしょうか。

1本のエレキギターのはずなのに、妙にステレオ感があるアレです。

ダブラーの音もステレオスピーカーとディレイで作られているのですが、どの方向に定位しているとか、位相を正すとか、そういうこととは逆のアプローチです。どこの音だか分からない違和感による演出です。

ダブラーについて考える際は位相のこととか考えないほうが良いそうです。

 

■ショートディレイで位相がずれるということは……

お察しの通り、リバーブでも位相に干渉が起きます。

バーブは無数のディレイの集合体だからです。

だからと言ってリバーブが悪だということはありません。

 

■コムフィルタが生じるということは?

スペアナで見た通りです。極端なピークEQカットをたくさん行ったのと似た効用が得られます。

逆に言えば、あちこち削る変なEQの使い方をするとおかしなサウンドになるということでもあります。

 

■なんでも位相の話にこじつけない

また、位相問題と長すぎる「風呂リバーブ」とはまったく別問題です。

長過ぎるリバーブやディレイが問題なのは、コードチェンジした後に手前のサウンドが乗ってくるからです。これは位相というミクロの問題どころではなく、コードや音符の重複、不協和音の問題だと考えるべきです。

 

 

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■EQと位相

EQの加工も、位相の加工です。

あらゆる音、波には周期があり、それを操作するのは位相の操作に他なりません。

 

位相が乱れにくいとされるリニアフェイズのEQでも位相は乱れます。

普通のEQ(ノンリニアEQ)も位相を乱します。

この2種類のEQはどちらも位相を乱します。リニアフェイズが位相に影響を与えないわけではありません。

乱れにくい要素をどこにするか、乱しても良い要素をどこにするかが違うだけです。

近年では基本的な2つの演算だけではなく、両方の良いところを採用する方式のEQも出てきていますが、逆に言えば両方の欠点を持っているということです。

 

位相を乱さないEQは存在しません。

加工の副作用としてプリ・リンギングやスミアリングと呼ばれる乱れが起きて、必ず音は劣化します。

 

つまり、どんな高いEQを使っても位相は乱れ、使いすぎれば聞いて分かるレベルで音を壊してしまうから気をつけてね、ということです。

 

とは言え、位相の乱れのすべてが禁忌されるものだというわけではなく、音楽的には「より浮き立つ音」になる可能性も秘めているので、最終的には耳で判断し、作品にとってふさわしいかを判断するしかありません。

なんだか分からない人は徹頭徹尾、自分の耳と美的センスを信じて作りまくれば良いだけのことです。

 

・EQ時に生じる位相の乱れ

EQは位相を狂わせます。

 

下は808キックに100HzローカットEQをした例です。

リニアフェーズEQは非常に急激なカット、ノーマルEQは-6dB/oct.のゆるいカットの例です。

(ノーマルEQで音量レベルが下がって見えていますが、これはゆるいローカットのせいで音量が削がれた結果です。)

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拡大すると、LPEQでは一番最初の時点でズレています。

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原理的にはEQによる位相ズレは左右の時間軸方向にしかズレないはずなので、どういう理由で縦方向にズレるのはか詳しくは分かりません。なんらかの理由でオフセットが起きてしまっているのかもしれません。なんでだろうね。

 

こういう位相のズレが音楽的に良いのか悪いのかは曲によります。

加工の結果「いいね!」と思ったなら何でもありです。

 

 

キック一発の長さ全てを表示すると下のようになります。

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 周期ごとにかなりズレていることが分かります。

 

■動画で学ぼう

記事内にも外部リンクはありますが、下の動画(英語)は非常に分かりやすいです。

www.forward-audio.de

逆相が完璧ではない話、逆相処理が2種類ある話、マルチマイク問題とその設置による回折等の干渉問題、コムフィルターの出現なども非常にわかりやすく解説されています。

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