作曲する時はもちろん、耳コピして分析する時にも必要になる知識です。
(2021年11月1日更新)
■えっ?わたしのメロディ、ダサすぎ!?
って広告も最近見なくなりましたね。
「譜割り」という用語は様々な意味で使われるあいまいな用語です。が、あえて「譜割り」という用語を使っていきます。
・基本形
こういう基本メロの下書きがあったとする。

音符が整いすぎて童謡くさい。
変更してみよう。
・装飾化
装飾化の例。

非常にケレン味が強い。
装飾音の数や昇降は状況による。特定の楽器を想定する時は、その楽器の奏法として適切な装飾スタイルを使う。
ここでは3拍裏のみ装飾化したが、もっと増やすこともある。どの程度つっこむかはあなた次第。4分音符が2回の後、8分音符が4回ってのはあまりにも「良い子」すぎるのでチョイワルにする感じ。
同じようなメロが続く場合、序盤で装飾を多くするか、後半で多くするかは状況次第。序盤を伸び伸び演奏して後半で速弾き感を出すか、序盤で装飾を多くしてスピード感を稼いでおき、後半で歌いこみを増やす、など。
この「装飾化」の技術は、別枠で「細分化」という技術体系にもなっていきます。
今回の記事はあえて「細分化」には触れず「譜割り」に徹底していきます。
・シンコペ化
拍をずらすのがシンコペ化。
2拍目を遅らせる。また、3拍目で同音連打になるとダサいのでつなげている。

ポップ感、キザな感じになる。
多用しすぎると悪い意味で昔のJPOP的になる。
洋楽は譜割りは案外ダサいことがある。堂々とダサ音符を並べるのがプロの度胸だと分かる。
結果的に長い音符が現れるので、そこで「歌う」ことが容易になります。
メロが伸びるので伴奏に「オカズ」を入れる余裕も生まれます。一石二鳥なので非常に多用されています。
・食って「またぐ」
シンコペ化2。前出し系。
テンポは同じでもスピード感を出せる。

これを「食う」「食って入る」とか「引っ掛ける」と呼ぶ。
小節線を「またぐ」という特性があります。
3拍は「食っていない」ので、相対的に非常にパワフルに聞こえる効果もある。なんでも「食え」ば良いというものではない。適度な規則性を保ち、適度に意表を突くように構成すると良い。
(前出しは厳密にはアンティシペート、アンティシペーションと言うんだけど、楽典の試験でも無い限りこの用語は出てこない。プロでも知らない人が多く、なんでも「シンコペ」と呼ぶこともある。ツッコミは無粋。)
小節線をまたぐので、DTM的には扱いにくいです。が、ほぼすべてのまともな音楽は「またぐ音楽」です。小節線ピッタリで何かをやるのはむしろ例外的な「ダサかっこいい」書き方だと言えます。
食事の時間に「いただきます!」で食べるより、先につまみ食いするのは最高ですね。
・いろいろなテクニックを混ぜる。

取捨選択しながらベストなメロディにしていく。
やりすぎると悪趣味になるので冷静に。
・あえてそのまま
時にはド真ん中をやった方が「ダサかっこいい」ことさえあるのが音楽の面白いところ。
(最初の画像)

ひとまわりして最高に骨太でカッコイイかもしれない。
■伴奏
伴奏をぴったり合わせるのが基本だけど、稀にあえてずらした伴奏にすることもある。特に意図がないなら合わせるべき。メロを変えた後に「伴奏をすべて書き換えるのが面倒だから」という理由でこういう作業を敬遠する人がいるけど、それは間違ってる。手間を惜しむべきじゃない。
・作曲初期にやるべき
逆に言えば、アレンジで伴奏楽器が増える前の設計段階で譜割りを入念にやっておくべき。「音源差し替えてミックスすれば良くなるだろう」ではなく「チープな音でも説得力のある音符」を目指すべきだと私は考えています。その方がラフを量産できるので、どの曲を作り込むか吟味できる余裕が生まれる。クソ曲をどんなに綺麗にミックスしても綺麗なウンコになるだけ。
■プロの譜割りを学ぶ
簡易耳コピで譜割りチェックだけする際、これらの点に注目すると、プロがどれだけ音符を丁寧に配置しているかを学ぶことができます。
理論派だと自覚している人の場合は「プロいメロ」を逆にシンプル化する作業、プログラム用語で言えば「デコンパイル」「リバースエンジニアリング」してみると音符配置のテクニックを効率よく学べると思います。元の形はこうなんだなーということが見えてくるし、1曲全部を解析してみれば、同じモチーフから作られた別バージョンがあちこちに埋め込まれていることも見えてくるはず。
■歌唱と時代の病
本来のメロディのリズムを少し変えて演奏する「フェイク」というアドリブ演奏技術があります。ただし、フェイクの技術は賛否両論があります。
オリジナルの単調で稚拙なメロディをより「大人な」メロディにすることもできますが、真に練り込まれた完璧なメロディを破壊してしまうこともあります。
ガチ名曲が譜割り変更でどう聞こえるか?という研究記事です。
eki-docomokirai.hatenablog.com
私が好きな『歓送の歌』も、オリジナルは優れたメロディだったのですが、作詞の小椋佳のライブでは「改悪のフェイク」になっていると言わざるを得ません。これは小椋佳に限ったことではなく、昭和末期から平成初期の非常に多くのライブ演奏に蔓延した「時代の病」でした。
オリジナル。
作詞本人ライブ。
「時代の病」という言葉を使いました。
これは平成後期~令和の歌にもあります。
あまりにも言葉を詰め込もうとした結果、歌本来の伸びやかな発声の魅力が忘れ去られてしまいました。また、歌詞1番に最適化された譜割りに2番の歌詞をねじこんでしまい、2番の完成度が極めて低くなっています。
翻って小椋佳などが活躍した全時代は1番の歌詞と2番の歌詞のマッチが非常に巧妙です。
何を聞いても「良い。さすがプロ」と鵜呑みにせず、「ここはちょっとミスってないか?」という批判的な視点を忘れてはいけません。
■レッスンの案内
要望によっては今回の記事のような添削も行っています。
プロ向けレッスンでも割と好評です。
eki-docomokirai.hatenablog.com
耳コピが面倒なので、できればMIDIデータを用意してほしいです。