”A Whole New World”の最初のメロディの譜割りが気になって仕方がないのでいろいろ調べた。
適切な引用
(2019年7月23日更新)
- ■AWNWの正しい主題はどれか?
- ■1992年アニメ版
- ■1992年アニメ版劇中の比較調査
- ■分析というか、好みというか
- ■音楽用語の補足、フェイクと主題変容(展開)は違う
- ■蛇足、絵について
- ■この記事における「楽譜引用」について
- ■この記事における音楽用語について
- ■関連記事
■AWNWの正しい主題はどれか?
『アラジン』は2019年に実写版でリメイクされました。
が、劇中の歌い方、最初のフレーズの解釈が気に入らない。
合法違法を問わず、出版・アレンジ演奏している人の解釈にもいろいろあり、なんともモヤモヤしたので徹底的に調べた。
AWNWの最初のフレーズ解釈は概ね下の5種類がある。
どれも正しいと言えば正しい。
けど、2019年実写版の歌い方は個人的には違和感が強いんです。
・フェイク
こういう1つのメロディのリズムを変化させる技術を「フェイク」と呼びます。主にジャズのアドリブ演奏で駆使される技術です。また、『アラジン』のようなミュージカル演奏では歌詞の都合によってフェイクが行われます。
が、自由な音楽の技法とは言え、適当にやりすぎるとテーマ(主題メロディ)が分かりにくくなってしまうので、乱用は慎まれるべきです。特にジャズにおいては、1回目のテーマは明確に演奏し、徐々に破壊していくのが一般的な作法とされます。定番になっている古典ジャズ曲の演奏では最初から崩す人もいますが、「ジャズの作法に反する」と眉をしかめる人もいるので注意が必要です。
どこまで明確に聞かせ、どこで崩すか。崩しつつも一貫性を保つか。それがフェイクの美学です。
なお、採点カラオケでフェイクを使って歌うと当然減点されます。
・レチタティーボ
フェイクとちょっと関連性があるのでレチタティーボについても軽く紹介だけしておく。
どういうものかについては下のバーンスタインの若い頃の解説動画を見てみればなんとなく「あー、こういうのか。あるある。」と分かるはずです。
その上で、下のリンク先記事を。
斜め読みするだけでも「音楽と歌を言葉、物語」をシームレスにつなぐ作曲技術の歴史がなんとなく分かるはずです。
で、『アラジン』はミュージカルなので、純粋に音符に乗せた作詞というよりも、セリフ表現と音楽が対等だと言えます。だからメロディの音価(音符の長さ)は正確さを重視されず、言葉の表現のために音符の長さが積極的に歪められます。
・サントラ、シングル盤(シンコペ)
AWNWの話に戻す。
ミュージカルの文法で歌われるので、歌詞重視のフェイクが多用されています。
エレピのイントロが美しい、おなじみのバージョン。
(シンコペ+手前着地)
シングル盤はシンコペ開始で+5つ目の音符が短いスタイル。
たぶん一番馴染みのある譜割りはコレじゃないでしょうか?
ラジオや有線放送などでは劇中の歌を使うことはまず無いので、最も多く聞かれ続けたのはこの譜割りのはずなんです。
しかし、後述の演奏用アレンジ出版譜ではほとんどが
こうなっているので、私はいつも違和感がありました。5つ目はシングル盤のように短くしたい!
この方が空飛ぶ絨毯感があると私は思うんです。私は。大地を離れたい世界感、重力に逆らって上昇したり、頂点でふわっとする感じ、落下するドキドキ感はこのリズムが一番出ると思うんです。
言葉の表現を重視するか、音符の運動による表現を重視するか。それによってAWNWのリズムは多種多様なフェイクで演奏されています。
・2019年実写版、英語(イーブン)
で、リメイク実写版のトレイラーで確認したら、イーブンで演奏されている。
この形は1992年アニメ版(下)と似ていますが、最後の音符が早いです。
■1992年アニメ版
なんだこれはと思い、オリジナル英語版を確認。
1992年アニメ版、劇中。英語(全イーブン+ジャスト着地)
これがオリジナル。
出だしはイーブンで、5つ目の音符が長いスタイル。(ただし、8小節後の反復時(39秒)にはシンコペになっているので、ぜひ2フレーズ目まで確認してください。)
私個人としては、この譜割りは好きじゃありません。リズムによる音楽的表現がないがしろにされていると感じます。
■1992年アニメ版劇中の比較調査
ここからは各国の翻訳版をどんどん紹介します。
が、重箱の隅が大好きな我々としては、シンコペになっている部分でリップシンク(ロトスコープ)が明らかにズレていることにも注目したい。「物語と言葉の表現」「純粋な音楽としての音符の表現」「アニメとしての表現」が葛藤する様子も比較してみましょう。
言語による口の形の違いはともかく、タイミングが完全に違っている点も確認しながら、以下をどーぞ。
Youtube動画はカーソル左右で5秒シークできます。
・48484 | 1 (シンコペ+長い+ジャスト着地)
ほとんどのインスト編曲版はこれ。
Google画像検索でサムネを見てみると分かるはずです。
日本語(シンコペ+長い+ジャスト着地)
フランス語(シンコペ+長い+ジャスト着地)
イタリア語(シンコペ+長い+ジャスト着地)
オランダ、ベルギー(オランダ語)(シンコペ+長い+ジャスト着地)
・48448 | 1 (シンコペ2回+ジャスト着地)
中国語(シンコペ2回+ジャスト着地)
ドイツ語(シンコペ2回+ジャスト着地)
インド(ヒンディー語)(シンコペ2回+ジャスト着地)
韓国語(シンコペ2回+ジャスト着地)
他にももっとあるんだけどこの辺で終わり。
■分析というか、好みというか
音の表現としては「シンコペ+5つ目を短く、最後を手前に」がベストだと私は思います。シングル盤のみに見られる解釈です。
たとえ原作アニメ版がイーブンだったとしてもです。
で、2019年のリメイクにおいては原作アニメ版を参照しすぎたため、「純粋な音楽としての音符表現」は追いやられているわけです。
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以下、備考。
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■音楽用語の補足、フェイクと主題変容(展開)は違う
なんでもかんでも『フェイク』だと言ってはいけません。
『フェイク』は「演奏時の操作」と思っておけばOKです。主にポピュラー音楽、特にジャズのアドリブ演奏で、テーマを崩す時の技法として『フェイク』と呼ばれます。ただ、私の経験上、「もっとフェイクして」という指導が行われることはまず存在せず、「そこはフェイクしないで、揃えてやろうか」という禁止の文法で使われるケースのほうが多いです。
『主題変容(展開)』は2小節後、4小節後、リピート時などに似た動きのフレーズがちょっと変化して現れる際に、ちょっとだけ音程やリズムが変わる「作曲技術」です。
ロマン派以降のクラシック、特にオペラと、そこで生まれた音楽表現を受け継いだポピュラー・劇伴用語では『ライトモチーフ』と呼ばれています。
今回扱ったAWNWでも似たリズムや似た音程運動があるのを発見できるはずです。適度なモチーフ流用で統一感を持たせつつ、退屈させないように的確にモチーフを変化させていくのが良い曲を作るコツです。
たまに誤解している人がいますが、『フレーズ』と『モチーフ』は違います。
『フレーズ』は1つのメロディが始まって終わるまでの長いスパンです。文章で言うと「~~~。」と句読点がつくまでの区間のことです。モチーフは単語のことか、いくつかの単語の組み合わせによる熟語のようなものです。
また、モチーフはメロディだけではなく、コード運動をモチーフとして扱うこともあります。
ガチめのクラシック曲(特にソナタ等の古典的な形式を重視する音楽)では特に『主題労作』と呼ばれることもあり、よりロジカルかつ創作的な技術が問われます。しっかりと楽曲分析をすると「ここも主題の変化だったのか!」と気が付かされることがあります。2倍の長さにしたり、上下音程を逆転させたり、フレーズを後ろから演奏したり、それらを同時に組み合わせたりします。
ただし、今日の音楽はジャンルの垣根が曖昧なので、『主題変容(展開)』『主題労作』『変奏』『ライトモチーフ』の境界線は非常に曖昧です。厳密に使い分ける必要は無いですが、扱う曲や話す相手によって用語をすり合わせると良いでしょう。
同じくクラシック系で『主題変奏』という用語がありますが、これは特に「変奏曲」のジャンルでの作曲技術です。純粋な作曲技術というよりは、「器楽法」に寄り添ったもので、と考えた方が分かりやすいかもしれません。
最初はシンプルなメロディが演奏され、リピートするごとに複雑で演奏困難になるのが特徴です。何度も繰り返されるうちに、当初のメロディはほぼ聞こえなくなり、楽器ごとの超絶技巧を聞かせる目的に到達するスタイルが一般的です。
興味のある用語で検索してみると、それぞれの技術に触れることができるはずです。
・フェイク所感
個人的な印象として、フェイクをうまい方向に使えている人は世界中でも皆無だと感じています。プロアマ、ジャンル問わずです。
歌手(演奏者)が独自性を主張することが目的化しているケースが多すぎます。
往々にして一度フェイクを使い始めると、フェイクすることが目的化してしまい、常に珍妙な演奏をしてしまっているケースが多すぎます。
フェイク演奏が本当に原曲をより良くしているのか?という自問自答をしてほしいです。「ここはずらした方が絶対に良い!」と確信できた部分のみで、的確に使うのが真のフェイク運用です。
■蛇足、絵について
某人もリメイク映画レビューで指摘していましたが、このキメ歌の場面はリメイク版では飛行距離が短すぎる。また、色使いが暗すぎて見栄えがよろしくない。リアルな構図にすると光源方向の都合からとにかく暗い。画角以上に「光を見る」視聴環境として、映画館で見るべき表現なんだろうなぁと思います。
が、私は過度の光が苦手な体質になってしまったので、今後はもう映画館に行くことは無いはずです。
■この記事における「楽譜引用」について
研究目的における著作権の話は別記事に移動しました。
eki-docomokirai.hatenablog.com
■この記事における音楽用語について
現在一般流通している音楽用語の実情に沿って「シンコペーション(シンコペ)」と書いていますが、厳密には「拍を手前に持ってくる」音価操作の技法は「アンティシペーション」です。シンコペは「音の位置を遅らせる」音価操作です。
■関連記事
eki-docomokirai.hatenablog.com