eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

ランゲ『花の歌』をアレンジしました

『花の歌』をアレンジしました。グスタフ・ランゲ作曲。初球~中級ピアノ曲として多くのピアニストの「懐かしさ」を呼び起こす名曲。 

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(2021年1月15日更新)

 

 

■こんなアレンジにした

youtu.be

楽譜はこちら。

www.asks.shop

 

 

■概要

初球~中級ピアノ曲として広く知られている名曲です。

シンプルながら多彩な場面が盛り込まれ、ピアノ演奏者に必要な「弾き分け」を教えてくれる優れた教材、だそうです。ピアノ発表会などで定番。

ギタリストにとっての『スモーク・オン・ザ・ウォーター』と言いたいところですが、最近の若いギタリストはスモークを知らないこともあるのだとか。

enc.piano.or.jp

 

ピアノ版については優れた分析&演奏指導の記事があったのでご紹介。

www.petit-orchestra.jp

 

今回はユーフォニアム2人とチューバ2人による四重奏用に編曲しました。ソフトな音色が非常に良くマッチする曲で、作っていて非常に楽しかったです。いつもこんな気分で制作ができたら良いのにねと思う。

 

ピアノの名曲を管楽器室内楽用に編曲する意義は、地域のミニコンサートなどでそれぞれのグループが数曲・数分の持ち時間で多くの編成が演奏する際、その楽器に興味のない人も引き付けることができる効用があるからです。「おっ、この曲知ってる!」と思ってもらうことはとても重要。かと言って流行のポップスや懐メロというのもゲスいので、ピアノ経験者との接点を増やす機会を作れる曲になればなーということです。

 

 

「ピアノ名曲アレンジシリーズ」に対し、この曲をご提案いただいたM氏に感謝いたします。私は非ピアノ人なのでこの素晴らしい曲を知りませんでした。

 

■アレンジについて書いておく。

3/4ワルツの記譜にしようかとも思ったけど、あえて6/8Lentoで。

構成は『英雄ポロネーズ』に近く、ABACADというメインテーマを持つ構成。そのAテーマではもっとも明るく鳴るようにEuph1をメロディに据える。他の場面ではチューバがメロディになり、交互に登場する。

 

・イントロの追加(1小節、0秒)

(小節数はアレンジ後のものです。)

イントロをつけた。

いきなり第一主題から始まるといかにもトランスクリプションした感じが強くなりすぎるし、この曲の第一主題は開幕の音としてちょっと弱いと感じたから。イントロは必要ならつけるし、必要ないならいきなり始まる曲で良いと思っています。

で、このイントロは「あ、ワルツが始まるな」という既聴感に訴えかける音にしました。チャイコフスキー、あるいはシュトラウス的な「いかにも」なイントロ。

でもストレートすぎるとアレなので、私らしくヒネたリズム変化をねじ込んだ。

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最初のフレーズは原曲の最後にあるオチの音形を流用した。

3小節目からの16-16-8の「タララン」の形は、第1主題の伴奏(20秒~)や第3主題(1分35秒~)の伴奏で使用することになる「花の舞う動機」として位置づけています。

1,2小節は6/8で緩いが細かい音、3小節目は3/4で軽快に、3小節目ではその2つのリズム感が変則的に組み合わさる。

5小節目からはrit.でシュトラウスの『こうもり』の導入部っぽいサウンドで、鐘の音を模写しています。

 

・第一主題(11小節。20秒~)

原曲の伴奏音形はこういう形。

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これをそのままトランスクプリプションしてもおかしなことになるので、

金管楽器的に無理のない運動にした。

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冒頭で提示された「花の舞う動機」による伴奏によって華やかさを出しています。ここで単純なワルツ伴奏をやったら、金管低音楽器のイモ臭さが全面に出てしまうと思ったため、こういう伴奏パターンにした。金管低音楽器がこういう細かい動きをやると結構良い音、良い雰囲気がします。やりすぎるとイヤミな音になるのでサジ加減が大事。

 

 

 

原曲はリピート記号で構成されていますが、僅かな変化を漬けながら進行させたかったのでリピートを外しました。

 

・第2主題(27小節、51秒)

チューバ1によるメロディ。

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原曲はなかなかの難所で、クラシックピアノ奏者にとって必須の「片手2役」が求められます。しかも左手は手首の位置が変わる「跳躍」の動きです。

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ピアニストの両手にある10本の指は均等に使われるものではありません。

最も高い音を担当する右手の小指は、力が弱い指なのに主役になります。

左手は不器用な腕なのに、跳躍する伴奏を要求されます。その分細かな動きは少なく、跳躍に特化した運動能力を訓練されていきます。

一方、右手は「跳躍」の動きは無く、音域はオクターブに収まっています。このように「ピアニストの手の性能」をしっかり理解した上で教育的に作られている曲がこの『花の歌』なのだそうです。

 

伴奏の16分音符の刻みは細かいですが、よくよく見るとメロディの隙間を埋めるようにできています。

作編曲サイドから言えば、あるいはミックスエンジニアの立場から見れば、これはメロディ音を聞かせるための処理であり、今どきのいわゆるEDM(ダンス音楽)のサイドチェインによるダッキングサウンドだと見ることもできるでしょう。細かい刻み音の和音数も塊ごとに見ると4,4,5,4と変化していて、これはフレージングの抑揚と一致します。一石二鳥どころか、三鳥四鳥の効果が出る、非常に優れたスコアリングであることが分かります。さすが歴史に残る曲!

カデンツァ1(1分9秒)

フラメンコ風の反復和音を経て、1回目のカデンツァへ。

チューバ2が担当。

基本的にピアノの音列に沿っていますが、音域を狭くしています。

また、この編成らしさを強調するため、非常に低い音域を使っています。

チューバにカデンツァをやらせると必然的に原曲とは異なる一種異様な雰囲気になるので、イントロを添えて「別物にしていきますよ」と宣言したかった、という意図もあります。

チューバのメロディやカデンツァはあらゆる音楽形態の中でもトップ級に異様で、他には無い魅惑のサウンドだと思っています。10代の頃にプロ奏者のソロでチューバ協奏曲を演奏したことがあるので、その鮮烈な記憶に影響されているだけかもしれませんが。他の楽器のソロは日常的ですが、チューバが主役になるというのはそれだけでインパクトのある事件です。

・第3主題(45小節、1分37秒)

再現部を経て、新展開の第3主題へ。メロディはチューバ1の高音域。

(再現部はリピート記号(セーニョ等)で構成することも可能なのですが、楽譜上をジャンプするのは演奏する上で煩わしいので全て記述しました。)

イントロで提示した「16-16-8」のタラランの形、第1主題の伴奏でも使った花の音形はここでも出てきます。

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原曲はメロディもそれまで使っていない高音域に移行しています。

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アレンジ後は2人のユーフォニアムが寄り添う非常に細かい伴奏で、原曲とは異なります。ピアノではまず演奏させない音形で(ショパンとかに出てくるけど!)、複数の管楽器ならではの高機動力を活かした場面です。f:id:eki_docomokirai:20201220153400p:plain

第1主題の雰囲気から想像されるのはゆったりしたワルツだけかな?という予想図がこの第3主題で完璧に裏切られます。原曲を聞いた時、この場面こそまさに「花」だと私は感じました。それを強調した華やかこの上ない伴奏にしたんだよ、ということを汲み取っていただければと思います。

吹奏楽やオーケストラでは金管楽器にこういう動きをさせることは極めて稀ですが、英国式金管バンドでは日常茶飯事です。普通の吹奏楽に慣れ親しんでいる人たちが、「金管バンド的な機動力サウンド」を奏でるきっかけになればなと思います。音の動きは原則的に順進行のみなので、見た目ほど難しくはありません。演奏する側も、聞く側も、非常に楽しめる場面になるはずです。

カデンツァ2(53小節、1分55秒)

ユーフォニアム1、チューバ1、ユーフォニアム2と3人のバトンタッチで演奏される、極めて変則的なカデンツァです。オペラ用語で言えばレチタティーボの書き方だと言うこともできます。

レチタティーヴォ - Wikipedia

これはさきほどの「金管バンド的な機動力」と同様、原曲の持つ教育的要素に倣っています。吹奏楽ではなかななかレチタティーボなんて出てこないですし、普通にアマチュアオーケストラをやっていてもレチタティーボのある曲を演奏する機会はまずありません。クラシック音楽の中でもかなり異質なこのレチタティーボのタイミング合わせをやってみよう、という感じです。

なお、この部分は原曲と大きく異なります。多人数演奏、多種楽器演奏ならではの魅力的なセクションとして機能するはずです。

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レチタティーボの最後に演奏するユーフォニアム2はそのまま第3主題を演奏し、伴奏はチューバの2人だけ。1番ユーフォニアムは休み。あえての三重奏にしてあります。

(55小節、2分11秒)

途中から加わるユーフォニアム1はメロディの上音域でのオブリを演奏します。(59小節、2分22秒)こういう「追い抜き」は多くの室内楽編成で取り入れられている非常に魅力的な場面構成です。

・再現部、終末部(63小節、2分30秒)

第1主題がのびやかに演奏され、クサいソロとフェルマータを経て終末。

追加されたイントロはこの終末部のモチーフを模倣して作られているので、最初と最後が綺麗に一致する「帰ってきた感じ」を醸します。

原曲は第2主題の伴奏で使われた細かい伴奏を流用していますが、これをこの編成でやらせるとモタつくので、古典交響曲的なシンプルな音形で「いかにも」な終わり方にしています。

 

■さいごに

私がアレンジを行う際に最も重視するのは「その編成らしさ」です。

単純な音符の当てはめと置き換え(トランスクリプション)で「アレンジした」と言う人や、好き勝手な書き換えをする人は多いですが、私は奏者時代にそういう安っぽいアレンジに多く遭遇し、本当に辟易しました。

ささやかな小品アレンジではありますが、奏者はそれなり以上の時間を投じて取り組みます。聞く人も時間を使います。

関わる人すべてにとって、可能な限り良い時間を過ごせる作品を作り、音楽に対して誠実でありたいと願っています。

 

近年は少子化の影響もあり、特定楽器だけを想定しない柔軟な「コンバーチブル編成」のアレンジ楽譜も増えています。

私もいくつか試作してみたことはあるのですが、良い出音になりませんし、作っていても楽しさを見出すことができませんでした。

庵野秀明(アニメーション作家)の昔のインタビューで「商品ではなく作品を作りたい」という言葉がありました。ただ消費されお金に還元されていく商品ではなく、記憶に残り、歴史に残る仕事をしたいものです。

 

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eki-docomokirai.hatenablog.com

 

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