(近況、雑記)葬式でジョンケージ『4分33秒』を流してみたいというお話。某人雑談より。
(2021年11月15日)
■先日の母の葬儀ではシャコンヌを流してもらった
葬儀屋の職員さんに「葬式(出棺)の際のBGM、故人が生前に好きだった曲とかありますか?」と尋ねられ、私は間髪入れず 『バッハのシャコンヌをお願いします。』とリクエストした。
正確には『パルティータ第2番』の第5楽章。
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ - Wikipedia
緩・急・緩のソナタ形式。冒頭の主題が終末部で同じように演奏されるので、仏式葬が示す輪廻転生の概念にも一致すると思う。
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故人、母は非常に緻密な遺書を残したけれど、この点については抜け落ちていた。
というのも、母は耳が悪かったので、音に関することについて言及するのを避けるようになっていたからだと思う。
十数年前、母は若い頃からの親友と一緒に生のバイオリンコンサートを聞きに行ったらしい。一流プロのバイオリンの音色を初めて体験した2人はお互いに顔を見合わせ「何この音!」と囁きあったらしい。それまでは興味を持つこともなかったバイオリンソロのCDを買い、しばらく聞いているうちに難聴が悪化し、ついには聞こえなくなってしまった。
「でも、耳が聞こえるうちにあの音を聞けたので良かったよ」
その言葉を思い出したので、とっさに思いついたバイオリン曲、葬式にも合いそうなシャコンヌをリクエストした。頭の中では上のようなことを一瞬で考えての答えだったが、周囲から見れば早押しクイズなみの即答に見えたのだと思う。音楽家としての役割をひとつ果たすこともできたはずだ。非生産的な音楽家は非生産的な葬式という場では役立つことを証明できたはずなので、これからも非生産的に生きていきたい。
他にも母が好んだポピュラー音楽としては由紀さおりやピンクレディーなどがあるが、葬式向きではないので瞬時に却下した。由紀さおりの曲の中になら合いそうなものも見つかるかもしれないが歌詞の内容などについて吟味する時間も無かった。
■あなたが葬式で流したい曲は?
葬式が終わって帰宅。一息ついたところで毒吐きをするためにネット知人と雑談をした。
上のようないきさつを伝えると、その話相手は、
「うーん。そうだな。ジョンケージかな。」と答える。
楽器の音を一切出さず、その場の環境音に耳をすませることを目的とした前衛音楽だ。
氏曰く、「わざとらしい音楽を添えるのは安っぽい。音が無いことによって考える時間になる。周囲の人たちのちょっとした動きや呼吸も感じられる。葬式にふさわしいのは無音だ」とのこと。非常に思慮深く、哲学的で、何かとネタ曲として扱われてばかりの『4分33秒』が最も適切に演奏される場はこういう儀式なのだと納得させられる。
それは強制される「黙祷」とも違う。
私は過去にゲームの音楽制作、音響監督をしたことがあるが「むやみに曲を鳴らしすぎる必要は無い。重要な場面だからこそBGMが無い状態にすると、逆にインパクトあるでしょ?」と主張して説得を試みたことがある。
実際、ドラクエ等でも無音の時間が時々あり、その静寂は非常に緊張感があり、次に演奏される曲のイントロの強さが引き立つ。
音楽を理解すればこそ、あえて音楽を排除することの持つパワーについて考えさせられる良い雑談だった。
(本人許可のもとブログネタにした。)