NHK BS-1「奇跡のレッスン」を視聴しました。とても好きなテレビ番組です。私は音楽指導者なので、その観点からレビューします。
(2019年12月5日、再放送視聴に伴い加筆中)
■番組HP
毎回ことなる部活動が対象となる番組ですが、興味がない部活の回こそ見て欲しいです。
私は学生時代は吹奏楽部でしたが、音楽的なことを部活で教わることはほとんどありませんでした。
私生活では積極的に他の部活の人や、学外の人と接するようにしていたので、「訓練し成長すること」について最も多くを教わったのは運動部の学生からでした。
音楽好きの人は音楽番組を見ることが多いはずです。でも音楽番組は出来上がった作品を華麗に見せるためのステージであって、上達するための指針を得ることはできません。音楽を上達したいなら、音楽以外の分野から応用可能なことを学び取る方が良いです。
■4つの言葉
今回の指導者は全日本コーチも努めた世界的なバレーボール指導者アクバシュ コーチ。
女生徒は「いつも全日本の監督の横にいた人だ!」と認識しています。
彼が最初に生徒に伝えたの3つこ言葉。(もう1つは後述)
I am unique I am special.
(わたしは個性的 わたしは特別)I don't compare myself with the others.
(わたしは自分を誰とも比較しない)I am trying to be the BEST VERSION of MYSELF.
(わたしはベストバージョンになることに挑戦する)
アクバシュ コーチはこの3つの言葉を何度も声に出して強くアピールする。
教えるべきことは手短にまとめ、印象的な言葉で落とし込む。指導という行為においてこの手法はあらゆる分野で用いられている。
印象的なのはアクバシュ コーチが的確な場面で何度も反復している点だった。
大事な言葉はそれがどの場面で適用されるのかを印象付けなければ価値が激減する。大事な言葉は壁に貼るだけでは意味がない。
上の3つの言葉はそれぞれ相互に関連性があります。
人は生まれながらにしてすでに「個性」があり「特別」です。他人と「比較」で評価するのではなく、自分自身のベスト(ベター)を更新し続けることのみが自分を強くします。
アクバシュコーチは、生徒(と顧問の先生)の前で「それ」を体現してみせます。『ガイジンコーチ』という言葉の壁さえも個性として活用し、シンプルな言葉と、明確な態度でコーチングを展開していきます。
なまじ言葉が豊かだと余計な一言が出てしまう。教える側のエゴについても考えさせられる内容です。
・心の中のモンスター
番組を支配するもう1つの言葉
心の中のモンスターを解き放て。
おとなしく、まじめなだけでは限界がある。自分の中に秘められた強さを解き放たなければいけない。こういうパワフルで覇気のある単語は特に女学生に対して有効だ。
音楽の指導においてもこれは同じ。
音楽とは精神の発散であって、正解の決まっているパズルではない。
作曲でも、演奏でも、同じ。
不安な気持ちで音楽をやってはいけない。間違いを恐れるスタイルではいけない。絶対に。
少々間違っていても良い、全力の自分を解き放つ。
それはちょっとした音楽行為でも、アマチュアの余暇でも同じだ。
グループでカラオケに行くと「んああー、今日は声の調子悪いわー」とアピールする人が必ずいる。そんな言い訳を聞きたいわけじゃないし、そもそもお前プロでも何でもないだろうと。一緒にカラオケに行くほど仲良しが密室で誰に言い訳してるんだ?といつも思う。
・ベストを更新させる指導
「1つでも、簡単なことから、何度も。」
それが彼の指導でした。
生徒ができないことを見せびらかすのは指導ではありません。それは自慢でしかなく、生徒は萎縮するだけです。先生のスゴさを自慢することしかできないままです。
もちろんスーパーテクニックを見る楽しさや、到達点を知ることで目標にすることもできるでしょう。
しかし、彼は世界レベルで仕事をするコーチです。プロの専業選手相手にそんな行為を見せても無価値です。
これは私がやっている音楽指導でも同じです。
「3分間で3分の曲を作れる」とか、そういうのは指導ではありません。「聞いた音を瞬時にコピーする」とか「高価な音楽機材を持っている」、「◯◯と知り合いだ」なども全く無意味です。
よく音楽界隈で見聞きするそういう自慢話などは、ド素人を圧倒するためには役立つのかもしれません。しかし、音楽の指導ではありません。
しかし、残念なことに多くのエセ音楽指導者がそういうハッタリめいた発言ばかりしているのが実情です。
また同様に、本を読めば書いてある程度の初歩の音楽理論を読み上げるだけで「音楽理論の指導してます」と言う阿呆も多いです。
彼らは指導・教育についての勉強をまったくしていないのではないでしょうか。ある意味においてピュアな音楽家であることは間違い無いのですが、とても残念なことです。
・先に生徒の言葉ありき
番組の序盤では「ベスト」を目指すように指導されていますが、最終的に生徒が「ベストを出せなかった」と言った時、アクバシュ コーチは『でもベターだった』と高く評価し『ベターバージョンだ』と言い直します。
生徒に先に自己評価を出させ、その上で後出しでフォロー指導する。
この順序は指導においてとても重要だと思います。もしこの順序が逆になると生徒の心の中に反論が芽生えてしまう可能性が高くなりやすいとされています。
この「生徒に先に言わせる」方針は番組中で見られるコーチングで一貫しています。練習中に悪い点があった時にコーチは『なぜそうした?』と何度も質問し、必ず先に生徒に発言させています。
この手法は多くのコーチングの教科書でも推奨されている対話術です。
どんなに正しいことでも、先手で一方的にまくしたてるのは良い指導方法とは言えません。これこそがコーチング。一方的に標準知識を詰め込むことに偏重している学校の授業と大きく異なる点であり、学生が部活動をやる意義です。
・最も泣けたシーン
試合に出ない1年生が、誰に言われるでもなく試合中にアタック者とそのコースをメモしていた。
その様子を見つけたアクバシュ コーチが「タイム」を取り、その1年生から先輩にアドバイスをするように指導するシーン。
冗談や比喩ではなく、私は本当に涙が出ました。
その1年生は自分のユニークさを「試合の記録をとる」という行動で表出し、データ・モンスターになることで自分のベストバージョンを見せてくれた。こういうユニークな強さもある。
指導していたアクバシュ コーチは若い頃から指導者を目指し、データ分析というスタイルで世界レベルの指導者になった。そういう人物背景を知り、彼女はボールを叩くだけがバレーボールではないと考えたのだろう。
10年後に彼女が偉大なコーチになっている姿が目に浮かびます。
・強さって何だろう?
余談ですが、ボクシング漫画『はじめの一歩』が素晴らしい理由が何かと問われれば、私は迷わず「クリンチ小橋を描ききったことだ」と答えます。
ボクサーとして何の強さも無い彼が、漫画の文法において何の価値も無い彼が、その弱さを起点として自分の限界を超えて行く。もうひとつの物語があります。
なお『あしたのジョー』にも似たような立ち位置の対戦相手として青山がいるが、これはちょっと扱われ方が違う。コーチの丹下がジョーにボクシングテクニックを教えるために作った「かませ」であり、青山自身の心情が反映されていない。
その点、『はじめの一歩』の小橋は、本人の自発性と将来が描かれているので、人間ドラマとして圧倒的に上だと思ってる。
■アクバシュ コーチについて
番組収録(2018/12/25~)の直後に全日本コーチを退任。兼任していたルーマニアリーグのチーム監督の仕事に専念することになっています。
コーチは最後に「教えるためだけではなく、みんなから何かを学ぶためにコーチに来たんだ」と伝えます。
すでに世界レベルの指導者に到達していながら、まだまだ学ぼうとする姿勢。学生にとってこの言葉は衝撃的だったのではないでしょうか?
学校の先生や大人たちからは聞いたことのない謙虚な大人。このイケメンの皮を剥がした下は「モンスター」だと気が付き、驚愕したはずです。
■他、すごかった回
書道の回がものすごかったです。
野球(投手)回もすさまじい内容でした。
eki-docomokirai.hatenablog.com