DTM界隈、オーディオ界隈における「フラット」という言葉は濫用・誤解されています。
フラットというのは状況によって様々に変化する、極めて曖昧な言葉です。
(2025年1月3日更新)
■試しにフラットなミックスを作ってみればすぐに分かる
「フラット」に作るだけなら初心者にでもできます。
ためしに「全ての帯域がフラット」なミックスを作ってみれば良いですよ。
わけわからない音になりますから。
私もミックスやり始めの頃に「フラットに作って」と言われて信じられないくらいまっすぐな状態にしたら変な音でした。
それを先生に聞いてもらったら、上のような指導を受けたわけです。「お前ねー、たしかにこれは『フラット』だけど、そうじゃないんだよ」という具合に。
・ドンシャリとディップ
ドンシャリというとネガティブな意味で捉える人もいます。
しかし、どんな音楽でもある程度は「上下の山と中央の凹みのあるドンシャリ」であったり、「中央が膨らんだカマボコ型」です。
論より証拠なので、手持ちの市販曲をスペアナに通してみると良いです。ドンシャリという言葉を悪い意味で使うことがあるのと同じで、フラットというのも悪い意味になることがありますよ、ということです。
上のように市販曲を分析してみると分かるはずですが、意図的に「凹み」が作られているのを発見できるはずです。これを「ディップ」と呼びます。良いミックスには適切なディップがあります。ためしにリマスタリングしてディップを持ち上げてみると、なんとも言えない素人っぽい音になることを容易に確認できます。
・ディップとキーとローエンド
ちょっと脱線しますが、関連事項なのでディップの話とローエンドの話を並行して書いておきます。
私が知る限りのマスタリングの指導メソッドではディップ位置は150~350と教えるケースと、250~500と教えるケースがあります。最も広く考えると150~500で、最も狭く考えると250~350ということになります。
この数字は「好み」であるかのように思えて、実はそうではありません。曲のキーとジャンルに影響を受けるからです。
関連事項として、ローエンドの設定もキーとジャンルの影響下にあります。キーによる主音は最も強く響くのでそこがローエンドになります。
ローエンドが重視されるダンスミュージック等では、「再生機器+ジャンル」という条件から、必然的にキーはいくつかに偏っています。
これが「楽曲理解が無い人にミックスもマスタリングもできない」という証左です。周波数に対する数字の丸暗記ではダメで、「ちゃんと音を聞け」というのが最も優れた方法論だということも分かってもらえることかと。音を聞く=聞いて理解する=理解のための知識がある、ということです。
ローエンド再生は20以下が事実上聞こえないことを理由に20でバッサリカットだとするメソッドがありますが、GUIの見た目上での極端なカットによって歪が生じることを忘れてはいけません。
いろいろなことを同時に考え、自分の能力と装備に合った方法は各自が模索し続ける必要がありますね。
■フラットなモニター機材は存在しない
「フラット」の話に戻ります。
同様に、全てのモニター機器はその特性が「フラット」ではありません。
いろいろな山谷のある音響特性に「意図的に」作られています。
これはいわゆる「モニター用」モデルでも同じです。
意図的に山谷が作られていますし、意図的なディップを設けています。
やろうと思えば簡単に「フラット」にできるのだそうですが、それだとおかしな音に聞こえてしまうから、あるいは山谷があるほうが音楽的によろしいからです。
たとえばDTM界隈で「フラットなスピーカー」と言われていることが非常に多いテンモニことNS10Mでさえ、
同ブログ記事からの引用画像。
この中音域(1.5~2.0k 周辺)は多くのパートが密集しやすいレンジで、NS-10mはそこで高い解像度を実現しているため、乱れやすいミッドレンジのミックスを安定させることに貢献していると考えられます。
とう具合に、資料を元に考察されています。
それ見ろ。お前らの言ってる「フラットな機器」「ギョーカイ標準」「世界のエンジニアに愛された音」でさえフラットじゃねーんだよ!
ハーマン曲線の存在により、万人に対する完全な「フラット」はムリだよ、というお話。
にも関わらず、「フラットなモニターじゃないとダメ!」という言説があります。
この声が言わんとしているのは「聴感上の適度なフラット感」であって、測定器で表示して水平になるという数学的な均一さではないです。そもそも人間の耳にフラットな音を聞かせると、突出して聞こえる帯域があります。
ハーマンカーブは音量によっても変質するので、等ラウドネスがどの音量レンジ帯で適切に作用するか?についても少なからず考慮する必要があります。これは「小さい音でも正確にミックスできる小型スピーカー」がそもそもムリだということでもあります。
eki-docomokirai.hatenablog.com
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そこに個人差がある以上、計測器的にフラットなモニターでも人によってはフラットに聞こえないんです。他人が「フラットで良い」と言っていても、全ての人にとってベストだとは限りません。言うまでもなく体調によっても聞こえ方は変わるので、お店でたくさんのモニターをどんなに聞き続けてもほぼ無意味です。あなたの部屋で、あなたの体調が「音楽制作モード」の時に聞かないとその商品比較に意味はありません。(店頭チェックは売る側がより多くのものを売るための工夫であって、本当に合ったものを買うためのノウハウはまったく別です。)
スピーカーという商品はオカルトまみれのピュアオーディオに隣接していることもあり、抽象的で無意味な言葉が多く流通しているので気をつける必要があります。
そういう「気をつけなきゃ」「根拠を提示しろ」という、いわゆる理系な考え方として測定結果という動かぬ証拠を突きつけて性能を論じるわけですが、それが「フラット」なら高性能かといえばそういうわけではありません。
このあたりを分別して考えられないと「オーディオ沼」あるいは「スペックおたく」にはまりこんでしまうので気をつける必要があります。
フラットという言葉があまりにも流通しすぎていて初心者が惑わされてしまう時代です。情報過多であり、しかもその情報は部活レベルの印象論でしかありません。
・お店で「フラットなのをください」と要求する客はカモられる
そういう言葉を使うと「あー、この人アレだ……」って思われます。
音響機材を扱うお店の店員さん曰く「このスピーカーはフラットですか?」「フラットなヘッドホンください」と言われても「あー、またそういう客だ」と思っているそうです。お気をつけください。
店員にバカにされるという意味ではありません。自分からカモだと名乗っているのと同じだから、聞きかじった単語を表に出すなということです。
雑誌にある評論用語ばかり仕入れていると、そうした用語にマッチングされた魅力的なセールストークの言いなりになってオーディオ沼に一直線です。良い客ではなく、良い音楽家でありたいものです。
まー私も小売業をやっていた頃はそういう手法を使って売りまくっていましたが。チョロいんですよそういう頭だけの客は。客を説得したり、ギョーカイの偉いらしい人に「それ違います」と議論をふっかけて論破したら上司からめちゃくちゃ怒られました。
小売業にとって重要なのはフラットではありません。
手段を選ばず右肩上がりに売ることが彼らの目的です。
彼らの手先の広告屋の提灯記事を見ても正しい情報など得られません。