eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

YMO "Behind the Mask"冒頭のノイズ

某所で「Behind the Maskの完コピがー」という話があった。この手のことに超詳しい某R人に質問してきた。この当時の機材に関する回顧話で、今日の制作に生きる情報はまったくありません。

(2022年4月27日)(2022年5月9日回答を追記)

 

■はじめに結論

この記事に結論はありません。

悶々と仮説を立てて推理するだけの記事です。

真相を知りたい人は当時のメンバーに聞いてください。本人が言うことが正しいとは限りませんが。

Behind The Maskとは何か?

YMOの代表曲のひとつです。

印象的なアルペジオで提示されるコードでゴリ押していく、シンプルながら奥深い、テクノの名曲として数多くカバーされてもいます。

昔のDTM、いや、DTMという言葉が無かった時代における「耳コピ課題曲」としても広く使われていた、というイメージがあります。(個人の見解です。)

とは言え、採譜が困難な音列は無いので、どちらかというと「シンセ音色耳コピ課題曲」と言った方が適切かもしれません。

 

他、この曲に対する個人的な思い入れやアレコレがありますが、この記事の趣旨とは異なるので割愛します。

■経緯

先日、某人の動画で「イントロのアルペジオのシンセ音色の再現が大変だった」とあったのですが、私的には『そんなに難しいか?』と思って音色再現を試していたところ、この妙な音に気がついた、という経緯があります。

音色をそこそこ似せていった段階で、「んー、もうちょい太くする要素が何か必要だな」と思い、自前の耳だけに頼るのをやめて、オシロスコープとアナライザを持ち出したところ、この音を発見した。という流れです。

 

BTM原曲(ただしYoutube音質)

www.youtube.com

■イントロの音量を大きくして聞いてみよう

単音のシンセ、アルペジオ

16分音符に聞こえますが、これはディレイ・リバーブによるもの。

実際に演奏されているのは8分音符です。

ライブのバージョンによっては明確に8分音符になっているものもあります。

どういうディレイ設定なのかは、各音のフィードバック回数をチェックしていくとなんとなく分かっていきます。

 

このアルペジオを大きな音で聞いて「完コピ」していくと、奇妙なことに気がつくはずです。

 

■ノイズを分類する

まず気になるのは大きな全域ノイズ。いわゆる「アナログだから出てしまうノイズ」。

しかしノイズと言っても様々な種類があります。

まずこれを分類してみます。

 

・ホワイトノイズ

アナログ起因の「サー」音。

厳密な定義のホワイトノイズではなく、いわゆる全域ノイズ。

下から上、端から端までほぼ均一な大きさのノイズがおよそ-70dBで聞こえます。

 

・ハムノイズ

電源起因の「ブー」音。

マイクなどの録音でも頻繁に耳にするあの音です。

 

ホワイトノイズとハムノイズはメジャーなノイズです。ちょっと録音をやったことがある人なら誰でも分かるはずです。

 

■じゃあこれは何ノイズよ?

下から2つ目、100Hzあたりの周期的にピコピコ上下している音。これは何?

精密に観察してみると、

  • 100Hzちょうどではない(ハム起因ではない)
  • テンポにぴったりあっている(少なくとも4小節間は)

テンポに合ったタイミングで、2拍と4拍にAっぽい音が入っていることが分かります。

最大時に-50dBより大きいので、音量を上げて注意深く聞けば「F A C , F A C..」のアルペジオの3度のA音が聞こえるはずです。

 

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また、もしBehind the Maskの完コピ」を謳うのであれば、この2拍4拍のA音を入れるべきか?という悩みが深まった、ということです。

なお、私が作った完コピでは冒頭のノイズも再現しています。アホか。でも聞こえるじゃん?ドラム入ってきた後は完全に聞こえなくなるけど、こういうレトロな曲の場合はホワイトノイズが入っているだけでホンモノと耳コピの質感差が一気に縮まるものじゃん?

・音程の検証

拡大して周波数を確認。

およそ105Hz。

F A C のアルペジオなので低いAだと錯覚していただけで、実際には半音低いG#。

厳密にはG#より22セントほど高いので、非常に低いAと言えなくもない。

F A C はメジャーコードなので、純正律で考えると3度のAはかなり低くすることがあるのですが、

A音は平均律どころかやや上に偏っているくらい。

ただし、ややコーラスエフェクトが掛けられている音色なので、多少の音程のゆらぎがあります。だとしても、同じタイミングで高音部のA5(+23cents)と低音のG#(+22Cents)が同時に出現するとは考えにくいです。(そもそもコーラスエフェクトで20セントもずらすとおかしな音になってしまいますし)

 

マルチバンドのコーラスも存在しない時代ですし(当時のものでも組み合わせれば原理的には可能ですが)、やはり低音のA(or G#)は異常な何かです。

 

・タイミングの検証

周期的なノイズなので、MTRの駆動モーターノイズ、テープのフラッターノイズが考えられますが、通常の使い方であればこの周期になるとは思えません。

なにより、あまりにも完全に2拍と4拍に一致しています。

 

じゃあドンカマ(クリック音)か?

クリック音だとするなら、2拍と4拍に入れるとは考えにくい。

もし漏れた音の2拍と4拍、つまりスネア音が1拍3拍のキックより超デカかったのか?

 

もしくは同期信号か何かか?

 

・動画化に起因する何かか?

いや、そもそもこれはYoutubeの音源なので、アップロードした人の何かかもしれない。

と思って複数のYoutube動画などをスキャンしてみたんだけど、どれも同じ音が入っている。

 

昔CD版で持っていましたが、今はすべて手放しているので、CD音源そのままの状態はすぐには検証できず。

 

■相談しようそうしよう

自分でできる検証と推測は終わったので、この手の話に超詳しい某R人に相談。CDとレコードを所有している人なので頼もしい。

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しばらくして返答が返ってきたので答えを聞く。

「クロストークです。」

 

・クロストーク

回路や録音時の電気的・磁気的な理由で、近くの回路・録音体に音が漏れ出す現象です。

デジタルでは原則的にゼロですが、古い(安い)アナログ機器ではわりとよくあります。よくできたアナログ機器ではゼロにできるものもあります。

 

神経質な人は気にしますが、多くのメーカーはほったらかしにしています。

 

・アナログ卓のクロストーク

"Behind the Mask"は下動画のようなアナログ卓ではなく、MTRで制作された音源です。

下動画は参考程度にどうぞ。

www.youtube.com

ch2にドラム音。

それをゼロ音量にする。

ch1にはシンセ。シンセ本体の音量をゼロ。

他のchの音量がゼロであることを確認する。

にもかかわらず、ch1の音量を上げると、スピーカーからわずかにドラムの音が

 

する。

という現象を収録した動画です。

これはアナログ卓ではよくあることで、完璧に防ぐことはかなり困難です。

近くのチャンネルに音が漏れるので、神経質な人は隣を使わないこともあります。(「クロストークも含めてのアナログ卓の音だ!」という主張もあります。)

・アナログミキサーの回路

www.eeweb.com

上サイトの画像を引用。

このように、つーてもどの部分の話だよと思うかもしれませんが、「電線」はあちこちでつながっていますし、電線は「1方向にだけ電気を通せ」ということができませんから、逆方向に漏れてしまうこともあります。逆流でわずかに漏れた電流が音になってしまう、ということです。

ch1の音が出口まで行かなくても、ch2を経由して出口まで行ってしまう、というだけの話です。

 

これを嫌って、隣のchを空白にしたがる人もいるそうです。

そこまで精密な音楽じゃねーよ、という状況では全く気にしないのが普通です。

ライブや野外で使うミキサーはそんなにチャンネル数も無いので、上の説明で知ったことを音響さんに言って「俺たちの時はチャンネルに間あけてください!音にこだわってるんでヨロシク!」とか絶対言わないように。音が漏れると言っても、本当に小さい音なので、今回の耳コピのような神経質な作業でもしないかぎり、普通の耳ではまず聞こえないので安心してください。

・ヘッドホンのクロストーク

クロストーク現象は多くのヘッドホンにもあります。

その再現は簡単です。

L100%にパニングし、右だけを聞いてください。ヘッドホンのモデルによっては右から音が聞こえてきます。

お前らDTMerがありがたがって使っているギョーカイヒョージュンのSONY CD900もかなり大きなクロストークがあります。試してみてください。

 

上でミキサー内の逆流の話を少し書きましたが、同様にヘッドホンを分配するプラグでも逆流が起きます。当然音は劣化します。「便利だろう」と思って分配プラグを試したことがある人ならたぶん分かるはず。(もちろん、過度の精密さを必要としない状況であれば、分配器はたしかに役立ちます。)(分配すると当然電圧も落ちるので、分配するたびに音は劣化していきます。)

 

って、最近はこういうヤケクソな分配もあるのか。適当でも良いからとにかくモニター数を増やしたい時には便利ですね。

 

イヤモニ分配は最低でもこういうものを。

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話を戻す。

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MTRのクロストーク

MTRは1方向に流れるテープを道路の車線のように分割し、複数トラックを録音する装置です。

今の時代には無くなりましたが、平成初期まではカセットテープは世界中で使われていました。普通のいわゆるカセットテープは片側の再生が終わると、逆回転で別の曲を再生します。ステレオで録音されているので、A面に2ch、B面に2ch。合計で4chです。

初期のアマチュア宅録ではこの4chすべてを片面で使って録音・再生することができました。

(模式図なのでA面B面のLRが逆だとか、そういう厳密さについてはつっこまないでね。)

 

この時、隣のトラックの音がわずかに漏れてしまうことがあります。

録音時に磁力を使うので、その影響が隣にまで及んでしまうためです。

 

大きな音で再生していると、B面の無音部分でA面の音が聞こえてくることも稀にありました。

ガキの頃にガラクタを分解して遊んでいた時に、再生しながらヘッドの位置を横に押し付けてみると逆面の音が逆再生で聞こえる、というのを私は実際に経験したことがあります。うちの息子はガラクタを与えておけばずっといじっている、と親には思われていたかもしれません。

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ともかく「テープでは隣のトラックの音が漏れてくる」ことは避けられません。

 

また、マルチトラックテープの漏れやすいのは低音なので、今回の聞こえ方にも合致します。

■じゃあ何の音が漏れているのか?

おそらくドラム、スネアの音でしょう。

 

しかし、

ビハインド・ザ・マスク (曲) - Wikipedia

とあります。あくまでも「録音順序」なので、トラック並び順とは断定できまません。でも、常識的に考えればアルペジオの隣のトラックはベースとキックである可能性が高いです。

とすると、キックの音が漏れてきている?

Wikipediaが正しいとは限らない

メディアリテラシーの常識は「ある単一メディアに書かれているからと言って、それが正解とは断言できない」という観察姿勢です。

wikipedia編集者だった私が思うwikipediaとは、「一般に流通している情報としては、これが常識ライン」でしかありません。

なお、wikipediaの基本ルールとは、その事柄の当事者や、個人的に知っている事実を書いても、「どの出版物にも書かれていないので削除」です。

これは芸能人本人が「いや、俺その学校卒業してないし」と思って削除しても、世の中では昔のインタビュー記事などによって19xx年にA高校を卒業しているのが真実だ!という扱いをされていることでもよく知られています。

ともかくwikipediaに書かれているすべてが真実とは限らない。これは常識です。

 

・初期アレンジ仮説

完成版ではイントロの最初にドラムはありませんが、もしかしたら初期アレンジ段階では2拍と4拍にキックが入っていたのかも?という推理が可能です。

地味な場面で2拍4拍にキックを入れるドラムアレンジをすることは良くあるので、それなりの妥当性があります。

その名残が同一トラックか隣のトラックのミュート状態のイントロに残っていて漏れ出していたのかもしれません。

■別の推論「テープの重ね録り」

過去にそのテープに何かが録音されていて、重ねて録音した時に残った、ということも考えられます。

これはテープの品質、録音時の出力にもよります。

しかし、もし過去に別の曲を録音した名残だとしても、あまりにもテンポが一致しすぎています。なので、同一曲の何かだと推理するべきでしょう。

テープの使用方法的にはアタマか回していくので、別の楽曲のBPMが同じだったとしたら、同じ位置に入る可能性はおおいにありえます。

 

上のwikipediaの説明では直接的な楽器名しか書かれていませんが、途中でピンポン編集したかもしれないですし、実際には順序が違ったのかもしれません。

 

■最後に

長々と訳のわからない推測話が続きましたが、いずれにしても「イントロに妙な周期的なノイズが入っているよね」というだけのお話です。

この程度のノイズが入っていても名曲は名曲。

 

今どきの感覚だと「そのノイズはローカットEQで除去できるじゃん」と考えますが、当時はそういうことは些末だと判断されていたという証拠です。

どうでも良いレベルの編集をしている時間があるなら、音符や音色に徹底的にこだわるだということを教えてくれている、と受け止めるべきでしょう。

 

■正解コメントありがとうございました!

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以下、コメントもらった後に書いた。

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とかとか、知人といろいろ推測しながら談義してきたのですが、正解はちゃんとメディアに出ていました。コメントで教えてくれた通りすがりさん、ありがとうございます!

 

動画の2分48秒からが正解。


www.youtube.com

イントロの2拍4拍にシンセパーカッションが入っていることが確認できます。

というわけで、クロストーク+初期アレンジ説が正解でした。

 

全長版の動画はこちら。

名盤ドキュメント ソリッドステートサヴァイヴァー YMO Solid State Survivor - YouTube

その他の推測への答えもいろいろ出てきます。

クリック音漏れ説の否定は23分20秒からと、23分56秒からがYMOが使用していたクリック音の解説。これは2拍4拍に漏れてきたとしても違いますね。

Behind The Maskの解説は42分35秒から。

イントロの2拍4拍のシンセパーカッションについては45分43秒から。

他にも笑い声を模倣したシンセ効果音。

 

シンセパーカッションは完成版では生スネアとの合成音になっているようなので、制作初期にはシンセパーカッションで仮ドラムを制作していたようですね。

 

この動画では他にもコアなファンの間では知られている「根性のBRIDGE」「根性のKORG」などのエピソードも紹介されています。いわゆる人力シーケンス演奏ですね。

その他注目したいのは、シンセ演奏でもフィルターやボリュームを積極的に動かして表情つけをしていることなど。シンセというとついつい音色設定一発だと思いがちですが、この時代でさえ経時変化を積極的に行っています。無機質な音色だからこそ有機的な動きをつけるアプローチは大変参考になるでしょう。

・自慢させてくれ

マルチトラックの現物を聞かずに、2拍4拍の音に気がついた私と、それがクロストークであることを言い当てた某R氏。2人の談義で「初期アレンジにはキックがあった」ところまで正確に言い当てているのは、手前味噌ではありますが大したものだとは思いませんか!?

さすがだな俺たち!えらいよ。うん。

誰か褒めて。

■アイディアは多めに出して、あとで引き算

このやり方は私の作編曲のレッスンでオススメしている手順です。

まずは多めにアイディアを出しておいて、あとでそれを削除。

後で増やそうとすると、そのたびに楽器を持ってきて設定しなければいけません。しかし、初期に片っ端からアイディア出しを過剰に行っておけば、後でやるのはミュートボタンを押すだけです。

YMOでさえそういう手順を使っていたということが明らかなので、私の指導方針の信頼度も上がるかな!と思いました。

 

 

 

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