金管室内楽曲としては割とメジャーな曲です。20年以上前に編曲したものを、出版用に再編曲しました。
(2021年5月5日更新、販売開始しました)
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■エヴァルトって誰?
エワルドと表記されることもあります。
近代金管室内楽のレパートリーとしてそこそこメジャーですが、一般的なクラシック作曲家としてはほぼ無名のロシア人です。
詳しくはリンク先に委ねます。
ようやくすると、エンパイア・ブラス・クインテットというプログループのメンバーが70年代に無名の作曲家の楽譜を「発掘」し、その優れた内容を高く評価して演目に導入。非常にウケが良かったので定番曲となった、という経緯があります。
そもそもエヴァルトは専業作曲家ではなく、建築家として生計をたてていました。アマチュア趣味としてわずかな作品を作り、仲間と演奏していたようです。作風は当時としてもやや古いものでしたが、非常に堅牢な作曲内容であり、プロフェッショナルな演奏にも堪えるものです。
・私の20年前の編曲
録音、楽譜ともに残っていません。(現在、当時の関係者に記録物が無いか問い合わせ中です。)
ちょうど私が大学を卒業した年、新設された大学で吹奏楽部を作ることになりました。1年目だからと言って手堅い活動をするだけではなく、可能な限り多くの演奏を積極的に行うことを目標にしていました。その一環として、1年目から吹奏楽コンクールにも出場することとなりましたが、滅茶苦茶な楽器編成とばらつきのある演奏能力に応じるために私が曲を編曲を行うことになり、この曲が選定されました。
それなりの演奏経験のある人には強い責任をもたせ、演奏経験ゼロの人でもしっかり参加できる内容にすることを目的として編曲されました。幸いなことに予選を突破し、都道府県本戦に出ることもでき、初心者にも本格的なコンサートホールで演奏する経験を与えられたことは何よりの成果だったと思います。
個人的な喜びとしてはコンクールの講評で演奏そっちのけで「アレンジ内容が素晴らしい」と評価されたことに尽きます。そうした評価を得られたことで、自分が独学で身につけてきた編曲能力も一定以上の価値があると確信できたものです。
近年になって少子化の影響もあり、小編成吹奏楽曲のニーズが高まっています。懇意にしていただいている出版社、ASKS WINDS様の企画でもそうしたニーズに応える形で小編成向け作品の企画がなされ、それに乗じる形で出版に至りました。
編曲の内容は当時の記憶を元に、より標準的な演奏能力に向けた内容として再編曲しています。
■今回の編曲の内容
12人編成を想定しています。
楽譜購入者からの要望があれば異なる編成への再編曲の対応も限定的に応じていく予定です。
Flute
Clarinet in Bb1
Clarinet in Bb2
Alto Sax
Tenor Sax
Trumpet in Bb
Horn in F
Trombone
Euphonium
Tuba
(opt. Oboe, Bassoon, DoubleBass)
打楽器は2人
Timpani,Triangle,Cymbals(pair),Suspended Cymbal,Vibraphone
原曲の1楽章、2楽章、4楽章を抜粋しています。
演奏時間は6分程度。
以前に作った20人吹奏楽用の『コンチェルト・グロッソ』に準じたオーケストレーションをしています。
eki-docomokirai.hatenablog.com
・細かいフレーズの入れ子化
安易な小編成吹奏楽にありがちなサウンドにならないようにするために、さまざまな工夫を施してあります。
たとえば、下楽譜のように連続する速い三連符は入れ子に処理し、難易度を大幅に下げています。全て並べても、学生でもちょっと上手い人なら十分に演奏可能ではありますが、軽快に聞かせるのはなかなか難しいパッセージです。
一番上のフルートは意図的に三連符にせず8分音符にしてあります。
小編成ならではのバラつきの発生と、ソリスティックな音を加味するため、他とgは違う運動を追加しました。跳ね上がった上の音はrit.(テンポを徐々に落とす)と相俟って効果的になるはずです。
・トランペットのシンバル的用法
緑囲みのトランペットの使い方。
古典オーケストラで使われるいわゆる「シンバル的な書き方」を採用しています。キメどころの強奏でシンバルが鳴り、それに音程を与える書き方です。
よくある書き方だとトロンボーンを鈍重にしますが、この曲ではトロンボーンの方がより和声的な運動を多用しています。
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今回の編曲はあくまでも基 本は木管合奏を主軸とし、そこに金管と打楽器を添えるスタイルです。
つまり古典オケの「弦楽合奏+金管と打楽器」の書法です。古典オケにおける金管楽器はバルブ機構が未発達のため、自然倍音を使ったオーケストレーションとなっているケースが多々見られます。時代的にも楽器製作技術的な都合から、当時はトロンボーンの方がより正確な和音のために使われていました。
部分的には半音階も演奏させていますが、そうしたハイブリッド感はマーラー等の金管オーケストレーションに準じている、とも言えます。
余談ですが、DTM(コンピュータ音楽)で不慣れな人がオーケストラ曲を作る際、最も注意するべき点がまさにこうした点でもあります。安易な楽器運用で音の目立つトランペットにメロディをやらせ、スネアでリズムを刻み、ティンパニが何台あるのか分からないような書き方をしていると、どんなに良いオケシンセを使っても「なんだこれ」感のある仕上がりになってしまいます。ゲーム音楽で非常に多いサウンドなので徐々に市民権を得つつありますが、どうしてもチープに聞こえてしまいます。本格的っぽい、いかにもクラシックっぽい音を出したいなら金管は自然倍音を軸にして脇役にすると良いです。
・メロディの重ねと受け渡し
他、各楽器の受け渡しをスムーズにする工夫や、あえて逸脱させることでビビッドな色彩を添える手法、和音の担当割り当てなどに最大限の注意を払って編曲されています。楽器の使用音域と、そこからの移り変わりに注目して聞いてもらえればと思います。
たとえば冒頭の第一主題の盛り上げ方。
あえてハモらせずオクターブだけで重ねたり、薄くハモらせることで高揚感を演出するようにしています。
冒頭ではブレンドが最も良いクラリネット2本のオクターブで開始、明るさを追加するため中高音のフルートを追加しつつ、クラリネット1本はハモりに回ります。その後はサックスが主体になり、クレシェンドに貢献します。カウンターに入る音はそれらと差別化した音を鳴らすためにトランペットが演奏します。
他の場面でも楽器をこまめに切り替えつつ展開させています。
これは切り替えることそのものは目的ではありません。たまにある良くない吹奏楽曲で「出番を与えたいから」という非音楽的な目的でコロコロ楽器を切り替えているものがありますが、個人的には死ぬほど嫌いです。ちゃんと曲の表現のために目的を持って楽器運用をするべきだと思いますし、音楽に貢献するために自分は今何をするべきか?という角度から教育音楽が実行されるべきだと思うんです。
・かけあいの面白さ
動画では58秒から。
1楽章のおもしろポイント。
この場面を思い切りユニークにしようと思って、どの楽器に担当させるべきか?
色々考え、デキシーランド的なふざけた音にするために3つの楽器に任せた。
トロンボーンのポルタメント、F♭は替えポジションで一番遠い7から開始し、一番短い1ポジションまでを使って演奏できます。F♭を通常の2ポジションで開始して、少し伸ばした4ポジションあたりから1ポジションにするスタイルでもうまく演奏すればそれらしくなります。その辺の判断は奏者に委ねても問題無いのですが、視覚効果的なことも考慮して7ポジションであることを明記しておきました。
その後の場面でもクラリネットとトランペットがユニークな動きをするので統一感をもたせつつ、ユニークさのある1楽章に編曲できているはずです。
・ビブラホン
意外性を与えるために2楽章でビブラホンを使用しています。これも『コンチェルト・グロッソ』の際に模索した小編成吹奏楽の活用方法です。小編成の音量バランスでは相対的にビブラホンが大きく聞こえるので神秘的なサウンドに貢献しているはずです。これは今後も死ぬまで使おうと思っています。
ビブラホンの余韻の部分は意図的に音価を長くし、残響を残すように記譜してあります。
こういう小編成だとどうしてもパーカッションがシンプルに鳴らざるを得ず、学生吹奏楽での使用を考えると練習モチベーションの低下に直結しがちです。パーカッションにはある程度の困難さを与えるのも大事かなと。
などなど、決して単調なサウンドにならないように様々なオーケストレーションの技術を駆使して作られているので、その点に注目して聞いていただければ、また演奏を楽しんでいただければと思います。
それらの工夫によって、小編成吹奏楽ならではの繊細で自由度の高いパフォーマンスを引き出すことを目的としています。
・2楽章のパーカッション
昔編曲した際はティンパニを入れてあったのですが、今回の作り直しで大幅に変更しました。
当時のアイディアを書き残すために2人のパーカッション奏者と識者に任意に選択させるスタイルにし、様々なパーカッションを書いてみようかとも思いましたがやめました。
今回の再編曲と出版は、少子化の流れがあって小編成吹奏楽需要のために企画されています。が、であれば、普通の学校が縮小したのであればビブラホンくらいあるでしょ?という解釈でもあります。
サスペンドシンバルの繊細な使い方も見どころにできるので、これはこれでベストな仕上がりだと自負しています。
・3楽章のティンパニ
イントロの最後に原曲に無いおいしい音を追加した。デデデン!
この追加音の根拠は3楽章(原曲4楽章)に何度か出てくる裏拍の強調された音。
動画4分27秒とか、
動画4分48秒の高音木管の跳ね上がりとか。
それらの存在を根拠として、イントロの最後にもティンパニを追加しましたよ、ということです。かなりかっこいいぶっこみ感になっているはずです。
・ティンパニの大太鼓的用法
同様の古典的書法はティンパニの書き方でも採用し、音階を無視して「大太鼓」として運用する方法です。
動画だと4分35秒など、ティンパニの音程を意図的に外したままにしています。
これは小編成吹奏楽というジャンルにおいて頻出するティンパニの台数不足や、ペダル式ティンパニのメンテナンス不安に対応するための施策でもあります。不協和音が気にならないポイントでは迫力を出すために大太鼓として鳴らしています。これは4楽章(編曲内容的には3楽章)で数回出てきます。
DTMの編曲のレッスンでは「今の時代にこういう書き方をする必要は無い」 と指導していますが、生演奏用途の編曲の場合には、難易度低下と時代性の表現のためにこのような書き方をすることがあります。
とはいえ、こういう書き方は常時行ってよいわけではなく、調性のはっきりした古典的な音楽の展開部(一時転調時)に限ってギリギリ許容されるものだということは絶対に忘れてはいけません。
(補足。この曲とは関係ありませんが、逆に現代音楽となった場合には音程を無視してドカドカ叩かせるのはあり、とも言えます。)
・3楽章のパーカッション
3楽章で合わせシンバルがようやく登場します。
小編成だと合わせシンバルは大きな音になりすぎるので、昔の編曲ではあえて使っていませんでした。サスペンドシンバルを叩く程度の方がバランスが良いです。
パーカッション奏者が2人だけなのでかなり持ち替えが忙しくなってしまうのですが、とっておき感が出せるので良いかなと。
それまで使わなかった重たい楽器をここ一発という使い方をするのは、パーカッション奏者に求められる集中力を養うためにも重要なので過酷な教育的配慮でもあります。こういうシンバルが良い音で鳴らせると本当の意味での上手いパーカッション奏者としてのアピールにもなります。
・最後の金管
エンディング直前は金管を順番に重ねる。
トランペットは未熟な奏者でも無理なく演奏できる上Fと、オプション譜として上Abを記述しました。
オプションのAbに対して他の楽器のハモり方を最適化するようにそれぞれにオプションを書こうかとも思いましたが、煩雑になるので省略。
こういう時にユーフォニアムも上に書くことがあるのだけれど、小編成では低音が非常に弱くなりやすいので、音の大きな場面では原則的にチューバに重ねる書き方にしています。音色の分離的にもそうした方がクリアーなサウンドになりますし。
・コンダクタースコア
ふと思い立って作ってみた。楽譜商品に同梱します。
指揮者にとって必要な最小限の情報だけをまとめた「アンチョコ」で、コンデンススコアをさらに圧縮したものです。(厳密な意味でのコンデンスは制作していません。)
要点となるフレーズと楽器の登場タイミングを簡潔に記述したもので、5ページにまとめられています。
これは恩師の指揮者が制作していたものに倣っており「すでに大まかにアタマに入っている内容を本番でフルスコアを何十ページもめくる必要は無い」という考えによるものです。
精密な内容チェックはフルスコアを使うべきですが、実際そこまで必要になる状況というのはそれほど無いということは誰もが薄々感づいているはずです。作るのはちょっと面倒ですが、エクセル等で細い五線紙を作り、そこに手書きで記入していけば思い通りのものを作れます。たぶんコンピュータで作るより速いし実用的なものが作れるはずです。
必要に応じてカラー蛍光ペンなどで装飾すればさらに使いやすいツールになります。また、フルスコアの対応ページ数を書き込んでおくのも良いでしょう。(今回のものには記入していません)。
そうした書き込みカスタマイズを前提としているため、やや余白を広めにしてあります。圧縮だけを目的にするならもっとコンパクトにすることも可能ですが、6分3場の曲で譜めくり4回なら全く問題は無いかなと。
今回の動画(上記)はこのスコアの画像を使用していますので、見ていただければ実用性の高さがご理解いただけることと思います。
■MIDI打ち込み的な話
「符点8、16分」のリズムの発音はこのように処理するべきです。
16分4つで分割した4連符ではなく、やや後ろにすることで、より音楽的に適切な演奏を表現できます。これはMIDI演奏に限らず生楽器での演奏でもまったく同様です。
1楽章と3楽章で何度か聞こえるので、実際にどのようなニュアンスで発音されているのかを確認してみてください。
その他、オケ系楽曲のMIDI打ち込み話は過去記事でもいろいろ書いています。
駆使している技術と制作手順はもう毎回同じなので、今回のみの特筆するようなTIPSはありません。
eki-docomokirai.hatenablog.com
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