DTM(ITB)におけるゲインステージングの扱いについて書いておきます。
とにかくこの画像を頭においたまま読んでください。
(2024年1月29日更新)
- ■これだけ覚えてからブラウザを閉じてね!
- ■独学・未経験のみなさまへ。
- ■結論を先に
- ■はじめにお断り
- ■非線形って何?
- ■ゲインステージング≒フェーダー位置をそろえる
- ■インプットゲインとレベラー
- ■誤ったアナログレベラー
- ■色つけの例
- ■プラグイン内に色付けの無いインアウトゲインがあると非常に便利
- ■なんかプロっぽくならないなーの原因
- ■ギターのアンプシミュレーターにおけるゲインステージング
- ■以下、過去記事まま。
- ■ゲインステージングで変わること
- ■「音量レベル」について知っておく
- ■でも結局はそれほど意味がないから好きにやれ
- ■レッスン宣伝
- ■関連記事
■これだけ覚えてからブラウザを閉じてね!
アナログ系プラグインへの
入力音量は大きめにしてね!
これだけです。
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この説明だけでも賛同をいただけた。(編者強調)
素晴らしい記事ですね。
— Noah (@noahponpon) 2021年11月15日
「ゲインステージング」という言葉が各所で独り歩きしている(と個人的に感じる)中、その本質的な意味と目的を、冒頭の3行だけで完結にまとめてくれている。
ITBにおけるゲインステージングについて - eki_docomokiraiの音楽制作ブログ https://t.co/pP45n9V9u9
Noahさん、レビューありがとうございました!
では皆さん。もう読まなくて良いので作業に戻って。どうぞ。
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以下、詳細。
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■独学・未経験のみなさまへ。
なるきさんがとても重要な記事を書いています。必読。
独学・未経験の人がネット検索して分かった気になっていると、大前提がズレて誤解しまくることがあります。気をつけましょう。
「独学・未経験」の人がDTMを学ぶ際、最も気をつけるべきだと私がずっと主張しているのは「ミックスの教科書は生録音向けorライブの話ですよ」という点です。シンセ用に加工済みのドラムをさらにローカットするなってことです。
前置きが長くてすみません。
■結論を先に
ゲインステージングはアナログのための用語です。
この言葉の意味を拡大解釈・拡大適用して、なんでもかんでも「ゲインステージング」と呼ぶ風潮があるので気をつけてください。
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誤解を怖れずに例えると「ゲインステージングとは鍋の温度」だと言えます。
鍋の温度が低いと卵は焼けず、温度が高すぎると焦げてしまいます。
適度な調理のためには「鍋の温度管理が大事」というだけのことです。
・ゲインステージングの改善で得られること
アナログ機器が適切な性能を発揮できる状態になります。
結果として、上級者のミックスがほんの少しだけ良い音になる可能性があります。
ゲインステージングはあなたのミックスの腕を上げません。クソ曲を神曲にすることもありません。
こんな記事を読むよりも作編曲の勉強をするべきです。
・ゲインステージングではないもの
DAWフェーダー位置はゲインステージングではありません。
フェーダー位置は見た目のフェーダー位置でしかありません。
真のゲインステージングとは、アナログ機器に適切な電圧をかけることでしかありません。
・デジタルのゲインステージングは別のものとして考えるべき
たとえば下のような記事(英語)は、「デジタルのゲインステージング」と言っています。
これは単に「音量を揃えておこう」「デジタルクリップを避けよう」「デジタルでも小さすぎると解像度が失われる」というだけの話です。
「ゲインステージング」が本当に必要になるのはアナログ領域です。
個人的に思うのは、面倒臭がらずに「デジタルのGS」「アナログのGS」と言葉を使い分けて欲しいと願っています。省略するから誤解する人がいたり、拡大解釈する人が増えてしまうんです。
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以上を理解した上でこの先を読みましょう。
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■はじめにお断り
この記事はもともと「DTMオンリー環境におけるVUメーター」との接し方の一部として執筆されています。
執筆当時の「ゲインステージング」は、旧来のアナログ非線形特性のために行う『狭義のゲインステージング』です。
しかし、近年は単に音量のことをゲインステージングと呼ぶ誤解が世界的にあるので気をつけましょう。
■非線形って何?
アナログ機器は「非線形」です。
「非線形」とは何かを学びたい場合、Meldaのサチュレーター(フリー)を使うと瞬時に理解できます。
(downloadはこちら。)
(単体の紹介)
非線形の原理と概論についてはこちらの記事が非常に丁寧で分かりやすいです。
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Threshold最大だと「線形」、つまりピュアなデジタルの出音です。
音量を上げていっても、そのまま音量が大きくなります。「色付けの無い音」です。
Thresholdを下げていくと、徐々に曲線になっていきます。これが「非線形」です。
これが「色付け」のあるアナログの音であり、アナログフェーダーを上げていった時の変化率です。(実際にはもっとゆるいカーブを使います。ここでは見やすくするために非常に強いカーブの画像を使っています。)
最初に音量が上がっていって、後半になると「音量は上がりにくくなり、歪みの追加が多くなっていく」ということです。(大きい音ほどサチュレートが強い、とも言えます。)
最も分かりやすいのがギターのアンプです。
一定のところまでは音量が上がってくるだけで、途中からは歪みサウンドになっていきます。大きい音を入れすぎると歪みすぎてしまい、何をやっても同じ音のままになってしまうのがギターアンプです。
いささか極端ではありますが、次の画像は「ぬるい」「良い」「キツい」を3色に分けた模式図です。(実際にはもっとゆるいカーブを使います。)
赤い部分では常に強烈な歪みが起きてしまい、アナログフェーダーを上げても音量はほとんど上がらず、歪みだけが上がっていくサウンドになっていきます。
黄色は音量によって異なる歪みがあり、フェーダーの上げに応じて歪みも追加されます。音量が上がるほどコンプも強くなります。
緑の部分ではナチュラルに音量だけが上昇します。アナログの色付けがほとんど起きません。(ここを積極的に使うのも選択肢の1つですよ!)
・コンプ7種の求めるゲインステージング比較
アナログコンプ7種の比較。
グラフの縦軸一番下は-32dBです。
「アナログへの入力は-18dBで揃えろ」というメソッドがありますが誤りです。
そのコンプが求めているのが本当に-18dBなのかというと見ての通り「否」です。モデルによるキャラクター差だけが欲しいはずなのに、単にゲイン&GRが違う音が出力されてしまいます。
たとえば下の解説動画では「-18~-10dBFSにしてね」と述べられていますが、このメソッドはちょっと古いというか、原理主義的すぎるかなと感じます。
もしそのスタジオのシステムが完全にステージングされていれば「このスタジオでは-18~-10だよ」が正解です。しかし、実際に個々の機材がその状態になっているわけではありません。
また、そのスタジオで-10~-18だからと言って、あなたの環境でそれに合わせる必要もありません。オーディオ機器の設計にはJISやISOのような国際規格もありません。(実機では個体差もあります。)
個々の機器がバラバラだからこそ調節する必要があるし、「おいしい部分」は機器によって異なります。それを自分の好みの状態に整える作業が本当の意味でのゲインステージングです。
同意見をNoahさんからも頂いています。(編者強調)
記事の通り、アナログ機器では突っ込むレベルによって歪みの量が変わる(=音が変わる)。
— Noah (@noahponpon) 2021年11月15日
ならば欲しい結果に応じてフレキシブルに調整したっていい。
某所にあるような、全ての素材を杓子定規的に同じレベルに合わせるという手法が、トラッキングにおける最適解だとは思えないんだよな。
何度も言いますが、「-18dBが正解」ということはありません。
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というわけで、上の動画のような資料は、あまりにも画一的な話をしているので気をつけましょう。非常に綺麗に編集されているし、明確な数値が提示されているので「そうなのか!」と信じ込みそうになってしまいますが、「言い切り系の資料」は明確なインパクトを出すために、本質的な要素が抜け落ちていることが多いので注意が必要です。
私はそういう資料を「見た目で騙すダメ資料」と呼んでいます。
eki-docomokirai.hatenablog.com
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・ゲイン調整のための道具を用意しよう
Meldaのフリーコンプ。スレショなど何も作用しない状態でINPUTだけ使う方法。普段からMeldaを使っている人なら実際便利。
複数トラックを比較しながらいじるなら、KiloheartsのGAINが小さいので便利。ただしホイールを受け付けないクソ仕様なので我慢が必要。
https://kilohearts.com/products/gain
いずれも音量操作できる幅には限界があるので、細すぎるクソ音源に対しては複数使う必要があります。
というか、そういうケースでは波形そのものを適度な大きさにしておくべきです。
自動調節してくれるツールもあることはあります。徹底的にゲインステージングをやってみたい人はどうぞ。
eki-docomokirai.hatenablog.com
・プラグインに「インアウトゲイン」があると非常に便利である理由
こういう問題があるので個々のプラグインにインプットゲインがついていると本当に便利なんです。(できればデジタルで色付けの起きないもの。)
いっそのこと全てのプラグインは入り口に「-18dBスイッチ」の取り付けを義務化し、必ず-18で入力されるようにして欲しいものです。仮にそういう仕組みがあればミックス・マスタリングはもっと簡単なものになるはずなので。
エフェクタの使い方が分からないとか、ミックスがうまく行かないとか言う原因の大部分は作業開始時点で音量が極端に小さいか大きい、というケースを非常に多く見てきました。
・アナログ歪み
つまり、アナログフェーダーの位置によって「歪み」「コンプ」が同時に起きるということですあり、これが「アナログの色付け」です。
アナログ機材の音ではこういう変化が常に起きるので、デジタル(DAW)だけでやる時のようにわざわざ「サチュレーターで歪みを足す」作業をしなくても、自然な歪みサウンドが追加されていきます。逆に言えば、デジタルでサチュ等を足すさじ加減が分かっていれば、少なくとも必要十分なサウンドは得られます。(ITBの疑似アナログを聞き分けられる耳を本当に持っていて、それ以上のクオリティを本当に必要としているなら、アウトボードや卓を買うべきなのでしょうが。)
なお、「歪み」というとエレキギターのことだけだと思っている人もいますが違います。たしかに「歪み」は英語でdistortionです。しかし、軽度のdistortionはアナログ機材では常に少しだけ追加されます。
狭い意味のdistortionはエレキギター用語ですが、オーディオのさまざまな領域で使われる非常に幅の広い用語です。
下はアンプシミュレーターのdistortion。
次はテープシミュレーターのdistortion。
次はデジタルサチュレーターのdistortion。
アナログEQのdistortion
最後にアナログコンプのdistortion。
これが「色付け」の意味です。
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もちろんモデルによって大きな差が生じます。
上の例の中でもいくつかには入力された基音サイン波よりも下に向かって歪みが検出されています。これもモデルごとの動作原理と検査機器の特性によるもので、「倍音は基音から上に向かって生じる」という教科書上のセオリーと異なる点です。いずれにしても、良くも悪くも「音が汚れる」わけですが、これを良いとするか悪いとするかは製作者の意図によります。
これは、ド素人のCGイラストがベッタリした色塗りになってしまっているのと似ていると思っています。単色や単調なグラデーションではなく、適度に不規則性を持っているCG塗り絵の方が「上手いCGイラスト」に見えるでしょ?もちろん塗りだけじゃなくて線も一定の太さだけではなく、Gペン的な線の太さの変化があるだけで印象が全然違う。
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なお、オーディオの分野では「良し悪し」という曖昧な判断になりますが、音楽以外の分野ではこのような結果になるのはほぼ例外なく悪でしかありません。
よく言われているように「音の大きいミックスの方が音が良いと感じてしまう」のと同様、同じ音量でも歪みカーブが違うなら、スイートスポットをまたいでいる方が良く歪むので良く聞こえる、ということです。
・音楽以外の分野における非線形
車のエンジン、ギアにおける「非線形」はこのように現れます。レースゲームをやっている人ならすぐに理解できるはずです。各ギアで最も加速を得られる部分と、パワーの出ない部分があり、それは「非線形」のグラフになります。
近年はMT車もなくなってきたので車のギア比で説明してもゲーマー意外はピンと来ないでしょう。
だったら自転車で考えればOK。
自転車が発進する時は軽いギアでスタートし、加速して軽くなりすぎてきたらギアを重たいものに上げていきます。
各ギアで最もスピードを出しやすい部分があり、回転回数とスピードの分布は上の画像と似たような形になります。
ともかく「非線形」というのは、複数の要因によって均一に変動しない状態だと思っておけばOKです。
自転車で最も漕ぎやすい「おいしい部分」があるのと同様、電圧を使ったオーディオ分野でも「おいしい部分」があります。自転車のギアと同様、低すぎても高すぎてもダメです。それを「スイートスポット」と呼び、電圧を使ったオーディオ分野ではそこを目指して様々な機器を調整します。
上でdiatortionの説明で画像を多く出し、「音楽以外の分野では悪」と言いました。車や自転車などの機械、回転機構においては高回転で歪みが発生するのは悪でしかありません。高速回転になった時にガタついたりするようでは困りますね。
・ゲインステージング=「鍋の温度」であると言える理由
このとおり、鍋の温度上昇は「非線形」であり、オーディオのそれと似ています。
鍋に水を入れれば下がるので、熱が高くなるまで待たなければ沸騰しません。
■ゲインステージング≒フェーダー位置をそろえる
アナログ環境ではフェーダー位置を揃えないと、上で述べた「ゲインステージングの歪みとコンプ効果」が不規則に発現してしまいます。
デジタルではそれが無いので、適当なフェーダー位置でも問題はほぼ起きません。フェーダー位置を揃えることは単に見やすくするためであって、「アナログのためのゲインステージング」とは全く目的が違います。
「ほぼ」というのは、デジタルフェーターがあまりにも低い位置だと演算不能になってしまうことがあるからです。しかし、近年のDAWは「浮動小数点演算(フロート)」があるので、原理的にはフェーダーを低くしても音に影響はほぼありません。
これはCPUの演算能力が上がった恩恵なのですが、その一方で「アナログ系プラグイン」を使うことも常識化してきました。
フロート演算によってフェーダー位置を無視できたのは一昔前のDAWの話であって、今のDAW(ITB)では、アナログ系プラグインを使うことが常識化したので、「デジタルでもフェーダー位置は重要」という時代になっています。
と、語られていることがありますが、それは誤りです!
・厳密にはフェーダー位置ではなく、プラグインへの入力音量である
フェーダーは最終出力です。
1本目のEQでローカットして下げた=音量は下がります。
ミックス音量を維持するという点においては正しいです。
しかし、この段階でフェーダーを戻しても次のコンプに対するゲインステージングは維持されません。
ゲインステージングの概念で問題になるのはあくまでも「アナログ系プラグインへの入力音量」です。
・コンプやEQを変えた後にフェーダーを変えても意味がない
ゲインステージングは下の模式図のようなものです。
なので、アナログEQを変えた後に末尾にあるフェーダーを変えて音量を戻したつもりでも、アナログコンプに入る音量は小さいままです。これではアナログコンプに対するステージングが完了せず、アナログコンプはおかしな設定をしなければならなくなります。
この状態でコンプを「普通に」使えるようにするのがゲインステージングです。
何度も言いますが、フェーダーのことではありません。
・フェーダーを揃えるのは見やすさのため
デジタルのフェーダー位置を全トラックで揃えることに意味はありません。
見やすく準備しておくと瞬時に理解できるというだけのことです。
ただし、アナログフェーダーは非線形なので音への色付けが変わります。
■インプットゲインとレベラー
私が思うに、あらゆるアナログ系プラグインはインプットゲインをつけるべきです。
付いているものを選ぶべきです。
そうすれば「プラグインに入ってくる音量」をプラグイン画面だけで調節できるので、常にスイートスポットに合わせることができるからです。
インプットゲインの備わっていないアナログプラグインに対しては、直前に「レベラー」を準備する必要があります。
レベラーというプラグインがあるわけではなく、単に音量を変える処理だけをさせる時に「レベラーとして使う」と言います。
レベラーはどんなプラグインでも構いませんが、非線形のものを使うと音が色付けされてしまうので、デジタルのものが良いでしょう。できれば軽量のものがベストです。
・VUが必要なくなる
そうすればいちいちVUを使う必要はありません。
VUはどこか一箇所に入れておけば良いというものではなく、厳密に言えばすべての回路の中間でチェックされるべきものです。
「プラグインに入る直前」でどのくらいのレベルか。
「プラグインから出た時に」どのレベルか。
それを計測せず、マスターアウト1箇所だけに設置してもあまり意味が無いんです。
だったらレベラーを設置するか、インプットゲインを使って、その都度調節できた方が良いんです。
■誤ったアナログレベラー
動画16分20秒から。
「コンプで1db抑えて次にEQ。するとEQに対するゲインステージングが変わってしまうのでは?」という疑問に対し、アナログコンプ
の内部でゲインを変える方法を紹介しています。バリバリの色付けアナログ系です。この方法だと結局アナログ非線形を通るので色付けが変わってしまいます。一体何のためにゲインステージングの話をしてきたのか、最後の最後で本末転倒になっています。スイートスポットとアナログ色付けをコントロールするための解説だったのにとても残念です。(というか、このコンプは使っていないので正確には知りませんが、これのインプットゲインってアナログシミュレート?それともデジタル処理?前者だとしたら歪みます。)
なので正解は「別のデジタルのレベラーを挟む」です。(アナログプラグイン内部で、最終ゲインが色付け無しのものであるとはっきりしているなら、それを使います。)
上でも述べたとおり、全ての機材が本当に-18~-10dBFSに整った設計になっているわけではありません。だから次のプラグインはどの辺りを欲しがっているのか?と考えるべきです。
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非線形色付けを加算することを良しとするならどんどん突っ込めば良いです。
でもそこをすっ飛ばしてゲインステージングとスイートスポットを論じるのは本末転倒だということです。杓子定規に-18~-10で入れるより、もっと大きく突っ込んだ方が「ガッツがある」「おいしい」「艶が出る」と思うならどんどん突っ込んでOKです。大きな入力でそういうキャラクターが強く出るのに、どこかで見聞きした数字に従って低く入れるなら、それはゲインステージングとは呼べないと思います。
健康のためにカロリー計算を行っているなら、そもそもマヨネーズを使わないべきです。でも健康を捨ててでもマヨネーズを楽しみたいなら、好きなだけ突っ込めば良いんです。音楽なんてそもそも不良がやる反社会的行為じゃないですか。アナログ歪みが嫌なら生演奏でモーツァルトでも聞いてろ!俺は突っ込むんだよ! でOK。
・理想的なゲインステージング管理
すべてのエフェクタの入り口で管理されるのが理想である!
が、毎回そんなことやってられるか?という問題に直面する。
その妥協策として上動画末尾のように「アナログプラグインでも構わないからアウトで整える」という方策になるんだけど、それはゲインステージングの解説ではなく、運用の話にすり替わってしまっている。
求められる対談の台本はこうあるべきだ。
「ここで次のエフェクタのためのゲインを整えます。」
『え?でもそれって最初の話と矛盾しますよね?』
「面倒なんです。そもそも専業エンジニア、スタジオでは頻繁にいじることは無いんですよ。」
「面倒なんですね。」
『はい。面倒です。』
動画のために作られた解説は質が低いことが多いです。だって目的が動画であることなんですから。
短い動画で何かを解説するなら放送作家的な能力で作られた台本は欠かせません。
彼らは音楽家であって台本作るプロじゃないんですからミスがあるのは当然です。我々は動画情報を鵜呑みにせず、仲間と語りあい、解説でおかしな箇所を突き詰めて研究していく必要があります。
理想を言えば収録後に過不足のある箇所を補足していくべきなのですが、彼らはそういうことのプロではありません。言葉足らずな部分は必ずあります。
もしくは、
「1dBくらいでスイートスポットからは外れません!
そんなにシビアではないので、音量を大きく変えた時だけで大丈夫です。」
と言うべきだったと言えるでしょう。
いかにもDAWだけで学習した人のように、極端に低いフェーダー、0より上ばかりになるフェーダーの扱いではなく、「適切な位置を維持する意味」を主題にするべきだったと思います。
・ギアの並びを一定に構えるのがプロの音
ゲインステージングによる色付けのために、いつも同じ順序、同じパラメタで通過させます。そこに入ってくる音量もいつも一定です。そのためにマイクも一定のセッティングになります。
そういう構えを作っておくことで「そのスタジオの音」になります。
頻繁に変えるものではないし、無意味だから外すことも無いです。
そういう状態を擬似的に行うために便利な機能がいわゆる「オートゲイン」です。
「こんな機能誰が使うんだ?」と思っている人も多いはずです。
これはプラグインから外に出る時に一定音量に自動で変える機能で、一部のプラグインに備わっています。
常に一定の音量が出力されるのでゲインステージングが安定します。
私は基本的に使いませんが、積極的に活用することでやりやすくなる人もいるかもしれません。
■色つけの例
赤がNeveのコンプ、緑がSSLのコンプです。(ピンクは見なくて良いです)
赤のNeveの方が鋭い曲がり方をしています。いわゆる「ハードニー」傾向です。
緑のSSLは非常に「ソフトニー」。
コンプが効き始めるポイントはどちらもほぼ同じです。
-9dBあたりで交差し、音量が一致しています。
しかし、その前後では音量差が現れます。
ニー角度という個性のせいで両者の音量感は入力音量によって違ってきます。
要するに、ある一点でゲインステージングを行っても、常に一致する完璧さを得ることは不可能です。
過剰に神経質になっても無意味である、ということをまず理解してください。
■プラグイン内に色付けの無いインアウトゲインがあると非常に便利
見た目は超ダサいことで知られる、我らがMelda。
ただしインプットゲインとアウトプットゲインがほぼ必ず付いているので超使いやすい。
上の動画にあったようなUADなど見た目重視のものだとインアウトゲインが無いので、次のプラグインチェーンのために手前のプラグインを開いておいて、次のプラグインのスイートスポットのためにゲインを管理しなければならない。
インアウトゲインがあるとそういう煩雑さを無くせるのですべての作業がスマートになります。
見た目だけど理由もなくアナログ系UIのものを選ぶくらいなら、インアウトを備えたものの方が絶対に使いやすいです。
そもそも本来の「専業エンジニア」が用いるアナログエフェクタ群は毎回ノブを回しまくることなど無く、「このスタジオではこのルーチンを通す」「いじるのはこことここ」というすべてがシステム化されたものなので、頻繁に弄り回すDAW・ITBではいじりやすいものの方が良いんです。
我々は作曲や音色作りの比重が高いので、取り回しの悪い見た目だけのものよりアクセス性の高さの方が大事だと思います。
■なんかプロっぽくならないなーの原因
別にゲインステージングとか位相とかの問題より、アレンジの問題です。もしくは演奏です。音の配置ができていない曲を丁寧にミックスしても大バケすることは絶対にありえません。
ここまで読んで「よし!ゲインステージングをちゃんとやれば俺の曲は良くなるぞ!」と思ったかもしれませんが、別に大きく変わることは絶対にありません。
まぁそういう些細な点を詰めていくことで、いよいよもってアレンジをちゃんと勉強しなければいけない!という逃げ場のない状態になるのも良い方針だとは思います。
■ギターのアンプシミュレーターにおけるゲインステージング
という感じで「アナログのゲインステージング」について説明してきましたが、実際のところアナログのゲインステージングを少々整えたところで出音は大差ありません。
ゲインステーイングの扱いを覚えて最も大きな差が出るのがアンプシムの扱いです。
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ギタリストでも「シミュレータは独特」と言います。
DTMでしかアンプを触ったことが無い人が、救いがたい歪んだトーンにしてしまっているのも良く聞きます。
でもそれは「デジタルのボリューム」と「アナログゲイン」を混同しているからです。
低いデジタル音量でアンプにつっこみ、アンプ前のエフェクタ(dist)で無理やりギャーンと鳴らしてしまうアレです。
上左のように「高dist」や上右のように「過剰インプット」にしてしまうと、アンプの個性もクソもありません。(赤アナライザ参照。どちらも似たようなクソ音に仕上がっています。)
Wavesも「ギター本体での高調波歪みがあるとアンプらしさが損なわれるよ」と言っています。入力された音をどうにかするのではなく、入力前に適切にしておくことで問題はほとんど解決します。
下のように「適度なインプット+適度なアンプ」で音を作るようにするべきです。
赤アナライザ参照。適度に倍音が生じたトーンに仕上がっています。
このバランスのとり方の手順を覚えると、アンプシムの音作りは本当に楽しい作業になります。
いわゆるDTMでのギターの音作りの話を検索すると「とりあえずストンプのディストーション入れろ」と書いているものが多く、しかもそれがいわゆる大手サイトだったりするのでタチが悪い。
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これはどのアンプシムを使うとかはあまり関係ありません。どのアンプシムが良い悪いもあまり関係ありません。アンプシムのモデルによって求められる入力音量が違うというだけの差です。
(本格的なクオリティを求めて行くなら重要ですが。)
単に初期状態の入力レベルが高めのアンプシムだと「反応が良い!」と勘違いしてしまいがちなので気をつけましょう。
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こういう解説は拙著『Electri6ityの教科書』でも書いています。特にDTM専業の人にとっては必要になる総合的なギター知識も書かれているので結構オススメ。たぶんこれほど「DTM視点」で書かれたギター本は存在しないと自負しています。だって、打ち込み屋の自分が欲しかった情報を何年もまとめ続けたものなんだから。
■以下、過去記事まま。
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以下、過去記事まま。
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・アナログ機器の「ゲインステージング」に合わせるために使うVU
いわゆるゲインステージングの話です。フェーダー位置によって特性が異なるので、入出力の基準ゼロを合わせる必要があります。そういう調節の時にもVUが使われます。
・アナログコンソールにはゲインステージングがあるので必要
アナログ機材に対して入力される適切な音量(0dBVUゲインステージ)に調整するのは「バランスエンジニア」と呼ばれるアシスタントの仕事。いわゆる「フェーダー0にそろえておけ」という準備作業です。
そこから先がミックスエンジニアの仕事で、音楽的なバランス調整になる。
そういう初期音量を整える工程をちゃんとやっていないならVUを導入してもほぼ無意味になります。
・デジタルにゲインステージングは事実上存在しない
デジタル、浮動小数点演算において、ゲインステージングは事実上無意味です。デジタルフェーダー位置による音色変化は皆無なので、ゼロ調整の必要はありません。
いや、そりゃまぁ、フロートでも厳密には違うことになるんだけど、デジタルのゲインステージングはアナログ卓に比べたら完全に無視できるレベルでしょ?というお話。
レベル(音量)を整えておくプロセスが無くても同じ音だから、DAWで初期バランスを作るのは意味が無い時間の無駄です。
この辺の理解に対する齟齬があるので、ミックス知識の仕入れ方には注意が必要です。
・ゲインステージングも「シミュレート」 される
念の為追記。アナログ実機だけではなく、アナログ機器をシミュレートしたプラグインでも、ちゃんと設計されているものはゲインステージもシミュレートされています。
そういうプラグインを常用するなら、ゲインステージを整えるためにVUを使うのは有意義です。0手前のベストな 位置で使わないとアナログ系プラグインの恩恵は無くなります。場合によってはアナログの悪影響だけを被ることになります。
・「ゲインステージング」という言葉の定義の拡大解釈
ここまで述べてきたのは「狭い意味」のゲインステージングです。
つまり「アナログ歪みの美味しいエリアに合わせるゲインステージング」です。
その一方で、非常に広い意味で使う人は、音量のことすべてを「ゲインステージング」と呼んでいることがあります。
たとえばこういう記事
単に音量を-10dBすることを「ゲインステージングを-10した」と言っています。
上の記事における「ゲインステージング」では「ヘッドルームを確保できる、余白のあるエリア」を意味しているので気をつけましょう。アナログ歪み特性のためのゲインステージングの話とはまったく別です。
ちょっと格好つけた記事にするために、「ボリューム」ではなく「ゲインステージング」という言葉を使っている程度だと思っておいてほぼ間違いありません。そういう語り口の人は多いです。
たくさん食べられれば「おいしい」と言う人がいます。(大音量の良さ)
甘ければ、辛ければ「おいしい」と言う人もいます。(強い歪みサウンドの良さ)
ちょっとコゲている方が「おいしい」場合もあります。(程よいアナログ歪み)
濃すぎる味を「おいしい」と定義しない上品な人もいます。(ダイナミクスレンジ重視派)
何のために、どういう要素が必要なのかを良く考えましょう。
今のあなたの曲に求められる「おいしさ」はどういう要素で、そのためにベストなゲインステージングとは何でしょうか?
・私は「ゲインステージング」という呼び方が嫌いです
時代はすでにデジタルミックスです。
DAW、つまりITB(In The Box)。PCで片付けることが非常に多くなってきた時代です。
単に「ゲイン」と言うと音量のことでしかないのですが、デジタルで音量を扱う時とアナログで音量を扱う時の差があります。
そこで提唱したいのが私の造語「アナログステージング」です。
この呼び方なら「あぁ、アナログ系の時の話ね」とすぐに分かるはず。
「ゲイン」に限らず音楽用語には曖昧な用語が多く、初学者にとって意味不明になりがちです。そこで「アナログステージング」という呼び方を使えば、多くの人の誤解を消し去ることができると私は考えています。
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じゃあここでまとめ。
「アナログ本来のゲインステージング」とは、
- 上げすぎると酷い歪みが出る
- 適度だと良い歪みになる
- 低いとフロアノイズの影響が大きすぎる
「デジタルのゲインステージング」とは、
- ヘッドルームを確保するために適度に下げる
- アナログ系のプラグインために合わせる
- 作業開始前にフェーダーを揃えるための「下駄」
デジタルでは別にゲインステージングをしなくても普通に作業ができますし、引き返すこともできます。だから「本質的にデジタルにはゲインステージングは存在しない」という語られ方になるんです。
■ゲインステージングで変わること
ここまで述べてきたように「ゲインステージング=アナログ歪み倍音」の制御です。
アナログ歪みで何が変わるか?
- 音量そのもの
- 歪みの加減による音量感
です。
つまりゲインステージングによって作業者は音量に対して今まで以上に慎重になります。結果として音量が適切なミックスになります。
別に音量バランスの適切さはアナログ歪みが無くても実装できます。
歴史的に言えば、アナログ歪みはエンジニアから嫌われてきたものであり、デジタルで手に入った歪のない音は、昔の人から見れば理想的な環境です。
デジタルでも歪みを付け加えることでアナログ的な音を出すことは可能で、それは古臭い見た目だけで不便なUIのプラグインを使わなくても100%可能です。
eki-docomokirai.hatenablog.com
まずは音量に対して敏感になってください。
ゲインステージングという今まで知らなかったものをポンと導入したところで、音量バランスの感覚が鈍ければ、結局は同じことです。
なお、今までゲインステージングという概念について知らなかったのであれば、そもそも普段からの情報収集能力が低く、付き合っている音楽家のレベルに問題があるという証拠でもあります。
■「音量レベル」について知っておく
マイクの音量とレコーダーの音量とか。
「このレベル範囲ならどこでもOK」と知った上で「OK範囲の中でどのあたりがもっと良いか?管理しやすいか>」というのがゲインステージングの話です。
単一機材のゲイン特性のためにやることもあるし、システム全体の一貫性のためにやることもあります。
■でも結局はそれほど意味がないから好きにやれ
こういう情報を見聞きする際に気をつけるべきことはたった1つ。
「その人が主にどういう仕事をしているか?」を知ることです。
作曲家なのか、エンジニアなのか。エンジニアでもどういうアプローチの人なのか。
人は差こそあれ「自分の特技で他者に勝とうとする」「自分のフィールドで勝負したがる」ものです。なので、極論するなら、ラウドネスとかゲインステージングとか、そういう単なる数字の部分で戦おうとする人はそこしか得意なことが無いということです。
結局は大音量をぶっこんで、大音量に仕上げたものが勝つのが現実です。どんなにミックスだマスタリングだ、ラウドネスだ、ステージングだ、と言ったところで、地球上で最も優れた作品(グラミー)の作品群がどう仕上げられているのかを実際に見聞きすれば「誰もそんな数字守ってないじゃん!」となります。
空理空論より現実世界を見るべきです。
狭い部屋の中での正しさは、部屋の外では通じません。
ゲインステージングをしたからと言って、曲が大きく変わることはありません。
単一技術の習得を練習するのは大事ですが、それが最終的に音楽作りにフィードバックされていないならすべての練習は無意味になってしまいます。
こんなことを練習するより、メロディの音符をひとつひとつ熟考する方が圧倒的に大事です。
「アナログプラグインは-18dB以上じゃないと正しく反応しないんだね」とだけ覚えて、今すぐ音符の並びを考える作業に戻りましょう。
ハイ!休憩終わり!
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もし雑学レベル以上の知識を身につけて上達を志すのであればレッスンでご対応いたします。なんかお硬い文章になってしまいましたが、お気軽に連絡どーぞ。「ブログの雰囲気と違って異様にフランクでお下品」「そのくせ単純明快」とのことでレッスンは大変好評です。
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