eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

マルチバンドサチュレーター考

マルチバンドサチュレーターが必要になっていろいろ試した経緯と結果のお話。結論だけ言うと、Quadrafuzz v2を機能を絞って使うのがベスト。(個人の感想です。すでに良いものを常用している人にとっては無価値な記事です。)

f:id:eki_docomokirai:20200703190416p:plain

(2022年1月26日更新)

 

■経緯

マルチバンドディストーション、もしくはサチュレーターで良いのが無いかなぁと思って色々漁っていた。で、「これって付属のQuadrafuzzで行けるんじゃね?」という結論に。

なんでサチュレーターにマルチバンドが必要だと思うのか?というと、ウワモノ楽器をサチらせる際に低音を無意味に持ち上げられると後処理が面倒になるから。

・何のために使うのか?

デジタル、インボックスにおける倍音付加を丁寧に、自由に行おう、という趣旨です。

eki-docomokirai.hatenablog.com

■Quadrafuzz v2

最近のCubaseの付属プラグインです。

機能はいろいろ揃ってるようで無い機能がある。なんとも中途半端なプラグイン

まず名前が悪い。「Fuzz」って名前だけど、Fuzzじゃない用途でも色々使える。

個人的には見た目が嫌い。でも今欲しい機能と特性が綺麗に揃ってるのでしばらく常用して行きます。

WIDTHとか色々多機能なようですが、逆にその辺は地雷機能だと思う。普通にマルチバンドサチュレーター専用として使えば本当に優秀でした。

■Quadrofuzz v2のセッティング

  • まずバンド分割の下2つを切る。(一番下だけでも良い。お好み。)
  • 上2つのバンドのみ使用。
  • TAPEかTubeのシングル。(大ツマミ下のポッチが多重化スイッチ=オフ)
  • 3.1程度(10時向き)

以上の設定で固定して、

  • 操作は右上の「MIX」だけで調節

f:id:eki_docomokirai:20200703163954p:plain

 

いろいろ設定した後でミックスバランスを一発で調節できるのが本当に使いやすい。

outputがあるのも非常に良い。

欲を言えばインプットも欲しかったね。

f:id:eki_docomokirai:20200703164624p:plain

破綻の起きにくい設定例はこういう感じ。

 3バンド下を700程度、上を7k程度に。

f:id:eki_docomokirai:20200703164802p:plain

ここは好み。神経質にやりたい人は納得行くまで試行錯誤すれば良いです。ポンと通してそれらしい音にしたいだけなら、こういう初期状態を作っておくと何かと便利。

 

あとはMIXで色付けの深さをコントロール、という運用が良いでしょう。

MIXツマミ、インアウトゲインがついているプラグインはそれだけで評価が3割増し。何しろ作業が一瞬で終わるから助かります。

 

・TapeとTubeの差

結論。個人的にはTapeがおすすめ

ただし、Tapeは効きが強すぎるのが欠点。ステレオ定位感がにじむことがあります。たぶんクロストーク現象をシミュレートしすぎているんだと思う。

Tubeの方がおとなしい色つけ。

・テスト

100Hzサイン波。

TapeとTubeの歪み特性。Tapeの方が強く出ます。

f:id:eki_docomokirai:20210102193243p:plain

よく言われる真空管特性で、相対的に奇数倍音が強く出ています。個人的にははっきり差が出た方が好きなのでTapeが良いと思っています。それだと下品だと感じる繊細な人はTubeで良いはずです。

 

次はホワイトノイズでテスト。

Tape(上)、Tube1(下)。ゲインmax時。

Tapeの方が「色付け」が強いです。

f:id:eki_docomokirai:20210102193405p:plain

※ローは20Hzローカットしたままだった。すまん!このプラグインによってロー損失がシミュレートされているわけではありません!)

 

スペアナの目盛りなどは確認しなくて良いです。上のTapeの方が完全に大きく出てるということさえ知っておけばOK。

 

TapeもTubeも、アナログ的なハイ損失は起きません

アナログシミュレート系を使っていて困る「使えば使うほどハイが失われる」という状況に陥らずに済みます。デジタルとアナログシムの良いところが良い具合にハイブリッドになっています。

アナログ的なハイロールオフが欲しいなら、別途EQで調節すれば良いです。

下記事参照。

eki-docomokirai.hatenablog.com

勝手に上下を加工されてしまうアナログプラグインの運用ではなく、アナログ歪みの色つけだけをQuadrofuzzで行い、上下はEQで。

 

■以下蛇足。Tubeの悪口。

Tubeの3モード比較。Tube2とTube3は著しくF特が悪いです。

もしTubeを使うなら、シングル一択のはずです。(3つある小さいボタンの左が1)

 

シングルは薄味で良好。ここならまだ許せる。

f:id:eki_docomokirai:20210102193329p:plain

ノイズをダブルで通すとこうなる。

f:id:eki_docomokirai:20210102193342p:plain

 

トリプル。あっはい。

f:id:eki_docomokirai:20210102193353p:plain

テストに使った単一バンドのソロでもこの位相の悪さ。これがマルチバンドになるわけだから、もう音がめちゃくちゃになってしまいます。もしTubeが好き、真空管という言葉が好きで選ぶとしてもモード1しかありません。このプラグインでの複数Tubeはやばいです。大は小を兼ねない。無意味にボタンをあれこれいじるのも絶対ダメ。ちゃんと機能を把握することが何より大事です。

楽器単体に対してチューブアンプとして変則的に運用するならアリかもしれません。(でも他のアンプの方が絶対に良いと思うよ!)

■特性

ハイミッド以上のみを飽和させる。

f:id:eki_docomokirai:20200703163958p:plain

いわゆるテープシミュや、シングルのサチュレータだと、ローエンドまで巻き込んでごっそり持ち上げられるので音が変わりすぎて好きになれない。なのでこういうセッティングを作ってみた。

 

オシロとステレオを確認。

f:id:eki_docomokirai:20200703164010p:plain

特にステレオには明確な違いが出る。

こういう違いが出ることをNGとするか、Goodとするかは状況によるとしか言いようがない。

が、聞いている感じでは概ねGoodだと判断しています。

 

たぶん後日、神経質な時に「これはクソだ!」と手のひらを返すかもしれません。

 

・その他の特性

通すだけで問答無用で色が付きます

全バンドをバイパス、MIXを0%にしても無駄です。

でも無音状態でノイズを出すタイプではありません。

何らかの入力があると、それに対応した音量でノイズを発生するタイプです。

そういうのが嫌いな人は別のものを使いましょう。 

 

そもそもサチュレーションを使う時点で色付け目的なので、このくらいのノイズは好意的に受け止めても良いと思います。

 

もとの100Hzサイン波だけだとこうなる。(倍音が出ているのはオシレーターの特性です。)

f:id:eki_docomokirai:20200703181902p:plain

ちょい高め、100Hzを鳴らすと、全帯域ノイズが出ていることを確認できます。(左端参照)

f:id:eki_docomokirai:20200703181707p:plain

全オフでもノイズが乗る。

f:id:eki_docomokirai:20200703181115p:plain

■付け足しハイレゾ目的ではいまいち

倍音付加で疑似ハイレゾにするテスト。

f:id:eki_docomokirai:20200703195754p:plain

もし歪み倍音で高周波を出して「なんちゃってハイレゾ」にしたいなら、別のサチュレーターを使った方がすなおな出力を得られます。

それでも付け足しハイレゾ的になるのは当然です。そもそも付け足してデータ上の見た目だけハイレゾにするのはまともな人間のやることではない。地獄に落ちる!

■応用

個別楽器への運用例。

ベースの「音色作りミックス」で何かと便利な「ロー基音から倍音発生」の設定を1バンド目に作っておく。むしろこの使い方を求める人の方が多いかも?

f:id:eki_docomokirai:20200703170215p:plain

アルゴリズムは「AMP」が綺麗に三角形になり、なおかつ奇数倍音が出てくれるので非常に使いやすい。

こういう明確な効果の出るプラグインは何かと役に立つ。名前だけのベースアンプよりも素直な倍音を生成してくれます。ハイカットしてから倍音を生成する音色作りで欲しいのは、結局のところ上のような三角形なんだし。

「いわゆるポピュラー音楽」のベース加工ではこういうことが頻繁に行われています。ベースの出音をそのままミックス、ということは私が知る限りかなり少ないです。

これは低性能の再生環境と高品質再生を両立させるための方策として生まれた手法だ、と私は教わっています。下記事参照。

eki-docomokirai.hatenablog.com

・さらに変則的なサチュレーター運用

サチュレータの運用はインサートである必要は無くて、センドで運用しても構わない。という古い手法がある。(send先でローカットしてからサチュ追加して戻す。)

ただし、センド運用だと元トラックのコンプ等との兼ね合い、ルーチング順序の都合で面倒が起きることもある。思いつきで実装せず、計画的に運用しないとダメだよね。

こんな妙ちくりんな使い方をするくらいなら、インサートで使えるマルチバンドサチュレーターがナウいよね、ということでマルチバンドのサチュを探していたわけです。

■クロスオーバー設定の有無

Quadrafuzzにはクロスオーバーの設定が無い。どうしても欲しいならMSaturatorMBでも使ってみれば良いと思う。アホかってくらい色々できる。

www.meldaproduction.com

これも実際に試してみたけど、パラメタが過剰だったり、制御が面倒くさいので却下した。

マルチパラメーターもいくつか作ってみたんだけど、GUI幅を取りすぎる。過剰なのに何かが足りない!Meldaの悪いところが全て出てしまった感がある。

f:id:eki_docomokirai:20200703170608p:plain

これに「全バンドに対するWetバランス」が付いていれば実用的だったんだけど、非常に惜しい。

で、その「全バンドのWetバランス」が付いてるのがQuadrafuzz、ということです。こういう仕組みが付いてることは大事です。

■付属Magnetoではダメなのか?

個人的には好きになれません。

「良いッスね!」と推薦している人が多いけれど、悪い意味でアナログ音になりすぎてあまりにも汚い。そういう音が欲しいならそれで良いんだろうけど。

 

高機能っぽいプラグインを使う時にまず考えるべきことは「それって本当に必要か?」という批判的視点です。

上のQuadra FuzzやMeldaのマルチバンドサチュと同様、高機能なものの場合「せっかくだからつけておいた」という過剰な機能や実験的なものが散見されます。

必要な機能はどのコンポーネントか?という取捨選択をすることが何より大事です。

 

そんなもんつけるならインアウトゲインとミックスバランス付けてよと思う。この3つはどんなプラグインだろうと絶対にプラスになる機能なのに、アナログ機器の見た目だけ真似するのが流行している時代だからついているものが少ない。

Magnetoはインプットゲインが無いので非常にきつくかかってしまう。そりゃまぁ派手にアナログ色付したいだけなら良いんだけど。ついでに言うと、インプットゲインが無いのにVUがある。このVUは見ても全く無意味です。

Magnetoの地雷機能は、左下のDUALモードと、右下のHI-ADJUST。この2つは触らない方がサチュレータとして使いやすい。

 

DUAL MODEオフ。(左下のレバースイッチ)

f:id:eki_docomokirai:20200703185455p:plain

f:id:eki_docomokirai:20200703185505p:plain

 

DUAL MODEオン。

f:id:eki_docomokirai:20200703185615p:plain

下が変に凹む。

f:id:eki_docomokirai:20200703185618p:plain

でもこのおかしさも「色付け」という言葉でOKだと思うなら使えば良いと思う。

Magnetoを常用している人でも「なんか狙い通りに行かないなぁ。でもまぁ良いか」という曖昧な使い方をし続けている人は多いはず。

暇な時にちょっとで良いからプラグインの特性チェックをしてみることをおすすめします。そうすれば何がどうおかしいのかすぐわかるはず。 

 

ところで、このMagnetoの名前は「II」なのか「mkIII」なのか。

f:id:eki_docomokirai:20200703185848p:plain

追記。Cubase10以降でまた変わっているようなので、特性チェックをしておくことを推奨します。

 

■サチューレーターと遠近感

古くは「遠近感はリバーブでつける」とされていました。が、リバーブはあくまでもリバーブ効果を付け足して『リバーブのかかった音になる』だけで、別に遠い音になるわけではありません。というのが私の考え方です。

「考え方」というと個人的主張のように思われてしまいそうなので補足すると、昔はさまざまな音響コントロールが自由にできなかったので、仮想的にリバーブは遠近感の「見立て」として表現・解釈されていました。特にSC88Pro等のMIDI音源時代にそのメソッドが広まりました。こうしてリバーブが多いことを「遠い」と言うようになった経緯があります。(諸説あります)

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

一方、マイクの近接効果で知られている通り、近い音は高い音と低い音が鮮明になり、歪みが起きる可能性が高くなるものです。耳元でのささやき声では低音と高音が鮮明になることをイメージしてもらえばすぐに理解できることと思います。すなわち遠近感とはハイローEQであり、音量によってハイローが上下するということは等ラウドネス曲線です。

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

この要素のうち「高い音成分の多さ」「歪みやすい」を表現するために、サチュレーションの分量を使うことがあります。つまり、EQでハイ上げをする代わりにサチらせる

EQは鳴っている音程と無関係に特定の周波数帯域を上下させます。一方、サチュは鳴っている音から算出される倍音を付け足します。この差が結構大事だと思ってる。

--------------------

単純に「高い成分」「低い成分」の表現なら、EQでシェルビングかカットを使えば良い、というやり方もあります。

Proximity effect (audio) - Wikipedia

要するにクリアで派手な音は近いように錯覚する、という方針です。

そういう表現のためにもQuadrafuzzのような細部まで管理できるマルチバンドサチュレーターは便利ですよ、ということです。

 

何言ってんだこいつ、と思った人はワイルドに歪ませていれば良いと思います。長々書いてるわりに些細な話でしかないので。

© docomokirai 2017 無断転載、商用利用ならびに「音響DTM系のアフィリエイト広告を主目的としたウェブ活動」での利用を禁ず
レッスン案内はこちら。  寄付はこちら