eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

1月と言えば吹奏楽ソロコンクール

この季節になると思い出す、学生時代の吹奏楽の話。と言っても「いわゆる吹奏楽部」とはあまり関係のない「ソロコンクール」の話です。恋愛要素無し。

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(2020年1月7日更新)

 

■きっかけ

今でも、年末年始になると1月15日のさまざまな出来事を思い出します。

この土地に住む吹奏楽部員の数人にとっては、夏の団体コンクールよりも大事な「ソロコンクールの日」でもあります。 

中学1年の時。先輩の誘いでOBのソロコンクール演奏を聞きに行きました。

超絶イケメンで評判のよいOBでしたが、正直なところ演奏は自分のほうが上手いと思い、次の年から自分もソロコンクールに参戦しようと決意。 

部内で扱うレベルの曲は数分あれば何でも演奏できる優等生だった。演奏予定の無い曲も倉庫から引っ張り出して練習台にしていたし、エチュードも片っ端から演奏できていた。しまいにはプロのCD演奏を耳コピしてソロ曲の練習もしていた。もちろん中学生なので、音符の上っ面を演奏できる程度なんだけど。じゃあその音符を並べる程度のことなら他の人はできるのかというと、まず無理だということは分かってもらえると思います。

やる気のない部員との団体演奏は、やる気もセンスも無い奴に足を引っ張られている感しか無かった。ボクシング用語に「パウンド・フォー・パウンド」(PfP)という言葉がある。

パウンド・フォー・パウンド - Wikipedia

体重別で競い合うボクシングで、もし体重差が無いとしたら誰が一番強いのか?という評価方法だ。全楽器の垣根をとっぱらい、誰が一番うまいか?どう考えても部内のPfPは明らかに俺だったのだが、ソロコンクールでは他校の同学年ユーフォ女子の方が成績が良く、ソロコンクール初参戦は予選敗退。敗北に終わる。

井の中の蛙と天狗は死んだ。

■中学2年の敗北

自分の演奏と何がそんなに違うのか?と悩みに悩んだ。で、思いつく限りの練習に取り組むことにした。

 

合同レッスンのために遠方まで行き、そこでもらったエチュード※の楽譜を徹底的に練習し、同じ集まりに再び出向いた時に成果を聞いてもらったら「あのねぇ、これはそこまでやりこむ曲じゃないんだよ」と呆れられつつも「どうしてそこまでやりこんだ」と褒めてもらえたりした。 

※なお「エチュードの楽譜をもらった」というのは、厳密に言えば著作権法に違反する行為だが、当時の現実を知る人なら「まぁそんなもんだったよね」と分かってもらえると思う。1980年代ですし。ファミコン現役時代ですよ。 

 

レッスンの休憩時間には、周りの大人からいろいろな難曲の楽譜を見せてもらい、その場でそれなりに演奏してみせたら「なんだこいつきめえ」的に笑われていた。

具体的に言うと『ドラゴンの年』の3楽章。

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こんな曲。

www.youtube.com

こういう曲を初見でそこそこ演奏である程度演奏できる中学生だった、ということです。 

その後、受験勉強などを建前にして、ホンネは「部活のレベルの低さにうんざり」という理由で退部。

OBから個人的に音楽のあれこれを教わる生活になった。

 

そこで教わったことは今でも生きていると本当に痛感しています。大人になった後にも再会し、短い時間でしたが当時の感謝を改めて伝えることはできました。

■高校1年の冬

高校1年で再び吹奏楽部に入部。大したことのない部活だったので、ソロ演奏の上達のみを目指して黙々と練習していた。

 

(ソロコンクールの話なので、部活の惨状については、中略。)

 

が、ダメ。

高校1年の冬も同じ奴に敗北。

 

ソロコンクール終了後、他校のスケバン先輩(社長令嬢の美人だけど不良)から呼び出され「おい、来年こそあのクソ女を倒せよ?」と脅しめいた応援を受けた。

スケバン先輩の話は長く、一方的だった。

曰く「団体コンクールで負けるのは他人のせいかもしれない。でもソロコンクールで負けるというのは自分の責任だ。」スケバン先輩の悔しさは100%分かる。

そして何よりも分かるのは、たぶん彼女も自分の学校では部活に辟易していて、個人戦に対する情熱を語れる相手がいなかったのだろう。

 

■高校2年の冬へ

高校2年目。

自分の学校の部活がつまらないと文句を言って、優秀な奏者が数人退部してしまった。でも、環境に文句を言っても仕方がないんじゃないか?という正論に気が付き、それを実行する、マッチョすぎる思想になっていた。

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中学校時代の先輩に連絡をとり、他校の練習にも出入りする「武者修行」をするようになった。他にも練習場所として父の会社の倉庫や事務所を貸してもらったり、中学校の指導に行ったり、部活自体が暇な環境をプラスとして扱うようになっていた。

そうして楽器を担いで東奔西走しているのを見て応援してくれる部員もいた。何度か出入りしているうちに他校の生徒も「ソロコンクールがんばれよ!」と期待をかけてくれた。 

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そんなこんなで高校2年の冬にようやく勝利した。

やった曲はゴードン・ジェイコブの『ファンタジア』。

www.youtube.com

上の動画のとおり、超一流どころのプロ奏者もリサイタルで使う定番曲です。音大入試の過去課題曲として前年に入手して練習をしてあったのでコンクールで使った。 他にもレパートリーは開拓してあったけど、「序盤にミスをしにくい」という実用性、「場面が多彩」という訴求性の高さからこの曲にした。

 

結果発表が終わった時の会場ロビーにて。

ライバルのユーフォ女がこっちに来て「ついに負けちゃったか」と一言。

中高4年間を通して交わした会話は後にも先にもこれだけだった。

 

予選を勝ち上がっての本戦では、そのユーフォ女の過去成績を上回るかなり順位の成績だったので納得してもらえたことと思う。

 

なお学校からは何も褒めたりしてもらえていないので、愛校心・帰属意識というものが育まれることは無く、ひねくれた青春観だった。

 

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一般大学に入学し、上京した春。

指導に来ていた音大教授の先生から「今すぐうちの音大に入り直せ」と言われた時、ようやく報われたと感じた。「学費を免除していただけるなら」と答えるしかありませんでしたが、この最大級の評価はソロコンクールを通じて関わり合ったすべての人によるものだと思い感謝しています。

今は一切演奏をしなくなりましたが、その経験は今も生きていると実感しています。学外に全力をぶつける場があったのは幸福だったのだと思います。

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