質問があったの、回答がわりに位相の話の続き。
説明になってるかどうか分かりませんが……
(2019年6月30日)
位相の話とオシロスコープの話があったので、せっくだからブログのネタにする。
位相の話については過去記事でさんざん書いているのでそちらをどーぞ。
eki-docomokirai.hatenablog.com
■オシロはそもそも音楽の道具ではない
・道具の特性
言うまでもなくシンセもテスト波形も、EQもオシロスコープもスペアナも、いろいろな品質のものがあり、どれも一長一短です。
なので「オシロの表示が云々」と言われても、どこのどんなオシロを、どういう接続で使って、どんなEQをどんな設定で当てたのか知らないのでなんともお答えできません。
更に言えば音楽の道具として使うなら、むしろクソ品質の方が助かることさえあります。
・ちゃんとしたオシロスコープのキャリブレーション
ポンと買ってバンと使えるわけでもないので、実機を買おうとしている人は気をつけたほうが良い。まじで音楽的にはほとんど意味無いから。
もし使うなら用途に合わせて調整しましょうね、という話。
音楽用途(※)に特化しているプラグインの場合、こういう機能は無いです。まったく不要だからです。
で、これを見てのとおり、ものにもよるけどオシロで見て「上(下)に偏って表示される!」系のことは普通です。ちゃんと使うならちゃんと調整しましょうとしか言えません。
(※)「音楽用途」と言っても、電源・電流の特性まで気を使う場合には、広い意味では音楽用途になるのでしょうが、それを言ったら建築の道具も音楽の道具じゃね?となってしまうので、必要以上に考えない方が毛根にやさしいと思います。
電流≒磁力が関係する分野とか、振動(耐震)とかにもオシロスコープは使われています。むしろそっちの方がメインのはずです。
電流も地震も、音と同じ「波」なので、その測定に使われるわけです。
・計測具は調整してから使うもの
スペアナの調整が音楽的に極めて重要ですよ、という話は過去記事でさんざん書いたので、そちらをどーぞ。
eki-docomokirai.hatenablog.com
・実機最高という幻想
「実機を買えばどうとでもなる」という勘違いをしている人が多すぎると思います。
特にDTMしかやっていない人は実機というものをナメすぎです。
実機はインテリアではありません。
買った後に初期調整をしたり、経年劣化のメンテをする必要があります。
メンテを任せる専門家に頼むためには郵送だと移動時の破損もあるので、可能な限り直接持ち込むべきです。ネット通販で郵送時に破損が起きる可能性があるのと同じです。精密機器ではなおさらのことです。
もちろん自分自身でバラしてメンテができるのがベストなのですが、そういう技術を身につけるためには楽器1つをマスターするのと同等に、何年もの修練が必要です。
メンテをナメてはいけません。DIYで犬小屋を作るのとはわけが違います。
・個体差
また、DTM系のソフトウェアと違って実機には「個体差」という概念があります。
測定器でもシンセでも同じです。PCのメモリを買って「初期不良ガー」と言っているのとまったく同じで、物理的な装置には必ず個体差があります。
個体差があるのは音楽の道具でも自動車でも鉛筆でも同じです。ギターやサックスにもスピーカーにも個体差がありますし、ギターの弦にも個体差があります。
ソフトウェアだけでやっている人はそういうことを見落としている人が非常に多いです。
これについては言いたいことが山程あるので、またそのうち別の記事で。
■音楽の話
音楽制作で本格的なオシロが必要とされていないのが原因でしょう。たぶん。
手持ちでたまに使っているオシロはMeldaとSteinbergのものですが、「ちょっと調べたいなぁ」と思った時に使っても、いつも肝心の情報を検出できないです。
・表示形式の話
ゼロクロスポイントをどう検出するかの形式の違い。
下右画像のように、ゼロ開始で固定できるモデルの方が音楽用途では使いやすい。と某詳しい人も言ってた。
そりゃそうだよね、と納得してもらえると思う。
シンセの音色特性のチェックや、エフェクタ等のノイズ乗りチェックなどで使えます。
・(検査の話)EQでの操作例(1)
基音(440Hz)を周辺を狭くスイープしています。
「下側が偏って加工される」と感じるのであれば、それはたぶん下側が加工されやすい加工をしてしまっているだけです。
この動画では下側に偏っていますが、EQのゲインをカットに変えたりすれば、オシロはまったく逆の表示結果になります。下参照。
・(検査の話)EQでの操作例(2)
基音(440HZ)周辺をスイープし、倍音まで上がって行きます。
左のEQは表示幅をやや広げています。
gifアニメ画像がリピートして戻ったあたりでは、オシロの上側が大きく変動して見えるはずです。
大きな周期=低い周波数に影響が与えられた時、まず変化が起きるのは大きな波から。
高周波数帯域の加工に入ると、その大きな波の中に小さな波が乗っているように見えます。
・細すぎるEQがダメな理由
特定の音の時だけ、その音の基音や倍音だけが失われます。
それは「EQはカット方向に使え!」という方法論でも同じです。
細く削るのは位相的には御法度です。
なぜ「EQはカット方向に使え!」なのかというと、位相が乱れた音になっても「音量が下がる方向だから目立ちにくい」だけのことです。カット方向だから位相が乱れないのではありません。オール・オア・ナッシングで考えるのをやめましょう。
・(実用の話)シンセでの音色作例
オシレータを2つ立ち上げ、片方のFine Tuneを+1してあります。
見えやすいようにSaw+Sineの組み合わせにしてあります。
これはEQでスイープなど一切していません。
デテューンによる「音程うねり」です。
どの鍵盤を押しても「基音も倍音も同じだけずれた音」が平行して演奏されるので、特定の音の時だけうねりが変わるということはありません。
基音も倍音もずれるので、常に均一な乱れとなり、これは音楽的な応用性の高い音色だと言えます。EQで捻じ曲げた音とは位相特性が異なるということです。
・シンセのデチューン
上のシンセ加工は音楽的には「デチューン(detune)」と呼ばれる音色加工です。
セントで±3~7、人によっては±14などの音程差を作ります。
高いor低い、片側だけに音程が偏るのを嫌う場合にはオシレータを3つ使い、センターと上+下でセットします。
余談ですが、デテューン音程は高い方向に偏らせた方が音ヌケが良いです。
が、ボーカルが入る曲で、なおかつボーカルが低めに偏った歌い方をする場合にはその限りではありません。
が、そんなことにこだわってシンセ音色をチューンする人はあまりいません。メジャー流通曲でもそこまで考えてない音の方が多い印象です。
が、偶数発音でのデチューンの場合、結果としてどちらか片方に偏っていることになります。
±0を使う方法もありますが、一長一短です。
もしデチューンしたシンセの音が他の楽器とうまくミックスできない場合、EQでどうこうするのではなく、+-0の音を入れるか消すかしてみると綺麗にはまることがあります。「はまる」と言いましたが、これには数学的に周波数が完全にマッチするという意味もありますし、逆に常にずれることで浮き立つという意味もあります。「ミックス的にはまる」という意味です。
クラシックの演奏では「純正律ガー」と吠えている人がいますが、実のところ音程をずらした楽器を浮き立たせるというコンセプトもあります。音程が完全に合っているとソロの音が伴奏に馴染みすぎて地味に聞こえてしまうからです。ソリストが意図的に音程を高くすることがあります。その上でビブラートを的確に駆使することでソリストの「音が立っている」状態になるわけです。ブラバン出身者などが初歩の訓練レベルの話だけで「純正律ガー、音程ガー」と言っている声が大きすぎるので、情報のS/N比が悪くなっています。中途半端なクラシック者には気をつけましょう。
同様に、ギターの音程も若干ずれているから「音が立つ」わけです。
コンピューター音楽の登場によって完璧な純正律による演奏が可能になったのですが、それが本当に良い音だったかというとそんなことはありませんでした。そういう実験は何十年も前に私を含め多くの人が実装し「ダメだこりゃ」という結論に至っています。
・セントとヘルツ
音階と周波数にある表を10分くらいちゃんと読めば小学生でもわかります。
「うわ~、数字がいっぱいある!怖い!」と思っていると何も得られません。
セントとヘルツは全く違うモノサシだということを知らなかった人はちゃんと読んでおいてください。
答えだけ言うと、
・超低音が2桁ヘルツを演奏している時に1ヘルツ動くと大きな音程差になる
・その基音から生じる高次倍音が5桁にあるとして、そこで1ヘルツ動いても何も差が無い
・2桁ヘルツの超低音が少しでもずれると、5桁にある高次倍音は何百も動く
音楽で使う単位について興味がある人はデシベルとホーンについても調べてみることをおすすめします。
・雑学マウンティングをやめようぜ?
まぁこんな知識があっても「音楽家」としてレベルが上がるわけではないです。音楽の実務では雑学情報でしかありません。
文筆家がフォントについて知っても文章の内容は改善されないのと同じです。「えー!サンセリフも知らないのにライターやってるとか、あなた本当にプロなんですかーぷぷぷ」と笑うことはできても、文章の内容で勝てるわけではありません。
分野が違ってもそういう雑学レベルでマウンティングする人って多いですよね。
「ヤマハやオンキヨーの10万円以下のスピーカーなんか使ってて本当にプロなんですかーぷぷぷ」と笑うDTM「er」の人が大変多いようですが、知人のガチプロ作家の人は「付属音源の音をノーパソからテレビのスピーカーにつないで鳴らしてる」「ローランドの電子ピアノから直結してる」という人もいます。
DTMモニター環境マウンティング的にはド素人としか思えない装備で、音楽をナメていると思う人もいるかもしれませんが、音楽って宅録DTMだけじゃないですよ。
・生楽器のデチューン
音程ズレの話に戻す。
大勢のストリングスやコーラスなど、同じ音色のはずなのにわずかな音程の違いで「生デチューン」あるいは「コーラスエフェクト」が生じます。
もちろん常に一定のズレ方ではないので、それが良い感じに「生らしさ」となります。
演奏している位置による違いもあるので、音の到達時間の差、つまり距離の位相によって1つ1つの音の聞こえ方が変わります。
演奏位置が違うということは音が飛んでくる角度も違うので、左右の耳の位相差も生じます。
ゴスペル等のように、1本のマイクに向かって数人が歌っている場合にも距離差による位相差が生じます。
つまりシングルオシレーターのシンセを複数使い、擬似的に角度や距離をシミュレートすれば、シンセ内部で行う古典的なデチューンとは異なる効果を生み出すことも可能でしょう。
・シンセからオーディオとして書き出した際の問題
それはそうとして、
おい、そこのお前。こいつをどう思う?
Sawは逆相スタートの上、位置が合ってない。しかもかなりエッジが舐めている。
Sineは完全に逆相。
で、終わりがこうなる。
普段から波形を眺めている人にとってはゾっとする終わり方ですね。これでは完全にプチった音になります。
が、これは当たり前。
言うまでもありませんが、シンセのアタックとリリースはすこし丸めておくのが常識です。無難です。
よくできているシンセはこの辺がしっかりしているとも言えるし、逆に、しっかりしていないことによって「音楽的な使いみち」が認められてきています。また、言うまでもなく実機ではADDAによって自然と丸まります。上の問題は内部完結する際に起きるデジタル問題です。
書き出した波形が綺麗な位相になっていないからと言ってクソシンセだというわけでもありません。位相マウンティングをやめましょう。
こういう位相的不具合を抑え込むためにインサートリバーブやテープシミュレーター、アナログ通し(≒テープシム)などの加工に価値が出てくるということを理解しましょう。
■クソ音であることを楽しもう
検査の結果が数学的に美しいかどうかは、楽器としての良し悪しとはあまり関係がありません。
音楽を作る人が重視するべきことは、そういう「おかしな音」をどうやって楽曲の中で使うか?を見つめることだと思います。
だって、オシロで波形見るまで変だとさえ思わなかったのが、見てしまったことによって気になり始めただけでしょ?