eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

ミックスの前工程としてのアレンジ技術(1)

「ミックスではどうにもならないからアレンジに戻れ」という言葉も聞いたことがあるはずです。この記事では「ミックスの前工程としてのアレンジ技術TIPS」として読んでもらえれば幸いです。具体的な譜例や音源は無し、テキストのみです。

(2020年5月18日更新)

 

■海外翻訳記事の紹介

まずこちらの過去記事から。

eki-docomokirai.hatenablog.com

上の翻訳記事の中で述べられていることの他、この記事では私のアレンジャーとしての立ち位置から 「ミックスが上手くいかない時、アレンジでどう対処するか?」について書いておきます。

 

海外記事で同様のことを言っているのがこちら。

theproaudiofiles.com

The moral of the story and main takeaway from this article is that mixing is an extension of the production phase, and really nothing more.
(ミックスは音楽制作の後工程でしかない)

There is a ton of emphasis put on mixing, so much so, that mixing is often touted as the difference between “pro” and “amateur” production.

(プロとアマの違いとして強調されすぎている)

In reality, great productions basically mix themselves, and the mixers of the world are just here to tie it all together and maybe catch the things that inevitably fall through the cracks.

(良い作品は音符と楽器がすでにミックスしている。それを補佐するのがミキサーの仕事)

Arrangement and instrumentation are the real cornerstones of great production.

(アレンジ、楽器の使い方こそが基礎である)
(編者注)

日本のDTM界隈も同様で、やたらとミックスミックス言ってますが、ちょっとおかしい風潮だと言わざるを得ません。

アレンジが適切なら、ミックスで行うことは少なくなります。

 

ネットで配布されている、いわゆる「ミックス練習素材」を試してみたことがある人は知っているはずです。そういう音源はオーディオを並べただけで、すでにかなりの完成度です。

 

英語の記事なんか読みたくねーよ!日本語でねーのかよ!と思った人は下のリンク先記事を読むだけで良いと思います。

96bit-music.com

アレンジが完璧レベルになると

イコライザーやコンプといったプラグインをかける必要はありません。

なぜならすべての楽器が適材適所で有効的に働いているからです。

これに尽きる。

ほんと分かりやすくて短くて素晴らしい記事を書く人だなぁと思います。 

「ミックスの前段階としてアレンジをきっちり仕上げる」 ということを重視し、ミックスはあくまでも下流工程として存在する作業だと認識しなければなりません。

 

もちろん、微調整や色つけによる差別化のために「薄化粧」のEQを使うことはあります。が、そういう微細な加工の有無が分かるレベルの人はそうそういません。

 

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■器楽的アプローチ

単一の楽器の運用法が「器楽的アプローチ」です。

 

器楽的アプローチは、

  • 主旋律時(メロディ・ハモ)
  • 副旋律時(オブリ)
  • 伴奏時(バッキング・コード)

に分類できます。

 

それぞれに「その楽器らしく」するための方法があります。

逆に言えば、その楽器らしくない間違った使い方があります。

 

いろいろな音楽を聞いて手数を増やしましょう。

ネガティブな言い方をすれば「楽器ごとのうざさ」と思ってもらって構いません。

最も「うざい器楽的アプローチ」はソロです。

最も「おとなしい器楽的アプローチ」は「機能コード・和声のみを担当」です。

主役になる時と、脇役になる時で、使い方が大きく異なります。

もしこの考えかたがイメージできないなら、ドラマや映画で脇役が変に目立ってしまっている状況を想像してみてください。


■アンサンブル的アプローチ

複数の楽器の組み合わせがアンサンブル的アプローチです。

  • メロと伴奏の組み合わせ時
  • メロとオブリの組み合わせ
  • 複数楽器による同性質の伴奏

担当箇所と使用楽器によって器楽的アプローチの選択が変わってきます。

アンサンブル的アプローチの概念として「この楽器のこの奏法と、あの楽器のあの奏法の組み合わせ」があります。

ここがちゃんとしていれば、ミックスでやることはほとんど無くなります。


■シーン的アプローチ

イントロ・ABメロ・サビなどを「シーン」と呼びます。

そのシーンで表現されるべき雰囲気を作るために、どのようなアンサンブル的アプローチを選択するか?

コード・和声による表現を重視するのであれば、器楽的アプローチ等は抑えることになります。コード・和声によるアピール力が弱いのであれば、器楽的アプローチによってシーンに説得力を付与する必要があります。

 

「器楽的・アンサンブル的アプローチ」がワンパターンだと、そのシーンで表現したい雰囲気を実現できません。

 

雰囲気の表現ですから、この時点で「単一音色作り」のためのミックス技術を駆使することが前提となります。

シーンの雰囲気を表現するために個別トラックはエフェクト込みで録音されることを「掛け録り」と呼びます。例えばエレキギターの演奏のほとんどは「掛け録り」されるのが普通です。そして多くの場合、掛け録りを「ミックス」と呼ぶことはありません。

 

全てのエフェクトが「ミックス工程」になってから用いられるという考え方は完全な誤りです。「エフェクトをかける=ミックス」という考え方ではなく、何のためにツールを使うのかを常に考えましょう。

掛け録りのエフェクトを行う際、他の楽器との共存を意識する必要はあまりありません。好きなように派手な音を作れば良いだけです。あとで(本来の意味の)ミックスをする時に他の楽器とバランスを取る調節をするからです。

 

雰囲気は楽譜だけで表現できるものではありません。もし楽譜で製作を行う場合には、文字でどのようなサウンドを求めるか記述しておくことが欠かせません。


■構成的アプローチ

シーン配置の順序と繋ぎです。

・フィル

最も重要でシンプルなものは「フィル」です。

フィルは主にドラムについて言及されますが、他の楽器にもフィル的な運動があります。(器楽的アプローチ)

下手くそな曲でフィルが入っていないのは論外で、上手な曲ではどのようなフィルでシーンを繋ぐかを入念に考えます。ワンパターンではいけません。

フィルは前後のつながりを滑らかにするため、もしくは劇的に変化をつけるために存在します。

 

どの楽器がフィルをもっとも大きく鳴らすかは「アンサンブル的アプローチ」の延長として考えます。

フィルの他では「アンサンブル的アプローチ」に用いる楽器編成と、その奏法(器楽的アプローチ)の組み合わせで、楽曲の構成によって楽器と奏法の出し入れが重要です。おとなしく演奏していた楽器がうざさを増すことによって、相対的に次のシーンの迫力が増大します。

 

例えばサビで最も迫力を出したいなら、ABメロでは器楽的(アンサンブル的)アプローチのうざさを意図的に下げておいて、サビで最大のうざい器楽的アプローチを行えば良いということになります。
いずれにせよ、構成的アプローチは相対的なものです。

「サビで迫力が無い曲をミックスでどうにかする」という方針は無駄です。仮にミックスで飛び道具的な手法を用いてサビの迫力を増大させようとするなら、そこで用いるミックス手法は邪道なものになるでしょう。

よく言われている「ミックスじゃ無理だからアレンジを直せ」とはこういうことです。

アレンジの時点でちゃんと迫力が増すように設計されているなら、ミックスの技術は通常のミックス技術だけでOKです。おかしなミックス技術を使わなければいけないということはアレンジが悪い証拠です。ミックス作業なのにアレンジ的な創意工夫が必要になってしまった時、ちょっと考え直してください。


また、フィルは単純なドラムフィルのように定型句的にとりあえず挿入されるものもあれば、次のシーンに向かって長い時間をかけて繋ぎを行っていくものもあります。近年のEDMでは「ビルドアップ」と呼ばれているアレです。非常に効果的で、お客さんにも伝わりやすい汎用性があるので広く使われています。

A・B・サビの構成の場合、Bが淡々と進んで、サビで急に盛り上がるスタイルと、Bで徐々にパワーを増してサビに繋ぐスタイルがあります。

この構成繋ぎを最適化するためにコードワークはアレンジ工程で修正されます。作曲初期にメロディに添えていただけのコードワークでは適切な繋ぎが行えないことがほとんどです。

「とりあえずコードがメロディにハマっているからOK」という考えは間違いです。そのままアレンジを進めても、表現したいシーン構成にはなりません。当然ミックスでどうにかしようとしても無駄です。

胃袋さえ満たされれば満足な食事と言えますか?

食事の満足度を高めるためには、さまざまな工夫・演出が必要です。

 

・コードワークとクラシック和声

細かいことは書きません。大雑把にだけ書きます。

 

いわゆるポピュラーコードの理論とは「クラシック和声から転回形の概念を省略し、大雑把に習得しやすくしたもの」と言うことができます。

転回形が無いということは、ドミソ(C)とソドミ(ConG)を同じだと扱うということです。

よって、ポピュラーコード理論ではしっかり意識しないとトップノートとルートの扱いが雑になってしまいます。

 さらに、鍵盤とギターで簡単なコード伴奏をすると、雑な音楽になってしまいます。これは器楽的アプローチから自明です。

ポピュラー音楽で自由なトップノートの扱いとコード伴奏を同時に行うのは事実上不可能に近い、超絶技巧だと思うべきです。アンサンブル的アプローチで楽器を上手く運用しなければなりません。

 

逆にクラシック和声(それも学習段階レベルの)だけだとボイシングが薄くなってしまいます。「和声的に書く」ことはあっても、「学習段階の和声だけで曲が出来上がる」ことは絶対にありえません。理論学習はスポーツにおける筋トレであり、試合中に筋トレをする選手はいないということです。

 

両者の美味しい要素を上手く消化しなければいけません。

eki-docomokirai.hatenablog.com

■メロディやコードの改変

要求されるシーン構成によっては、メロディを部分的に改変する必要が出てきます。

良い子向けのポピュラー作曲の教科書では「メロディは絶対に変えない」とされていますが、自分の曲の場合や、メロディ変更許可を取れる場合であればメロディは改変できます。良い音楽を作ることが最大の目的なら「メロディは絶対に変更しないのが正しいアレンジ」という考えにとらわれる必要はありません。

 

また、コード理論の高度な運用はこういう場面でこそ試されます。(リハーモニクス

メロディを変更せず、雰囲気をより良い方向に操作していくために高度なコード理論が存在すると言っても過言ではありません。コード理論に興味が強い人は、作曲初期段階で用いられる「メロにコードをはめこむ」方法の習得だけではなく、シーン構成を踏まえたコード理論の学習をすると良いでしょう。

アレンジを志すなら、作曲初期にだけ使う簡単なコード進行を作るだけの初歩理論は卒業しましょう。その壁の外にアレンジの世界が広がっています。


■アイディアの衝突回避

作曲初期はアイディアを出しまくる「足し算」です。

最後には「引き算」が必要になります。

多くの楽器が動きまわって非常に主張が強くなりすぎると、陰影が明確に表現できません。どれかの楽器が一歩下がってアピール度を減らし、聞かせたい要素を相対的に浮き彫りにするか?この選択をベストに行うことが何より重要です。

まずは徹底的に「足し算」で各トラックを書くことです。それから不必要にでしゃばっているトラックを「引き算」しましょう。

慣れてくると最初からバランス良く作ることも可能になります。(そして、より高度な欲求のために活動するようになるでしょう。)

 

ほぼ全てのアマチュアの人は「足し算」が足りません。「引き算」を考える状態に達していません。言葉だけ知っている「引き算」を行使するより、まずは徹底的にアイディアを出せるようになるのが良いアレンジャーへの第一歩です。

 

 

■ここまでのまとめ

上の概念についてどこまで具体的に実装できるかが重要です。

試しに、上の概念について自分がどの程度の知識と具体策を身につけているかテキストで書きだしてみるのが良いと思います。

「なんとなくコードとメロディができて、あとはミックスでどうにかしよう」という考え方は誤りです。先を焦ってはいけません。どうせミックスが上手くいかず、アレンジに戻ることになります。焦らずに徹底的にアレンジを煮詰めておけば、ミックスはあっさり終わります。特殊な加工ができる最新プラグインは必要ありません。


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■習得のヒント

こうしたアレンジ諸技術を習得するために私が提唱している練習方法は「トラックを個別にソロで聞いてみる」というメソッドです。

特定のトラックだけを聞いてみると、非常につまらない内容だったりすることがあります。そういう陳腐なトラックをしっかりしたトラックに改良していくことで「それっぽい説得力」が宿ります。

そのために必要なのは「個別トラックで手抜きをしない」ことです。

 

個別と言いましたが、同系統の楽器群はグループで聞きます。ストリングスグループ、ドラムグループなどのことです。メインメロディとドラム抜きで聞いてみるという方法もあります。弱い部分を隠そうとして得意な楽器で埋め尽くしているアレンジは、絶対にダメです。苦手な部分から逃げるのをやめましょう

 

 

■和声とは「周波数と音量」

和声の理解において最もミクロな考え方は「音楽とは周波数と音量でしかない」という認識です。

もうひとつ重要なのは、「和声とオーケストレーションはアコースティックによるミックスである」という考え方です。そして、オーケストレーションはクラシックのオーケストラにだけ使う技術ではなく、ロックでもEDMでも、あらゆる音楽ジャンルに応用できる万能の理論です。

 

余談。「オーケストレーション」は特にオーケストラ楽器向けの「管弦楽法」として語られています。一部の人が使い分けている音楽制作用語「インストゥルメンテーション」はあらゆる楽器とジャンルに対する「楽器法」として、より広く語られます。

狭い意味における「管弦楽法」に固執する人は『楽器法なんて言葉は存在しないよ』と主張していますが、ジャンル学習を広げていくとそれが逆だと分かっていくはずです。あらゆる楽器に対する「楽器法」という枠組みの中における1つの狭い領域として「オーケストラ用の管弦楽法」が存在するのだという認識になるはずです。

  

言うまでもなく、オーケストレーションにも学習段階と実践には大きな差があります。クソ真面目なふりをして管弦楽法の教科書を買って勉強したところで、そこで身につくのは「教科書にとって都合のよい名曲」を教材にした僅かな判例だけでしかありません。実践的なオーケストレーションというものは、クラシックオーケストラ以外のあらゆるジャンルの音楽に応用できる力です。誰もが知っているとおり、全ての音楽があなたの持っている教科書に沿って作られているわけではありません!

 

その考え方を理解していれば、学習和声にとどまらない実践的で魅力的なサウンドを作れるようになり、それはミックスの観点から見ても非常に合理的なものです。

 

ポピュラー音楽で名曲と呼ばれている曲の中で、応用和声的・応用管弦楽法的な観点で「これは上手くできているな!」と思える曲を見つけて分析してみることです。

逆に言えば、「これは名曲と呼ばれているけれど、技術的には甘い部分があるな」と分析することです。あなたがその曲を「好き」であることと「上手くできている」ことに関連性はありません。

ですからあえて「この曲がスゴい!」という例を一切あげません。誰かがすごいと言っていたから分析するのではなく、多くの曲を分析的な視点で観察し続けることでしか応用的な能力は身につかないからです。いじわるに聞こえるかもしれませんが、それしか無いと確信しているからです。


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■あとがき、とレッスン宣伝

どう運用するかについては無料で教えることはありません。長年研究し学習して習得してきたことなので、そうやすやすと赤の他人に教えることは沽券に関わるからです。

製作中の楽曲を聞かせてもらええればどういう方針で手直しするかについてアドバイスを行っています。

レッスン受講についてはSkypeID:docomokiraiまで連絡をお願いします。

 

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