曲の頭と終わりの無音時間のお話です。なんだか分からない人は「頭0.5秒、終わり1.0秒」とだけ覚えておけば良いです。理由があって他の数値にする人はご自由に。
以下詳細。
(2020年11月13日更新)
■はじめに
マスタリングの技術以前に「前後の無音時間」がないがしろにされていると感じています。
たとえばこういう海外マスタリングTIPS記事でも、
「マスタリングでやるべき11のこと」的な記事なのですが、曲の前後の空白時間に対してノータッチです。これの著者にとって当たり前すぎるから書いていないのか、呼吸するのと同じくらい意識せずに編集しているからなのか。ともかく片手落ちだと感じます。こういう記事から情報を欲しがるレベルの人にとって、本当に必要な情報は「基本のキ」のはずなのに。
こういうプラグイン広告屋に片足つっこんでる人たちは「このプラグインを使えばできる」系に偏った即物的な話ばかり。もしくは極度に精神的な話ばかりです。
今回はいわゆるマスタリング技術以前に必要な、もっとも初歩的な知識として「無音時間」のみについて書いておきます。
■結論は?
この手の質問を受けた時、私はただこう言うだけです。
「頭は0.5秒。終わりは1.0秒。」
明確な理論による異論がある人は、それを貫けば良いと思います。
・もちろん変えることもあるが、まずは基準を1つだけ暗記させる
無頓着にやっている人に教える時に「短いものでは0.1秒のこともある。曲のテンポやアルバムの前後の曲によって云々」と詳細な情報を教えたところで、ブツ切りしてるレベルの初心者が覚えられますか?ってこと。まずは義務教育や部活レベルの大雑把な覚え方で良いんですよ。
マスタリング系を語る人は質問者が入手不能な機材の話とか、経験が少ない人が知っても無意味な精神論を語りたがる傾向がある。要するにマスタリング系の人は教え方が下手。
この記事を読んでいる人は、たぶんマスタリングという作業について良く分かっていないはず。だったらまず1つだけ基準を覚える。その基準を基準にして、異なる情報を集めていけば良い。
これは義務教育レベルでは「地球は丸い」と覚えるだけでOKということ。厳密には地球は丸くないし、太陽の周りを「回っている」わけでもない。でもさ、そういう厳密さが必要になるのは専門家だけでしょ?
少なくとも「地球は平らである」というのは論外。つまり、マスタリングで『前後に空白付けない』のは論外だから、まずは頭0.5秒と終わり1.0秒をつけることだけを覚えてね、ということです。
■抽出結果を書いておくよ
実際に市場にある曲データがどうなっているのか?
私は定期的にこういう調査をやっています。やってない人は他人に質問する前に、ネットで検索する前に、手持ちの市販データをちゃんと調べる習慣をつけたほうが良いです。お友達のデータじゃなくて、少なくともメジャーレーベルから販売されているものを使ってね。
--------------------
以下は全て異なるアルバムCDから1曲ずつ選出したものです。あえてアマチュアによるマスタリングも入れておきました。
では開始。
・曲のアタマの無音時間
青はプロによるメジャー流通曲の仕上げ。
白と黄色はアマチュアによるものです。
時間は「秒」です。
・曲のアタマの例外処理
ただし例外的な処理をされている曲が2つ混ざっています。
一番上の0.0秒のものは、曲つなぎ演出のためです。
一番下の2秒以上のものは、曲間演出のためです。
「こういうのもあるよ」という紹介のために、意図的に選んでいます。
・曲の終わりの無音時間
(先程とは異なる曲たちの例です。)
曲の終わりの無音時間は残響音の処理と、(アルバムの場合は)次の曲との間隔を担当するので、資料価値は皆無です。が、せっかくなのでアップしておきます。
(※下の画像は見やすくするために20dBほどゲインしてあります。)
(白)アマチュア仕上げで残響音がバッサリミスっているものが2曲見つかりました。(うち1曲は次の曲とのシームレス演出。)こういうのがあるから、お友達のボカロ曲を参考にしてはいけないんです。彼らとの交流は音楽的に無価値なんです。(でも友達を作るのは大事だし、競い合うのも大事!)
こういう見落としを避けるため、波形データは必ず上下に拡大し、入念にチェックしましょう。
拡大した結果、もうひとつの大事なことが見えてきます。
(青、上から3番目)一流プロの仕上げでもブツ切り?かというとそうではなく、これはアナログノイズです。実際にはほぼ聞こえません。(この曲は後述する「曲アタマのアナログノイズ乗り」が起きている曲と同一です。)
・曲間の管理
今回の選出曲にはありませんでしたが、「アルバムにおける次の曲との間隔」を、次の曲のアタマでやってしまっている人がたまにいます。これも気をつけて欲しい点です。
よほどの演出意図が無い限り、アルバムの曲間の時間管理は「曲の終わり」でやるべきです。
曲のアタマでやると、「あれ?音鳴らないぞ?」と鳴ってしまいます。頭出しできないと何かと不便です。
■よくある話
・曲頭の無音が無い
DAWで作業している状態からそのまま書き出したものと思われます。
演奏開始小節からいきなり始まってしまいます。
絶対にやめましょう。
ラフアレンジの確認など、製作中のやりとりデータであればまだ許されるかもしれませんが。
・曲頭が極端に短い
独学による単位の読み間違いでしょうか。アマチュア製作で曲頭無音が0.5ミリセコンドのものがありました。
上の画像の単位は「秒」です。0.1秒、0.2秒……です。
・曲頭が長い
今回のサンプルにはありませんでしたが、アマチュアで頻繁に見ます。
1小節分ちょうどの空白になっている何も考えていないマスタリングです。
書き出し範囲の設定が面倒でプロジェクトの先頭から全て書き出した結果、1小節になったのだと思われますが、その曲のBPMいくつよ?
仮にBPM120で4拍なら2秒。
BPM240で4拍なら1秒(そんな速い曲なのか?)。
それらの中間のBPM180で4拍なら1.5秒ということです。
1小節の空白は長すぎます。絶対にやめるべきです!
これはラフチェック時でさえ嫌われますが、1つだけメリットがあります。
「53秒のパーンって音を小さくしてください」などの指示を受ける際に、相手側の秒数と、製作者の秒数を一致できます。
そもそもの話として、秒数のオフセット設定をしておけば良いわけですが、製作中のやりとりをスムーズにする効用があります。
eki-docomokirai.hatenablog.com
■空白部分が完全に無音になっていないのはNGなのか?
上で述べた「アナログノイズ」の件について補足します。
プロのマスタリングエンジニアでも「完全無音にするべき」と言う人と「多少のアナログノイズはあったほうが自然」と言う人がいます。
ただし、近年だと完全無音にしていないと「雑な人だ」と即断する人もいるので、よほど明確な意図が無い限り、無音部分は完全に無音にした方がベターです。
つーか、そういう人はメジャー市販のデータをちゃんと見たことがないアマチュアレベルだとしか思えません。上の例を見ての通り、グラミー受賞級の盤でもアナログノイズをブツ切りにしたものはいくらでもあります。
でも、実際問題として仕事レベルでもそういう「データの見た目しかチェックしない人」が増えてきているので、消したほうが余計な揉め事が起きないので無難だということです。
なお、こういう「特に意図がないなら無難に丁寧にやっとけ」という考え方を中庸思想と言います。(葬式に行くのにわざわざ奇抜な服装を選ぶ必要は無いから、とりあえず黒い服にしとけ、という考え方です。)
逆に言えば「自然なアナログノイズが無いからマスタリングとは呼べない!」と怒る人は存在しません。ローファイのざらつきを溺愛する人がどうしても入れたくて残すのがアナログノイズです。
白はアマチュアのデータです。
上から4つ目はおそらくプリリンギングによる低音波形の乱れが前にはみ出しているものです。たぶんね。もしあなたのマスタリングがこのような形になってしまっているなら、2mixと比較し直しましょう。マスタリングで雑な加工をした結果、プリリンギングが起きることはたまにあります。
他の白もアマチュアによるものです。
意図があってアナログノイズを乗せたとは考えにくい曲ですので、おそらくアナログモデリング系エフェクタの設定ミスによるものでしょう。波形を最大まで拡大表示(右上赤マル)するとかなり大きなノイズが含まれていることがわかります。
2mixの時点で入っていたもので、削除しても構わないなら消してしまいましょう。マスタリング終盤、曲の頭と終わりの無音時間チェックの時に、嫌でもこういう細いノイズが見えてくるので、その時に消すのがワークフロー的にもスマートです。
この点については、
等のサイトでも丁寧に対策が書かれています。
が、マスタリング時に『ノイズゲートで自動的に』曲頭・曲終わりのノイズを除去するのは絶対にやめましょう。必ず手動でやりましょう。
理由は曲中の音が小さい部分まで雑に削られてしまうから。リバーブの消え方とかガサガサにされてしまいますよ。
曲頭・曲終わりのノイズは別途しっかり手作業するのが正解です。エフェクタ一発でやろうという考え方は捨てましょう。
(ミックス段階でのノイズ取りとは全く別だと考えなければなりません。これはそのうち別記事で書くべきかなぁ。)
--------------------
いずれにせよ、メジャー流通の一流どころでも無音であるべき曲頭にノイズが入っていることは実際によくあります。
「曲頭が無音になってない!」と怒る人は、ちゃんとメジャー流通のデータを見ていないんじゃないかと思います。まーそこで議論しても溝が深まるだけなので「あっはい、さーせん」とか適当に返事して無音で提出し直せば良いだけのことです。
なお、酷い人だと最初の音にプリリンギングが出ているだけで「雑だ」とか言う人までいます。
上画像の一番下の曲(青=プロ)のものでもこういう状態のものはザラにあります。2010年頃のグラミー受賞曲です。どうしても文句がある人はグラミーに言ってください。「曲頭にノイズ入って0dBFSになってないからこの曲はクソだよ」とでも。
なおこの曲は曲末尾の無音時間のところで波形末尾を極端に拡大するとブツ切りに見える曲と同一の曲です。
・重箱の隅をつつく
じゃあそのプロのマスタリングの冒頭と末尾を拡大してみようじゃないか。
横軸で拡大すると、冒頭はアナログノイズに対してF/Iしていることがわかります。が、末尾はブツ切りだった。
文句がある人はグラミーに言ってください。ブツ切りだから賞を取り消せと。
何が言いたいかというと、プロのマスタリングだってその程度のものだ、ということです。
え?そんなのプロじゃないって?
そういう文句はグラミーに直接言ってください。私の曲じゃないから。
・「某オンライン・マスタリングサービスではアタマ0.1と言ってるけど?」
市場調査がなってないと思います。
0.1秒で開始される曲はとても少ないです。
が、そういうサービスが普及するに従って、「曲頭の無音は0.1が正解ですよ」と主張し始める人が今後は増えてくることになると予想されます。
でも0.1秒だと再生ボタンを操作した時の機器ノイズに耳が影響されているので、物理的に早すぎると思います。私は。
再生ボタンをポンと押して、指が戻るくらいの時間が無いと、どうしても唐突に聞こえるんです。
私は無音時間について教授する際「頭は0.5秒、終わりは1.0秒とだけ覚えて!」とだけ言っています。
概ねそのくらいが平均的だからです。
0.5で慣れておけば、0.0で始まるのが明らかに速く聞こえるから「あっ。いけね。頭に無音区間を作らなきゃ」と悟ることができるようになるからです。
頭が1.0秒だと教えると、せっかちな人に聞かせた時には無音時間だけで違和感を誘発しかねません。1.0秒の曲は明らかにワンテンポ遅く、ルーズに始まる曲です。そういう点においても「頭の無音は0.5」とだけ覚えておけばクライアント対処にもなるので便利なんです。
というわけで、
頭0.5秒
終わり1.0秒
とだけ覚えておけば、短すぎ・長すぎだと判断されることはまず無いので、非常に無難なんです。これで長すぎる短すぎると言われることはまずありません。
以上、今後もしあなたがマスタリングについて語る時、プラグインや精神論を語るより前に、必ず無音部分について語って欲しい「マスタリングで非常に大事なこと」でした。
■おまけ。愚痴
あえて苛烈に絡む。
私のこの記事のURLを出した上でツイッターでこんな投票をしている人がいた。
よく分からないのでリリース経験してる方に質問です…
— UNOME (@m_unome) 2020年9月5日
曲の頭に、再生時の音切れ防止用の無音時間(0.2秒〜0.5秒くらいらしいですが…)をいれてますか?
よかったら投票おなしゃす…🙏
私1人が言うことを信じずに疑ってかかるのはとても良いことです。が、その一方でツイッターの声なら信用するという姿勢はおかしいです。もしフォロワーに対するアンケート結果がド素人の投票で埋め尽くされて「無音入れてない」が多数派になったらどーすんの?それに従うわけ?
というか、ツイッターのアンケートはあなたをフォローしている人に対する内輪アンケートでしかありません。統計学という言葉を持ち出すまでもなく、アンケートとして成立しません。『友達がみんな言ってた』とか『村長選挙』と同レベルの茶番です。
キリスト教の教会で「ヒンズー教を信じますか?」ってアンケートしてるのに等しい愚行です。
せめて街頭アンケにしてくれ。
ていうか手元にあるメジャー市販曲を調べて平均を取ればそれが正解。そもそも私の記事やアンケなんて全く不要なんです。