実機TR-808のアタック特性について書いておきます。(分割記事)
(2019年8月9日更新)
■808キックの単一位相問題
サンプル集やPCMロンプラに入っている「808キック」のデータをいろいろ比較してみると、結構雑なものが多い。
下の画像はとあるサンプリングデータ集に入っていた808キックのサンプル。
拡大してよく見てみると、アタック位置が明らかに遅れている。
神経質な人はゼロ補正を掛けてから、再度サンプラーに入れ直しても良いんじゃないでしょうか。
ただ、いろいろな加工の結果として位相はどんどんズレていくので、ある段階でキックだけを書き出してみると、めちゃくちゃなことになっているかもしれません。(EQによる位相の乱れについては別記事で解説しています。関連記事参照。)
・実機808キックの位相は常にズレていたから良い音
ところが、ゼロクロスが合っていることが本当にベストかというと、実はそうでもない!
なお、聞いた話で正確なことは知らないんだけど、プレーンな状態のキックのサンプルの頭を意図的にカットし「プチ!」と鳴るようにした状態から加工を開始することで、よりアタックの強いキックになる。
実機808でもそういう出音をしていて、その「プチ」感がアナログ回路等を経由して加工されることで結果的に実機は良い感じのキックになっているのだとか。
品質管理的な観点から言えば欠陥品なんだけど、それが「音楽的に」良い結果になったのだそうな。
実機の808のキックは常にオシレータが揺れていて、それをVCA(アンプ)の開閉で出したり止めたりしている。鍵盤を押した瞬間にゼロクロスから演算を開始する「演算シンセ」とは発音の原理が根本的に異なる。
で、その「揺れている」波のどのポイントから聞こえるかによって、ゼロポイントから綺麗な上向きの正相になることもあれば、逆相で出てくることもある。ゼロクロスができない位置から発音されることもある。
で、実機808キック魅力は「ゼロクロスされていない状態」で起きる「プチ音」なわけ。そのプチった状態でアンプとかエフェクタを通過すると、いい具合にヌケの良いサウンドになる、というのが808実機伝説の真相です。その辺の仕組みをちゃんと把握していないのに「実機ガー実機ガー」と叫んでいても、それはオカルトに近い話になってしまう。
言い方を変えれば、実機TR-808は「アナログ回路による位相ラウンドロビン」が実装されているということです。そうご理解ください。
(念の為補足。常にゼロクロスから音が出ないのが優れているというわけではありませんよ!そんなシンセあったら音がプチプチして使い物になりませんよ!!)
808の実機のキックを何発かサンプリングして、綺麗な正相にできる部分を綺麗に切り取ってサンプラで鳴らしても、「808のあの感じ」が得られないケースが多い。で、「実機じゃなきゃダメ」みたいな評価になるんだけど、結局は実機の音は安定しない。わりとクソ音です。
さらには実機だとパーツの個体差があって(実機シンセは個体差ありますよ!)、さらに闇が深くなる。
要するに適当に綺麗な正相の808キックのサンプルを手に入れたら、アタック部分の波をカットしてみれば、望んでいた808キックの音が手に入るかもよ?ということになる。
・正しい808クローン
ちなみにその辺をちゃんとシミュレートした「正しい808クローン」のプラグインもちゃんとある。どうしてもこだわりたい人は探してみてね。
というか、この話で知ってから探している程度なら、「自分のこだわりはその程度」と自覚して、微細な違いよりもダイナミックな曲作りを心がけた方があなたに合っているはずです。
なお私はそういうのが面倒くさいので、出来合いのキックのサンプルをポン刺しする派です。知ってることと実行することはまったく関係ありません。だって、自分より優れた人が作ってるサンプルなんだもん。興味本位程度の知識しか無い自分が「オリジナル」にこだわるより優れているに決まってるじゃないですか。私は作家なので、その音色に対してどういう曲を作るか?にこだわる方針です。
何が言いたいのかというと、数学的に美しい位相が必ずしも音楽的な魅力につながるわけではない!ということです。
もし「音楽は数学だよね」と言う人がいたら、こういう事例を挙げてやれば良い。数学的には不条理なことが音楽を魅力的にしているんだよ!ってね。
■808キックから作る意義?
今では優れた加工済みサンプルがいくらでも無料で入手できます。
サンプルファイルとして多少粗い仕上がり(アタックずれ、音量不一致)だっとしても、非常に高品質で即戦力の音です。
わざわざ808の素の音から加工したり、キック専用シンセを使ったり、シンセのプリミティブから自作するよりも良いと私は考えています。
実際、キック専用シンセ等から仕上げられたとされる曲を聞いても、曲としてミスマッチを感じるからです。
もちろん自作する楽しさと満足感はあるでしょう。しかし、がんばったことへの評価ではなく、曲とキックが本当にマッチしているかというフラットな評価に晒された際に、本当にその自作キックは合っているのか?と疑問視してほしいわけです。
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