eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

作曲の手順の話

作曲の手順の話。アカデミック寄りの話。他人のブログを見て「あー、それなそれ」と思ったのでズバーっと書いておく。自分の場合はこうですよ、という感じで。

(2018/08/02更新)

 

 

自分にあった方法を模索し続け、スキルに合わせてどんどん変化していくものだと思います。「こうやれ」「この方が優れている」という話ではありません。師弟関係でもないのにそういう押し付けをしてくる人がいたらすぐに離れた方が良いです。

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■いい記事があった

いいと言っても、資料になるとかそういう意味ではないです。自分を見つめ直すチャンスになるなぁと思ったんです。

pianocat2018.hatenablog.com

 

上のブログの人、pianocat2018さんの場合は、

「設計(アイディア)」→「スケッチ(四声体化)」→「オーケストレーション

という手順だそうです。

 

・設計

アイディア、コンセプト。

どちらかというと音符より文字が多くなる。すっげーアホみたいな単語が書かれたりする。アーティストのファンブックとかを読む人だったら、その人の「作曲ノート」の写真とかを見たことがあるはずです。キチガイの落書きみたいなのを。

 

・スケッチ

ちょっとした音の動き、印象的に使いたい和音などを単発で。 フレーズでさえない、ほんの小さな「動機」。

スケッチというのが何を指すのかは人によってかなり違います。

 

が、「スケッチ」という言葉を使うのがカッコイイと思い込んでるフシがある人からは離れたほうが良いです。過去に何人か見たことがあるのですが、「お前、それスケッチって言わねーだろどう考えても」と言わずに「いいね!」とだけ言っておきました。

 

何のことか分からない人は逆に「スケッチとは何では無いか?」ということを考えてみると良いと思います。

スケッチは下書きです。ネタ出しや落書きではありません。習作、練習作でもありません。スケッチは特定の作品を作るための音符の準備です。「忙しくてDAWしばらく起動してなかったからとりあえず何か作ってみるかー」「やることないからスケッチでもしよう」という作業はスケッチではありません。それはリハビリとか暇つぶしと言います。

 

・汚さは誠実さ。むやみにスケッチ譜の写真をアップするな

たまにSNSにスケッチ譜の写真をアップしている人がいますが、アレをやっている人の多くはSNSにアップするために綺麗に書いています。演出です。実際それをゲロした人がいます。同業者の雑談でも「あいつがアップしてる写真ってかっこつけすぎだよな」という話になることさえあります。

 

まーアーティスト兼業なら「天才肌アピール」のブランディングのためにカッコイイ手書きの楽譜をアピール素材にするのかもしれませんが、止めたほうが良いと思いますよ。ほんと。

綺麗に清書された未発表曲をアップするリスクを分かってないです。個人ならまだ良いのですが、大きな言い方をすれば、レーベルや出版社などが関わっているなら、機密漏洩で訴訟問題になりかねません。かっこつけたいなら別の方法を探したほうが良いと思います。ていうかパクりで試作版をアップした早漏から権利主張されても知らんぞ。

(↑、楽譜じゃなくて製作中の音も同じ。パクられるぞ。メロだけ耳コピしてBIABに食わせれば数秒でワンコーラス仕上がって、その数分後にはYoutubeにアップできるんだから。)

(ニコ生、ツイキャスなども同じ。権利&お金が発生する前提の曲を配信でやるとか正気じゃないぞ。実際私は過去にそういう作業配信の曲をすぐに耳コピして30分後に伴奏付きワンコーラスを配信中の人にスカイプで送りつけてやったことがある。ネタ的には非常にウケていたけど。)

(だから私の場合は一般公開する作業配信ではすでに一時権利が確定しているアレンジものしかやってないんです。)

 

アイディアを書き出ししてるんだから、人に見せられないくらいぐちゃぐちゃになって当然です。

綺麗にノーミスで書ける人は存在しません。書いて、消して、また書いて煮詰めていく。それが序盤です。

 

「プロなら綺麗にかけて当然だろ」的なことを言う人は、そういうカッコツケ写真しか見たことが無いと自白しているようなものです。やめましょう。

 

・コンセプト

同様に「コンセプト」という言葉も、むやみに格好つけて使っている人が稀にいます。

まーあいまいな言葉なので、便利であり、同時に不便な言葉です。

 

コンセプトは創作における「重力源」のようなもので、迷った時に振り向くべき方向を示すものです。

 

コンセプトは大きすぎても小さすぎてもダメです。

「売れる曲」「再生数10000」とか「良い曲」はコンセプトではありません。それは願望や野心というものです。

「転調を使う」「ブロックコードを使う」などもコンセプトではありません。それらは技術の練習、習作です。

 

「夏」「筋トレ用BGM」とかがコンセプトです。

が、これは音楽の、曲のコンセプトです。

バンドやアーティスト、作家としてのブランディングを目的としたコンセプトはまた別のものです。

 

なんだか分からないなら、コンセプトなんて言葉を使わない方がコンセプトが明確になります。

 

また、師匠や総監督者でもないのに「コンセプトが云々」言ってくる人がいたら、それは横文字でマウンティングしたいだけの人なので離れた方が良い老害です。

ひとこと「お前が自分でやれ」と言ってあげれば良いです。

 

同様に、はなっからコンセプトが提示されていないのに、後出しで「コンセプトは何ですか?」と質問するのは屁理屈としか受け止めてもらえません。相手を攻撃し追い込むためにコンセプトという言葉を使うのは卑劣です。

実際、多人数で作業する際にコンセプトという言葉が良い効用をもたらすことはあまりありません。まさに「自分でやれ」です。

 

・四声体

私は四声体が優れているとは一切考えていません。

むしろ四声体は欠陥だらけで、アイディアを阻害するものだとさえ思っています。

美しく正しい四声体を作ることが目的化してしまいがちで、下書きとしての意味を見失ってしまいがちです。

寝ぼけていても四声体を書ける能力があるなら四声体で書けば良いと思いますが、私は四声体を書こうとすると必要以上に凝りたくなってしまうので避けています

 

私が四声体で書くとダイナミズムが出ないので、打楽器的な要素を加えています。また、アイディア次第で自由にdivisiさせて自由に書きます。メモ帳としか思っていません。

 

声部は音色が似すぎているとアイディアを阻害するので、弦四部(5部)やピアノでは書かないようにしています。

 

・マスターリズム、コンデンススコア

ようするに「マスターリズム」とか「コンデンススコア」に近い書き方をしています。

段数も自由に変えながら、手書きで超雑に書きます。どうせ後でコンピュータで制作していくので、この時点での綺麗さは悪でしかありません。

 

コンデンスの話。

本来の意味でのコンデンスはフルスコアを簡略化したものですが、はじめからコンデンスを書き、後で肉付けするという意味です。学生時代から指揮をやっていた時にページめくりをしなくて良いようにコンデンスを自作することが多かったからかもしれません。実際、指揮用のコンデンス(というかコンデンスどころではない省略譜)はめちゃくちゃ便利です。

 

後で他人に見せる必要が無いのが「スケッチ」です。

もしちゃんとしたマスターリズム譜の提出が必要なら、それは非常に綺麗に清書しなければダメです。絶対に。

 

 

・「音色が曲を作る」

特にシンセを使う場合、もしくはエレキギターを使う場合には、その音色の特性が「この音色だとこういうことができそう」というアイディアが換気されます。

 

クラシック的に言えば、オーケストレーションに類する、いわゆる「楽器法(器楽法)」から曲を作るという手順です。

「その楽器の音色を活かす、その楽器の奏法を活かす」というコンセプトです。

音符から曲を作るだけが作曲ではなく、楽器という道具から曲を作る手順です。

 

この手法はボーカル曲で特に重要だと思っています。

ボーカルは1人1人違う「唯一無二の楽器」です。歌う人を特定する場合は特にそうです。

その声、その人のキャラクターに合った歌であることは大前提です。

 

オーケストレーション

上ブログ記事でpianocat2018さんはオーケストレーションにおける「合成音」について少しだけ触れています。(オーケストレーション管弦楽法≒インストゥルメンテーション、楽器法)

オケ(系)の曲に限らず、シンセの曲でも極めて重要なポイントだと思っています。いわゆる「レイヤー音色」のことです。

多くの人が気が付かないうちに自然に使っている技術ですが、「楽譜で書く」際にごっそり見落としている人が多い要素です。

 

作編曲の指導をしていると、受講者の作品が和声的に良く出来ていても、その楽器(のその音域)で出せる音量では和声として成立しないケースが散見されます。

そういう場合には「合成音」が有効になります。

音量の乏しい楽器は重ねて音量を上げることができます。

が、初歩の学習和声の基本ルール程度しか身に着けていない人の場合、「1つの声部は1つの楽器で」という勘違いをしています。

少しでもオーケストレーションを勉強していれば、そんな誤解は起きないはずなのですが。

 

・理論のための音楽ではない

和声同様、「技術」の美しさだけを求めるのは音楽の1つの側面しか捉えていないです。演奏する楽しさを埋め込まないといけません。その楽器の魅力を引き出す、あるいは魅力に気が付かせる教育性や提案が必要です。必須です。ゆえに私は「他の楽器でも演奏できます」系の曲が嫌いです。そう言いつつ作ることがありますが、それはコンセプトが「異なる楽器編成でも演奏可能な曲にする商品」だからです。実際不本意です。

 

・ピアノだけで作曲するデメリット

ピアノ出身(ピアノメイン)の人が根源的に抱える問題があります。

ほとんどの楽器はどの音域でも均質な音が出るわけではなく、様々な欠陥を抱え、それは同時に個性となっています。ピアノは最も欠点が少ない楽器であるがゆえに、各楽器の欠陥に立脚した考え方が育たないんです。まじで。

 

オーケストレーションの本質は「欠陥を知ること」だと私は考えています。

その集大成として過去の作曲家が「欠点を回避しつつ魅力をアピールするフレーズ」と「それにマッチする支え方」を作りまくったわけです。支える役目の時にも楽器の性能(欠陥)による制約があるので、「その楽器ならではの魅力的なフレーズ」の他に「その楽器が脇役になった時の運用法」というものを習得することになります。

ピアノとシンセ(生楽器系シンセ含む)しかやっていないとそれがまるで身につかない傾向があります。

 

何が身についていないのかは独学ではなかなか自覚できないので、作品を持ってレッスンを受けるのが良いです。教科書から学ぶレッスンではなく「今の自分の欠陥」を診断してもらうタイプのレッスンです。

 

・合成音と和声禁則はほとんど関係ない

「合成音(layered)」は並行8度の和声禁則ではありません!

バイオリンがセクションで演奏するのと同様に、木管楽器を2人3人重ねるのは常套手段ですし、金管楽器も全く同じ音で重ねることがあります。オクターブで重ねることもあります。オクターブで重ねるのも並行8度ではありません。

 

という話を書いたのは昨日。で、今日の海外のオケDTM記事ではこんなことが書かれていた。

https://sonicscoop.com/2018/08/01/5-ways-make-programmed-strings-sound-convincing/?singlepage=1

この「納得の行くストリングス音源の打ち込み方法」という記事では、

4. Stack Your Strings (Yes, Doubling in Octaves is Actually OK Sometimes)

I can hear my freshman year music theory teacher groaning as I write this, but don’t be afraid to use octaves to double your parts.

「重ねちゃえよ。理論の先生は不満を言うだろうけどね。」

と解説されています。

事実、映画音楽では3オクターブのメロディレイヤーなどはかなり前から常套手段です。

言うべき順序を意図的に逆にしますが、クラシック曲でも昔から使われています。

ただ、そういうのは「模範的」ではなく「ここぞ!」という場面で、最もメロディを強調する場面で使われる必殺技だということは忘れないでください。

 

ただし、オクターブを重ねるということは、その音域の和音を阻害することがあるので注意が必要です。和声の教科書には無い独特の回避技術が必要になります。私は学生時代にその書き方をミスした曲を持ち込んで大恥をかいたことがあります。

マジメぶって和声の教科書だけで独学している人はこの辺がごっそり抜け落ちている傾向があります。さんざん言われていることですが、教科書は教科書でしかありません。腕立て伏せやスクワットの正しいフォームの話が書いてあるだけなので、腕立て伏せだけでケンカが強くなるわけではありません。行ける!と思ったなら、それはイケてます。鳴らしてみてイマイチだったら、その時は理論を使った詰将棋で和音の交通整理をするわけです。私の知る限り、多くの作家はこの手順です。一発で完璧に書ける人はいません。

 

・声部に対するハモリも禁則とは関係ない

同様に、ある和声声部から派生するハーモニーは、和声の初歩の禁則と(ほぼ)無関係です。

和声の本質が「独立した声部のからみあい」ですから、「独立していない声部」は和声のルールの外側です。

これも多くの初学者が見落としている点であり、また、中途半端な人が喧伝している誤った考え方です。

ピアノの鍵盤で「ドミソ」の和音を弾き、直後に「レファラ」を弾いたら「ド・ソ」が「レ・ラ」になったら並行5度の禁則になるんですか?って話。ねーよ。それは伴奏の演奏フォームなので「独立した声部」ではありません。

 

■訴求力

音楽の面白さは多角的です。

数学的、理性的に美しい仕上がりでも、演奏する人が楽しくない音楽というものがあります。

その逆に、演奏する楽しさに満ちていても、いわゆる「音楽性に乏しい」曲もあります。

この2項の他、聞く人の感じ方もあります。楽しく演奏していても聞く人が飽きてしまうものもあります。

その筆頭がブルースであることは言うまでもありません!

ブルースは演奏をしている人と、演奏経験のある人にとっては非常に魅力的ですが、「聞き専」にとっては極めて退屈なものです。

 

どちらが偉いとか三流だとか、そういう視点ではありません。「女にモテる女」とか「同業者ならピンと来る」とかの話です。文章書きの仕事をする人が、興味のない内容を扱った本でも、文章のテクニックのみに注目して読むのと同じです。服飾デザイナーが、自分では絶対に着ない服でも舐め回すように見て回るのと同じです。

 

どこのどういう人に向けた作品なのか?というターゲットが必要です。

ターゲット無しに作られた曲は、作者個人に対する興味を持っている人にしか訴えるものがありません。

 

で、先日は作曲家知人のポートフォリオの手伝いをしたんだけど、デモ曲ならデモ曲として、極めて短い時間で「この人になら任せてOKだな!」と思わせる仕掛けをしないとダメ。ただストックや過去曲を聞かせても意味無いよという感じの話をした。

 

目的、コンセプトは何より大事だと思うんです。技術のための作曲なら、それは習作ですから。

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