「帯域分割モニター法」シリーズの3つ目です。
過去記事も参照してください。
(2020年9月3日更新)
■帯域分割モニター法シリーズ
非常に長い記事になってしまったので分割しました。
時間がある時に必ず読んでおいてください。
eki-docomokirai.hatenablog.com
eki-docomokirai.hatenablog.com
「ローファイチェック」と「リファレンス比較」の2つの手法と、今回の「帯域別勝敗表」という技術を覚えることで、あなたの持っている機材・プラグインの価値は間違いなく数倍になります。
これらの技術を教えてくれた師匠は「このくらいは無料の話だし」と言っていました。なので私も師匠の価値観に従い、無料で公開しています。
全く同じやり方は海外ミックス技術記事でも無料で公開されています。
もし知らなかったとしたら、今までのあなたの勉強方法と情報収集が間違っていたと思うべきです。
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■帯域分割モニタリングで参考曲の「帯域別勝敗表」を作る
参考曲と自分の曲にそれぞれマルチバンド系プラグインを通し、狭い帯域だけをソロで聞いてみましょう。
使用するマルチバンド系エフェクタは何でも構いませんが、こういうチェックモニター作業の場合は、ややキツめの角度で切断できるものが必須です。
とはいえ、極端なクロスオーバー角である必要はありません。Cubase付属のマルチバンドコンプなどで十分です。48dB/oct.の切れ角があれば十分です。
この作業に向かないマルチバンド角の悪い例として、デフォルト状態のWaves L3系などは「音楽的にまとまりやすい」ことを目的としているので、クロスオーバー角が柔らかいです。
近年のフリープラグインでは、ISOL8がこういうチェック作業に特化したものとして普及してきています。
デフォルトでは24dB/oc.t。左下の部分を変えると48dB/oct.にできます。上のツマミの数字部分で右クリックすると数値入力できます。
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モニター範囲の合わせ方のコツは、
- オクターブ以上の幅にする
- 「区切り線」をまたぐ設定でもう一度チェックする
オクターブとは周波数が2倍ということです。ソロチェックする帯域幅は2倍よりやや多いくらいでOK。
下が100なら上は250くらい。下が1000なら上が2500くらいということです。
帯域の数字は精密である必要はありません。
また、上の画像はあくまでも例です。曲のキーによっては少しずらしただけで、急激に聞こえ方が変わることがあります。音程=周波数ですので当然ですね。
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この帯域分割モニタリングでは、
になるので、何の楽器の音色なのか分からなくなることがあります。水の中に潜った時の音や、扉の向こうから聞こえる音や、耳に指を突っ込んだ音のように感じるはずです。
水や扉や指による吸音効果・遮音効果によって、特定帯域しか通過しない場合にこういう音になります。スピーカーやヘッドホンの性能が低いのも似たようなことです。
で、この曇った聞こえ方の中から、ギターやドラムなどの楽器ごとの音を判別し、それらの音量バランスに注目して聞いてみてください。
音色はギターに聞こえなくても、演奏している音の動き(音符の動きとリズム)でどの楽器なのかは判別できるはずです。
慣れるまでは何が何だか分からないかもしれませんが、よくよく聞いてみるとこの帯域ではギターの音ばかり聞こえているとか、この帯域ではハイハットばかり聞こえるとか、帯域によって個性があることに気がつくことができるはずです。
■帯域ごとに勝敗表を作る
参考曲を帯域分割モニターでチェックしながら分析を行っていきます。
分析と言っても、特殊な装置やプラグインを使うのではなく、聞こえる音をそのままメモしていくだけです。
帯域の数字幅を書き、その帯域ごとに「この帯域は◯◯の音が大きい」「△△が少し聞こえている気がする」「予想に反して◯◯は聞こえない」とメモしていきましょう。
知識テストではなく、観察力のテストなので、聞こえたままに書いてみましょう。
・先入観を捨てる
この作業では先入観をすべて捨てることが大事です!
たとえば「ベースは低音楽器だから低域で大きいに決まってる。低域をモニターしているから、今はベースを聞き取ろう!」とか「バシっとしたスネアの曲だから、高域が大きく聞こえるはずだ!」「スネアはEQで250Hzを上げるのが基本だから、この帯域をモニターすればスネアが聞こえるに違いない」と考えず、聞こえたものを聞こえたままメモしていくことが大切です。今まで身につけたミックスの知識は全部すてて、素直に聞くようにします。
また、聞こえていれば偉いというわけでもありません。格好つけず、聞こえた通りにメモをしていきましょう。
・メモを整理整頓する
メモが溜まってきたら、好きなスタイルで構わないので並べなおして表にしてみると良いです。エクセルで丁寧に作っても良いですし、適当に手書きでも良いです。
そうやって表を作ってみると「全ての帯域で負けている楽器」「複数の帯域で常に大きく聞こえている楽器」「ある帯域1箇所でナンバーワンの楽器」があることを特定できるはずです。
■勝敗表こそがMIXの真髄
大変時間のかかる作業ですが、この表を何度か作ってみるとMIXバランスの真髄に迫ることができます。「MIXが上達したくて教科書を買ったけど、本を読むのが苦手で……」という人は多いはずです。実際、今までレッスンをしてきた人の中にも「本を読むのが苦手なので対話できるレッスンを」という人がいました。実際、音楽の上達というのは本を読んだだけでは実践の力には結びつかず、具体的な行動を多くやった人のほうが上達します。これ以上無いくらい具体的な練習がこの『帯域分割モニター』による参考曲の分析です!
■先生と一緒にやるともっと良い!
私自身、エンジニアの人にこの方法を教えてもらってから、ミックスが一気に上達しました。
先生になってくれる人がいると良い理由は、帯域ごとに聞くと何の楽器の音なのか判別が難しいからです。また、音量の優劣を正しく判別するコツが分かっていないと、勝敗表を正しく作れないからです。
作曲や編曲、演奏をメインにやっている人は、ついつい自分が大事にしている要素について耳が偏ってしまいがちです。
しかし、音響エンジニアの人は音量(上下)と周波数(左右)について非常に敏感です。特定の帯域だけを聞いてもそこにある音の大小の差を明確に聞き分ける能力に秀でています。
出来上がった曲のミックスを他人に任せたほうがうまくいくというのは、そういうことなのかもしれません。大事に作ったトラック、頑張って演奏したトラックをついつい大きくしてしまういがちです。
■特定帯域に集中する能力が身につく
上のような練習を積み重ねると、特定帯域だけを再生しなくても、全帯域が鳴っている状態で特定の帯域に耳を集中できるようになってきます。
つまり、スネアが聞こえにくいからと言ってスネアのフェーダーを上げるのではなく、勝敗表のことを思い出し、帯域ごとの勝敗バランスを変更することでスネアを聞こえやすくすることができるようになるわけです。
丸暗記で「スネアのEQはこうする!」というやり方をするのではなく、常に勝敗表のことを考えながらバランスを組み立てることができるようになるはずです。
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■実際にミックスしてみる
参考曲の帯域勝敗表が出来上がったら、それをモノサシにしてあなたの曲をミックスしていきます。
■仮マスタリングが大事な理由
まずはあなたの曲を仮マスタリングした状態にしておきます。
なぜなら参考曲はマスタリング済みだからです。
今あなたが作っている曲にも仮のマスターエフェクトをさして、参考曲の全体の音圧と全体の帯域バランスをある程度似せた音圧にしておいてください。いわゆる「ドンシャリ」とか「カマボコ」とかの全体像のことです。そうしないと比較ができないからです。
細かいことは割りとどうでもいいです。今これからやる作業一発で全て仕上げるわけではなく、あくまでも「比較する練習」でしかないからです。ミックスバランスとマスタリングを数回やっていくと、どんどん参考曲に似たサウンドになっていきます。慣れてきたら「これはミックスのバランスで作る部分」「これはマスタリングで作る要素」というのがだんだん分かってきます。
トラックごとのEQバランスを変更すると、マスターコンプ、マスターリミッターにぶつかる度合いも変化するので、マスターコンプの設定はたまに調整してみると良いです。(コンプやリミッターに「ぶつける」という概念については、そのうち別の記事で書く、かもしれません。)
■帯域別にミックスしてみる
参考曲を聞きながら作った勝敗表は常に見える場所においておきましょう。
帯域別勝敗表を自分の曲に当てはめて、マルチバンド系エフェクトを通して同じ帯域をモニターできるようにし、各トラックのEQで勝敗を再現してみてください。
曲全体を聞きながら、音楽を楽しみながらのミックスではなく、顕微鏡を覗きながら組み立てて行く感じの作業になるので、「こんなことやってて格好いいミックスに仕上がるのかよ!?」と思うはずです。それは当然です。今は帯域別の勝敗を組み立てる工程でしかなく、全体を聞いての調整はまたあとでやるから、今はこれで良いんです。
■帯域分割ミックスは「料理の下ごしらえ」
これは料理の下ごしらえをしている段階と同じなので、味付けや盛り付けは今は関係ないということです。野菜や肉の材料を調理する前に盛り付け後と同じ配置にするのは意味が無いということです。まずは材料を切ったり下味をつけたりするということです。
- 曲全体を聞くミックス(トータル)
- トラックを比較するミックス(横比較)
- 帯域を分割するミックス(縦比較)
という3つの角度から仕上げなければ、いい音になるわけがありません。
多くの人は1番目の「トータルミックス」と2番目の「横ミックス」しか行っていないようです。特定帯域を集中的に処理する方法を加えてみると、今まで謎だった点が解消されるかもしれません。時間を作ってやってみてください。(新曲じゃなくて、過去にミックス済みの曲でも構いません!むしろ同じ曲を異なる手法で作り直してみることは、とても良質な経験値になります!)
実際には楽曲の演出的側面から見たトータルミックスもあるのですが、それはまた別の機会に書く、かもしれません。
その場の気分で、気持ち良い音だけを目指していると絶対にクソミックスになる、とだけ覚えておけば良いです。
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■マルチバンド系、補足知識
勘違いされていることがありますが、この手のフィルターは「垂直に切断されているわけではない」ということだけは知っておいてください。
「1オクターブ遠ざかるとn dB下がる」というQのフィルターで分割されているので、帯域1と帯域2の両方で重複する部分があります。
Ozone 7 Mastering Software | iZotope
パスフィルターのQがどの程度の傾斜になっているかはプラグインによります。また、プラグインによっては様々な角度に設定できるものもあります。
帯域分割モニターをする場合には、ややキツい角度のフィルターの方が良いです。
あまりにもキツいと、切断面で音がおかしく聞こえてしまいます。
「なんで?」と思った人は、もし本当に知りたいなら信号処理の基礎から勉強することを強くお勧めします。
プロセッサー設定の基本~あるいは、 クロスオーバーポイントとは何か~
読んでみても何を言っているのかチンプンカンプンだという人が多いと思います。
まぁ音楽というのは理系と文系の中間(演奏の場合は体育会系との中間!)にあるものなので、理系アプローチでも文系アプローチでもどちらでも良いんですが、信号処理についての理系知識はあって損をすることはありません。独学でも良いですし、そういう方面に詳しい人に頭を下げて、じっくり勉強してみるのも非常に有意義です。
が、この辺を読んで意味不明だと思ったなら理系的な理解は断念した方が良いと思います。
音楽家なら感覚的に音楽ツールとしてフィルターを扱うだけで良いので、イメージ優先で感覚的に扱っても問題はありません。
プラグインのGUIによっては(この記事で使っているCubase付属のマルチバンドコンプもそうですが)垂直に切っているかのように見えますが、実際には割りと緩い傾斜です。
クロスオーバーがどのくらいの角度になっているのかはスペクトラムアナライザでちゃんと確認してみることを強くおすすめします。
Cubase付属のマルチバンドコンプを使った理由はフィルター角がちょうどよい具合だからです。細かく設定できるEQを使っても全く同じことができます。
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■レッスンの案内
やり方がよくわからない場合には個人レッスンで対応しています。
eki-docomokirai.hatenablog.com