等ラウドネス曲線の話を書いておきます。
同じ音量でも音域によって人間の耳で聞こえる音量が異なるよ、という音響理論です。
(2021年4月21日更新)
■フラットな音って何?
数学的にデシベルが整っている(いわゆるフラット)な音が果たして人の耳にとってフラットに聞こえるのか?という問題があります。
答えはノー。
人間の耳(脳)は全ての周波数を均一に認識できません。
・人間はフラットではない
なお、人間の目も光に対して「フラット」な感度ではありません。
https://annex.jsap.or.jp/photonics/kogaku/public/13-04-kaisetsu1.pdf
光とは波長、つまり周波数です。
光は地球の大気を抜ける時に変質し、波長はフラットでは無くなります。
さらに人間の目の感度と個人差によって感じ方が違います。
これを「比視感度」と言います。
ヒトの目は緑色を感知しやすいように出来ています。そして個人差があります。
味覚も「フラット」ではありません。
すでに否定された説として、昔は舌の表面に分布する「味覚地図」説がありました。下のリンク先の記事は2014年のものですが、
「味蕾は1つで全ての味覚を感知できる」というのが通説となってきているそうです。
でも、口の中で辛いと感じるものが苦手な人がいるのは事実なので、味覚に大きな個人差があることは誰でも理解できるでしょう。
音も同様です。
人によって苦手な周波数があり、聞こえやすい周波数があり、聞こえにくい周波数があります。
そして、ヒトという生き物それ自体が感じやすい周波数と感じない周波数があります。
こんな記事を読む人ならすでに「人間の可聴域は20~20kヘルツです」と見聞きしたことがあるはずです。虫や犬、イルカなどは超音波が聞こえますし、ゾウやクジラは超低周波でコミュニケーションを取ることができます。
以上のことから、ヒトが作る音楽はヒトのためのものでしかない、という立ち位置を理解しておいてください。
音楽の勉強をする時、それは非常に狭い範囲しか扱っていない「近視眼な学習」でしかないということを絶対に忘れないでください。
では本編。
■等ラウドネス曲線って何?
人の耳は周波数帯域によって音量の感じ方が違うよ、という音響心理学の理論です。
等ラウドネス曲線は複数あり、その中の1つとしてたぶん最も著名なのがフレッチャーマンソン曲線です。
複数ある理由は、この測定が機械的な計測ではなく、「人間の感じ方」を集計・平均化したものだからです。個人差があるので当然異なる結果になります。
人間の耳(脳)は進化の過程で特定の周波数に対して敏感であり、また鈍感にできあがっています。
具体的には人間の耳(脳)は3000Hzあたりが聞こえやすいです。
この帯域が聞こえやすい理由は諸説ありますが、
・子供を守るために子供の声を聞き取りやすく進化した(そして子供はよく泣く)
・繁殖行為のためにメスの声を聞き取りやすく進化した
・(繁殖行為においてメス同士でも群れていた方が繁殖に有利なので、オスの耳だけがメスの声を聞き取りやすくなるわけでもない、という説も付け加えておく)
という説が説得力が高いと私は感じます。
(念のため付け足しておきますが、人間の声の基音が3000Hzというわけではなく、その倍音として響く3000Hzあたり、ということです。基音3000Hzなんて出ないよ!)
この説明で納得がいかない人は、他の説については気が済むまで調べてみてください。雑学以下にしかならないけど。
ちなみに人間以外の動物では、超高域に特化していたり(犬、コウモリなど)、逆に、超低周波に特化している生物(ゾウなど)もいます。それぞれの生存にとって重要なメリットとなっています。
重要なことは、私達人間の耳と脳は、音楽のために進化したものではないということです。
なお、オスの声が低いのは遠達性のため、という説が有力なようです。
何万年か後になれば、人類の耳は違った聞こえ方をしていることでしょう。
ただ、このような解釈だけではフレッチャーマンソン曲線のすべてが納得できるわけではないので、なんとも言えないです。
・完璧な理論ではないが確実に役立つ
等ラウドネス曲線という考え方は、まだまだ研究途上です。
特定の1つの曲線が絶対に正しいというわけではありません。(後述します。)
が、どの研究も概ね近い結論を出しています。
専門の研究家にとっては重要な研究課題ですが、私たち音楽家は等ラウドネスについてはそれほど神経質にならなくても良いと思います。
そもそも「等ラウドネス曲線に沿ったミックスにすれば良いなら、誰もがそうしている」というだけのことです。音楽は等ラウドネス曲線からいかに飛び出すか?ということであって、「測定値に沿っていても、優れた音楽であることとは限りなく無関係」です。等ラウドネスはある意味オカルトであり、初心者騙しの言葉でもあるということです。(もちろん基準のひとつとして参照するに値する概念であることは確かなのですが、その実装は「キックやベースが低音楽器だからといって、ローを上げれば大きく聞こえるわけではない。1000あたりを上げろ」という方法で誰もがすでに行っているわけです。)
「わたし頑張って勉強してるから!」という所謂ワナビの人が、この手のマイナーな概念について大声で唱えているだけだと思っておいてほぼ間違いないです。「等ラウドネスという言葉を知らなくても私達の耳と脳は生まれた時から等ラウドネスで認識している」、ということです。もっと単純に言うと重力についての方程式を知らなくても私たちビルから落ちれば死ぬことや、火が危険であることを理解しているということです。
■作業時の音量もラウドネスである
そもそも、「作編曲の人が」手持ちのスピーカーの性能がフルに発揮されるほどの大音量で作業することなんて皆無です。
よく見聞きするDTMモニタースピーカー選定の基準が「小音量でもフラットなモニタースピーカー」という訳の分からない要望です。
そんなものは物理的に存在できません。
音量を変えれば帯域ごとの聞こえ方は絶対に変化するからです。
等ラウドネス曲線の理論に従い、音量によって周波数バランスを自動で変更するアンプを作ることは容易なはずなので、将来的に「自動ラウドネス曲線補正機能」を備えた優れたモニタースピーカーが登場するかもしれません。が、音楽制作におけるモニタースピーカーとして求められる機能に反することになります。
家族が寝ているから小さな音量にしているつもりが、相対的に低音がズンズン大きく鳴るわけですから本末転倒になりそうです。
・フレッチャーマンソン曲線をどう読むか?について
まず、上の曲線に比べて、下の曲線の方が曲がりが大きく見えることを確認してください。
この曲線の一番上は音量が大きい時です。
下の曲線になるにつれて、音量が小さい時の特性です。
意味は「音量が小さいと、低音が聞こえにくくなる」ということです。
特に、「非常に小さい音だと、低音は極端に聞こえにくくなる」ということです。
基準点は1000hzで、1000hzの聞こえ方を下げていくと、低音は必要以上に小さくなっていると「人間の耳と脳が」感じるという図式です。
もし仮に人間の耳と脳がすべての周波数を均一に知覚できるとしたら、このような差は起きません。
・光の見え方、「比視感度」と比較する
等ラウドネスについて分かったところで、もう一度、記事の序盤に紹介した「比視感度」に関するグラフを紹介します。
これは明るさ全体に対する特定の色(周波数)の感じ方を示したものです。
中央の突出は緑、左右幅は可視光、外側は人間に見えない紫外線と赤外線です。
音響分野の「等ラウドネス曲線」との類似性が分かるはずです。
・たまに見聞きする勘違い
話を戻します。
「等ラウドネス曲線」の読み方を勘違いしている人がいるので、丁寧に説明を書いておく。
(雑談しながら突貫で作ったので、ミスってたらコメント欄で指摘お願いします。)
「ホン」は音量の単位で、1000HzでのdBと同じ数字です。「500Hzのホン」というものは存在しません。
グラフの横軸は対数です。対数で書かないととんでもなく読みにくくなってしまいます。(参照:線形グラフと片対数グラフ)対数表記はスペアナでも同じです。
また、元の画像だと目盛りが分かりにくいので書き換えておきました。
実験の結果、どういう結論を得られるかというと、
- 周波数によって人間が感じる音量感は異なる!
- 基準音の音量が大きいと数値差は小さくなる!
- 基準音の音量が小さいと差が大きくなる!
■等ラウドネス曲線は複数ある
基礎研究は1933年のフレッチャー氏とマンソン氏による研究に端を発します。その後、1937年のチャーチャー氏とキング氏の研究、1956年のロビンソン氏とダッドソン氏による研究などを経て国際規格化されていきます。2003年に(ISO)、2006年にITU(リンク)などなど。
ラウドネスはその測定方法等によって、さまざまな曲線の可能性が提唱されています。
注意点は、いずれも「人間の感覚」を統計したものだということです。機械的に計測できるものではありません。
ですから、測定したグループ、個人差、体調、モニター環境によってことなる曲線になります。でも、だいたい似たようなカーブになります。カーブの特性は大雑把に言うと「人間に聞こえにくい100以下を無視」し、「聞こえやすい4000付近を重視」します。
Meldaのアナライザでは3種類のカーブを試すことができます。
興味のある人はどーぞ。
いずれのカーブでも共通するのは、
- 3000Hz~4000Hzあたりに突出がある
- 低音と高音が聞こえにくい
ということですね。
演算シンセで超低音から高音まで音程を上げていくと、同じ音量を出力しているのに聞こえる音量がまるで違うことを実感できるはずです。
等ラウドネスで表示していると、聞こえにくい低音は小さく表示されるよ、ということです。暇な人はテストしてみてください。
■まとめ。これだけ覚えればOK!
「音量を小さくすると低音が聞こえにくいよ!」ということと、
「3000~4000Hzは聞こえやすいよ!」という2点だけです。
この2つのことがDTM的にどういう意味があるのかというと、
- 小さな音量でミックスしていると、低音が聞こえにくいので気をつける
- 大きな音量でミックスしていると、小さな音量で聞いた時のバランスを見失うので気をつける
- どの音量でも、3000Hz周辺※は最も大きく聞こえ、ローとハイは小さく聞こえる
というシンプルな結論です。
「じゃあどの音量でミックスすれば良いの?」と思った人は、根本的に勘違いしています。
「大きい音量と小さい音量でミックスするの?」と思った人も大間違いです。
「どのスピーカーが正しいの?」と機材に頼ってる人は広告屋に踊らされすぎです。
「リファレンス音源に近づけるミックス」がたった1つの正解です。
好みによってリファレンスと少し違うサウンドに向かえば良いだけです。
■関連知識
興味のある人は調べてみてください。音楽制作にはそれほど関係ないので、記事内での解説は割愛します。
- 3000Hzあたりの方が聞こえやすい理由(生物特性)
- 小さいと低音は非常に小さく感じる(フレッチャーマンソン曲線)
- 低音の方が遠達性が高い
- 盆踊りの太鼓の低音は遠くからでも聞こえる(気温・回折)
- 遠くの工事の低音も聞こえやすい(遠達性)
- ドア越しの声は低音だけ聞こえる(遮音・振動)
- 水の中での音の伝達
音楽の知識なのか、雑学なのかを分けて考えましょう。
音の回折については下の外部記事が分かりやすいと思います。
・3000Hz周辺に反応するのは生物学的には「痕跡反応」?
上のリンク先では「黒板をひっかく音」「ニホンザルの警戒声」「耳穴の共鳴サイズ」の突出する周波数が2000~4000Hzであるとし、それを「不快に聞こえる 」としています。
また、その周波数帯域そのものが不快なのではなく、低周波を除去することで不快感が減るという研究結果も報告されています。
単に2000~4000Hzが不快なのではなく、聞こえやすいが故に過剰な刺激になるのだということは忘れてはいけません。
私達のように音響をやっている人にとって、2000~4000Hzはついついブーストしすぎてしまうのは周知の事実です。「気持ち良い」と「不快」は表裏一体です。
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■個人的な所感
現段階で必要以上に詳しくなることに価値を見いだせません。
さっさと国際規格を1つにまとめろ!としか思いません。
■関連記事
・当ブログ内
eki-docomokirai.hatenablog.com
・よそさま
RMSは2つあるよ!という話などなど。非常に良いサイトです。
設計の視点からの考察が多い内容。