eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

ミックスの歴史、音圧戦争の歴史

先日のレッスン(正しくは無料相談の範疇)で言った内容の正誤性に不安があったので、御大に連絡をして再確認。

教えた内容は半分は正解でしたが、補足事項があったので訂正しました。

今後はより良い内容のレッスンをできるように日々精進です。おさらい大事。

(2019年5月9日更新)

 

■ミックスの歴史、音圧戦争の歴史

今回訂正した内容は概ねen:Wikipediaの内容です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Loudness_war

Loudness war - Wikipedia

ラウドネスウォー、音圧戦争、音圧競争の話。

 

私が教えた内容では、1960年代のモータウンの売り込みの一環として行われたいわゆる「音圧上げ」がミックス・マスタリングの転換点であるという話をしました。

その時に完成したレコードの音を聞いたアーティストたちが「俺たちの音はこんなのじゃねえよ!」と言ってレーベルと衝突を起こしていた歴史が1960年代から存在する、という内容です。(←この辺についてはWikipediaには書かれていないですが、古い洋楽系の書籍で何度か目にしたことがあります。明確なソースとして所持していませんが、知っている人なら普通に知っている洋楽の歴史です。)

 

■ミックスの歴史は基本的に音をクソ化する歴史

当時の劣悪なラジオのスピーカーや車で聞いても音がはっきり聞こえるようにプロデューサー・レーベル側が勝手に音を極端に加工する音圧上げが行われた、という話です。音圧戦争の始まりです。

 

結果として聞こえやすい曲のレコードは売れたのでアーティストも喜んだが、やっぱりちゃんとした自分たちの音を聞いて欲しいから「ライブに来てね!ライブの迫力は違うぜ!」という感じ。

 

ここに関連する脱線話として有名なのは、ある有名バンドのわがままなメンバーとエンジニア衝突し「俺のミックスが気に入らないなら、お前らの担当楽器のフェーダーに触らせてやるから自分でバランス取れよ!」と丸投げした際、ボーカルもギターもベースもドラムも全員が自分のフェーダーを最大まで上げ続けたというロックなアホ話です。結果としてその爆音アルバムは驚異的なヒットとなった、というオチ。ミックスって何?

そのバンド名は忘れました。メガデスだかディープパープルだったか、そういう超大御所だったはずです。割りと有名なこのバカなエピソードについて正確な情報があったらコメント欄に書き込みをお願いいたします。

 

そうしたことから、ミキシングは音を良くする加工ではなく、基本的には妥協を重ねる加工の歴史だという認識をするべきだ、というお話もしました。音圧競争が加熱した果てにある今の時代でもそれは変わりません。

音圧戦争は「ミックス」というテクノロジーの誕生と発展とともに語られることが多いことから、発端は1960年代だと定義する人が多いです。

が、後述しますとおり、それよりはるか以前、生演奏だけの時代から「大音量最高!」という方針が存在するよ、というのが事実です。人は音が大きいと「いいね!」と感じるようにできています。

・繊細さはどうでも良いと思われているのか?

少なくとも、繊細さに対する美学を持たない非音楽専門家は大音量を好みます。美食家に激辛マニアや大盛りを好む人が一切存在しないのと似ています。味付けが濃くて大盛りなら「美味しかった!」と言う人は確かに存在しますし、そういうタイプの豪快な人は声が大きく、影響力が大きいので「世間の声の代表」であるかのように錯覚してしまいそうになります。(もっとも、幼い子供、少食の老人や肥満を過度に避けたがる女性の方が圧倒的に多数派なのは考えるまでもありませんが。)

・音圧戦争が最も熾烈だったのはどの時代か?

2000年過ぎから0dBFSに迫るチキンレース化した様子を「競争が熾烈だ」と表現する人と、昔のレコード(vinyl)時代の方が熾烈だったと表現する人がいます。

 

下画像の左下を参照。

1960年代の方が、全体が強い右上がり傾向をしていると読み取れます。

https://www.researchgate.net/profile/Martin_Haro/publication/225045716/figure/fig3/AS:330812533821440@1455883262019/Loudness-distributions-a-Examples-of-the-density-values-and-fits-of-the-loudness.png

https://www.researchgate.net/profile/Martin_Haro/publication/225045716/figure/fig3/AS:330812533821440@1455883262019/Loudness-distributions-a-Examples-of-the-density-values-and-fits-of-the-loudness.png

https://www.researchgate.net/figure/Loudness-distributions-a-Examples-of-the-density-values-and-fits-of-the-loudness_fig3_225045716

1960年代が総じて「右上がりの方向性が一致している」という読み方をすれば、2000年代のほうが散らばっていて多様性があるとも読み取れます。

60~70年代の上昇率の傾斜に比べると、70~90年代が明らかに平坦であることも見て取れます。この点を指して「レコード時代の方が音圧戦争は熾烈だったと言えるのでは?」と解釈する人がいてもおかしくはありません。

いわば『レコード時代の第一次音圧戦争』『デジタル時代の第二次音圧戦争』という図式が見て取れます。

戦争話に置き換えてみると「軍事力の拡大とは何か?」という命題は現代の核兵器よりも昔の機関銃と鉄条網の登場の方が実際に多くの人を殺傷したので強かった、と解釈できるわけです。そりゃー実際に大都市に直撃させれば現代の核兵器のほうが間違いなく強力ですよね、という比較の問題。

もっと言うなら、現代においては軍事兵器よりも砂糖や癌の方が人を多く殺しているとか、軍事衝突より訓練の方が人が多く死んでる、という話にまで脱線しそうになる。

(もっと脱線したい人は『ホモデウス』など人類史関連を読むと楽しいはず。→ ホモデウス図解、要約してみた|nogacchi|note

 

脱線やめ。

話を音楽に戻す。

 

クラシック音楽史における音圧戦争?

更にはクラシック音楽史を紐解けば分かる通り、より派手に聞こえるようにチューニング上昇戦争も実在しています。人は大きな音と高い音に魅力を感じるようにできているようです。

オーケストラ - Wikipedia の「編成」では、その主な編成人数が

  • 40人 - バロック時代(1600年頃~1750年頃)
  • 60人 - 古典(1750年頃~1800年頃)
  • 80人 - ロマン(1800年頃~1900年頃)
  • 90人 - ロマン後期~近代(1900年初期頃~)
  • 100人 - 近代~20世紀中期(1900年中期頃~)

という具合に解説されています。もちろん例外的な編成はあります。

ミックス話的に言えば、クラシック・オーケストラ音楽の「和声」がEQに依らない分離テクニックであるように、人数はそのまま音圧に相当します。オーケストラの人数が増加傾向なのは人力音圧競争だと言えなくもないでしょう。

ベートーベンはオーケストラを大編成にすることを望みましたし、楽器(特に金属加工技術)の進化によって「メタル楽器」化した近代オーケストラもまた音圧競争を行っています。

 

つまり音圧戦争はバロックの時代からあったんだよ!!なんだってー!!!

 

せっかくなのでおまけ。 クラシックの近現代以降、レコードとジャズの時代からはこうなってる。

https://i.redd.it/ya5phdn91ap01.png

https://i.redd.it/ya5phdn91ap01.png

上図では1920年代からをサンプリングしています。レコード時代初期でも上昇傾向が継続していたのは明らかです。

音圧戦争という呼び方をしなくても、時代とともに上昇している様子が見て取れます。それが「デジタルの限界」が数値として明確になったことによって、0dBというゴール間近でチキンレースが顕在化したのでは?と考えることはできないでしょうか?

なお、レコード時代におけるゴール直前のチキンレースは「針飛び」です。

・ラウドカット盤

blogs.yahoo.co.jp

blogs.yahoo.co.jp

 

せっかくなので、チャイコフスキーの大序曲『1812年』レコードの爆音音飛び話を書いた記事もリンクしておきます。

jdanalog.blog111.fc2.com

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閑話休題DTM的な話に戻す。

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■お前らミックスミックス言ってるけどさぁ

近年の国内DTM界隈ではミックスミックスとあちこちで叫ばれていますが、「基本的にミックスという行為に過剰な期待をしないほうが良いよ」「ミックス関連用語を覚えた数と同じくらい、作編曲の用語について学ぶべきだよ」というアドバイスをしました。(無料レッスンの範疇なのでそれ以上の具体的な話はあまり言いませんが。)

その時にお話をしていた方が「最近モータウンミックスというものに興味があって」と言っていたので「それ、基本的にカーステレオに特化させるクソ音MIXって意味ですよ」と諭したわけです。

 

■ミックス用語だけじゃなくてさぁ

その人がどこでどういう経緯でどんな人からモータウンミックスという言葉を仕入れたのかについては一切聞きませんでしたが、およそ察しはつきます。ミックス関連の用語を仕入れていてなんとなくスゴい手法だと思った程度なのは聞くまでもありません。頑張って仕入れた情報はすごいものだと信じるのが人間です。

しかし、好意的に言ってもモータウンサウンドというのは昔ならではのアナログ味という程度の意味です。結局CD以降の時代で再販されているものはリマスターされた音ですし。

どうせプラグイン屋がアナログシミュレータを売るための広告用語として使っていたのを見聞きしたのでしょう。

アナログの音を出したいならプラグインなんか買わずにアナログ機器を使うべきです。それこそどんな適当な機器でも良いので一度アナログ機器を経由させてライン録音しなおすだけでも、プラグインなんかよりよほどアナログ味になりますから。クソ高いアナログ機材じゃなくてもアナログの効果を確かめることは今すぐできることですよ?

 

1920年代のジュークボックス

しかし、正確には1960年代のモータウンではなく、1920年代のジュークボックスで再生される劣悪な騒音環境に適合させるために音圧上げが始まった、というのが正しい。という訂正をしました。

その時代の資料をもう一度貼ります。

https://i.redd.it/ya5phdn91ap01.png

https://i.redd.it/ya5phdn91ap01.png

モータウンサウンドがラジオや車でもはっきり聞こえる音を目指していたものであったように、ジュークボックスが再生される喧騒の中でも聞こえやすい音を追求した人たちがいたというのがミックスを工夫する歴史の始まりだと言うことができるわけです。

 

うろ覚えの内容だったことと誤りを認め、事後訂正するのは教育を行う者の責務だと思っています。今後もちゃんと勉強し、本当に身につけるべき情報とノイズをきっちり分離するレッスンを行うように努力いたしますm(_ _)m

 

■もしキャリアアップしたとしたら?

ミックス・マスタリングは作編曲をしている人が担当するものではなく、専業エンジニアさんが担当することになるのは当然です。

エンジニアになりたいのであれば話は別ですが、ミックスを上達させることばかり考えるより、作曲と編曲など、根幹に関わる部分を磨くべきですよ、という話もしました。

 

事実、私の知人の作家さんはピアノと歌、作詞作曲だけを仕事にしています。アレンジやDTMの勉強もしているようですが、根本的にセンスが無いようでまるで上達しません。それでも驚くほどのキャリアを持ち、私なんかは比較にならないレベルの音楽仕事をしています。

私はそういう人の作品がコンペで通るようにするためにアレンジの依頼を受けています。でも、その人の場合は適当な環境で録音した歌とピアノだけでものすごい数のコンペで勝っています。どうしてもオケが必要なタイプの曲でコンペに出す時にアレンジを担当している、という感じです。それと自主制作のアルバムを作る時のオケ制作やミックス・マスタリングも担当しています。

・マスタリング担当者の責任と「ババ抜き」

メロディを考え曲の根幹を作るのが最も初期に作業をする作曲家です。

アレンジされ、演奏・録音され、ミックスされていきます。

この順序を「上流工程」から「下流工程」へのバトンタッチと言います。

「上流・下流」という字面から「身分の上下」「上流社会」だと誤解し、脊髄反射的に嫌がる人がたまにいますが、それはあまりにも無学すぎます。単に川が山奥の湧き水を源流とし、重力に従って海まで下っていくという意味での「上流・下流」という意味です。

 

で、最も下流工程に位置するのがマスタリングエンジニアです。

必然的に音の最終出力に対する責任はマスタリングエンジニアが受け持つので、音が割れてるCDについての責任は彼らに属します。

ラウドネスの都合やトゥルーピーク(TP)割れなどの問題は全て彼らの責任です。

 

もちろん音楽が再生されるまでには更に下流工程として流通や販売、再生機器というものが存在しますが、店頭販売員がCDメディアの内容を加工することは無いのでマスタリングの責任は重大です。

トランプの「ババ抜き」と同様、最後にタッチした人の責任なのです。

マスタリングエンジニアが音圧戦争問題を語る際に、専門的な知識を駆使して「作家・アーティストの責任」であるかのように語っていることがありますが、それは責任転嫁でしょう。メジャー流通する音源のほぼ全てが彼らマスタリングエンジニアの手を経ているのは言うまでもありません。そうしたメディアはリファレンス音源(参考音源)として再利用され続けます。ヒットチャートに登ればなおさらです。

 

ラウドネス専用リファレンスを企画販売してみてはどうか?

EBU等の企画に適合する数値でマスタリングされたCDを企画制作し、作家向けに「これリファレンスにすればバッチリだよ!」という触れ込みで売り込めばめちゃくちゃ売れる気がする。

音圧戦争を終わりにする記念碑的アルバムとして『ナイトフライ』のようにエンジニアに愛される名盤として語り継がれるに違いない!! 

 別に曲の内容の好き嫌いではなく、「ミックス・マスタリングを志すなら必ずCDとして持っておけ」というツールとして愛用されるし、そういう「プロっぽさ」で着飾りたいリスナーにとっても必携盤となるんじゃないかな?

もちろんそれに関わった人は良い感じに売名できる。

どうよ?このソリューション。

 

■現在の音圧事情

下記事では多くの分析ソースによる理性的な分析がなされています。

興味のある人はどーぞ。

www.soundonsound.com

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■以下、やや脱線話。

 

・クラシックにおける音量問題

関連する話なので、クラシックにおける音量問題を列記しておきます。

私がクラシックの人と接することも多いのでこの機会に文章にしておきたい、という願望もあるからです。

 

よく吹奏楽などでポップスを演奏する際に「小さい音は大きく、大きい音は小さく演奏するのがポップスだ。CDの音はそうなっている」と指導されることがあります。

しかしそういうサウンドはコンプレッサー(エフェクター)を使うことによる音量の圧縮の結果であり、本来は小さい音は小さく演奏したものを録音しています。

例えばボーカルのささやき声は大きく聞こえるように加工されているということです。爆音のエレキギターと生のフルートの音はアンサンブルできません。フルートの音はマイクで収録され、大きな音にされるということです。こうした加工を「ミックス」と呼びます。

バンドやコンピューター音楽などをやっている人にとってはこのミックスの技術が不可欠です。バンドのライブが下手くそに聞こえる原因のほとんどはミックス担当者の腕の悪さだとさえ言われています。

 

アコースティックギターの音量問題

クラシックの分野で古くから問題とされている編成の最たるものはギターとオーケストラの演奏です。ご存知の通りクラシックギターは音量が非常に小さい楽器であり、そのままの編成ではオーケストラの音に完全に負けてしまいます。それを防ぐために、クラシックの演奏であるにもかかわらず、マイクを使用することがあります。

ギター+オケの曲は当初から音量バランスに問題がある欠陥編成だとさえ言われており、マイクによる電気増幅の恩恵を受けているジャンルだと言えます。

 

・私が吹奏楽をやめた理由のひとつ

音量に関連して言いたいことが1つあって、吹奏楽が楽器編成をむやみに変更することは、作編曲者が想定した音量バランスを崩壊させる行為なので、できるだけ本来の楽器数で演奏してほしいな、ということです。

これは大学生の頃からずっと思い悩み続けていたことです。

幸いなことに大学で吹奏楽をやっていた時には音大教授の指揮者が(曲によっては)指定人数で演奏することを実践していました。そのサウンドは素晴らしいものだったと記憶しています。

 

多くの国内吹奏楽団がその演奏人数(楽器数比率)を変更し、私の曲をおかしなバランスで演奏した挙句に、「作曲(編曲)がいまいちだった」と言ってくることがありました。たしかに私の腕は未熟だったとは思いますが、そういうことがあったのも私が吹奏楽と積極的に関わらなくなった理由のひとつでもあります。「どうせおかしなバランスで演奏されるんだろうな」と思いながら曲を作るのはこの上ない苦痛だったわけです。

音楽とは音量と周波数です。それは演奏人数が変わればすぐに崩壊するものです。

吹奏楽に対する愚痴と音量バランス問題は話題が逸れるので、またそのうち。 

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