eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

小さな選択肢の神話 ~ 音楽制作における「パレート法則」(翻訳記事)

「誰も聞いちゃいない細かな作業に没頭するより、大胆で効果の大きい編集をしましょう!」というお話です。

(2022年9月10日)

 

■はじめに(訳者から)

今回の原文は英語的な言い回しが多く、そのまま訳しても意味が分かりにくいと思いました。

そのため、大幅に意訳・補足加筆していることを始めにお断りしておきます。

意訳を嫌う場合、Justin Colletti氏の原文で読んでください。

www.sonicscoop.com

([to Justin] I decided that I can not make sense in Japanese. So, I made a substantial translation. In order not to impair the original meaning, we will guide you to original text as promised.)

 

パレートの法則(80%&20%ルール)

今回の海外記事を読む前に、パレートの法則について知っておく必要があります。

 

パレートの法則 - Wikipedia

社会学、経済学の用語です。もしあなたが経済学部の大学生かサラリーマンなら、ビジネス書や研修ですでに知っている人もいるかもしれません。

 

パレート法則とは、「8割のアレは、2割のソレによってナニされている」という法則です。

 

Wikipediaから引用(一部編者強調)すると、

現代でよくパレートの法則が用いられる事象

  • ビジネスにおいて、売上の8割は全顧客の2割が生み出している。よって売上を伸ばすには顧客全員を対象としたサービスを行うよりも、2割の顧客に的を絞ったサービスを行う方が効率的である。
  • 商品の売上の8割は、全商品銘柄のうちの2割で生み出している。→ロングテール
  • 売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している。
  • 仕事の成果の8割は、費やした時間全体のうちの2割の時間で生み出している。
  • 故障の8割は、全部品のうち2割に原因がある。
  • 所得税の8割は、課税対象者の2割が担っている。
  • プログラムの処理にかかる時間の80%はコード全体の20%の部分が占める。
  • 全体の20%が優れた設計ならば実用上80%の状況で優れた能力を発揮する。

 

 

この手の経済学用語は必ずしも正しいとは限りません。しかし、多くの状況において正しさが証明されている汎用性のあるノウハウなので、文字通り「8割の状況で通用する」と思っておいて良いでしょう。

少々のミスがあるからと言って「そんな知識役に立たないよ」と全否定するのは、勉強する人の姿勢ではありまえん。ゼロか100かで正しいか間違いかを判断するのではなく、何割くらいの正当性があるのかをパーセントで考える方が良いでしょう。

 

(全否定することで自分を偉そうに見せたがる人、多いですよね……)

(私が普通のサラリーマンをやっていた時にも「コンサルタントの言うことは役に立たない」とか言って全否定するだけの人、本当に多かったです。)

 

音楽制作において必要なのは音楽の理論だけではありません。心理学や経済学などの知識を身に着けておくと、音楽の理論だけでは解決できない不安がスッキリするかもしれませんよ!

 

というわけで、今回の海外記事はこのパレートの法則」が音楽エンジニアリングでも起きている、という内容です。

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本編。

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パレートの法則を踏まえて

音楽制作では1000を超える膨大な数の作業・操作が積み重ねられていきます。

 

細かな操作が連続する中で、1/4デシベルの音量差や、EQの位置が少々違うことについて悩む人は多いでしょう。

録音で言えば、マイクの位置や角度をわずかに変えてみたりするより、違うプリアンプを使う選択をするべきです。

 

作業の選択肢の中には、実は重要ではない項目が山ほどあるという事実について考えてみてください。それらの中から何を選択するかという俯瞰の作業において、「8割のサウンドは2割の選択で構築される」という真実です。

 

今触っているツマミを微調整し続けるのが本当に正しいのか?

そもそもフェーダーをグッと大きく下げるべきではないか?

ということです。

 

サウンドメイキングの80%は、全体の20%の大胆な操作(フェーダーをグッと上げ下げする)で出来上がるということです。

 

■オーディオの「80/20ルール」

最初はこの考え方(パレート法則)を不快な決めつけだと感じることでしょう。「ミックスはそんな大雑把なものではない!繊細で職人的なセンスが無いとダメ!」という具合に。

このように1000の小さな作業の積み重ねこそが良い曲につながると信じたくなるのがエンジニアの性格です。

 

こう考えてみます。

 

もう一度同じ作業をしたとして、それらの小さな選択肢のたびに、本当に同じ選択をするでしょうか?逆の判断をするかもしれません。

どっちを選択してもミックスの仕上がりにはそれほど影響が無いということです。

つまり、影響力の小さい細かな選択に時間を費やすこと自体が無駄な労働かもしれないという着眼点を持つことが大事ではないか?ということ。

 

この方針を受け入れることさえできれば、パレート法則はとても力強いものとなります。

20%の作業で80%の結果を生み出しましょう。

 

■大きな成果を

成果は小さな選択の積み重ねの結果ではありません。

大きな影響力を持つわずかな選択が大事です。

 

 

■1,休憩し、メモを取る

不思議に思うかもしれませんが、ミックスをしていない時に最高のミックスができます

運転しながらカーステレオでチェックする時、散歩しながらイヤホンでチェックする時、離れたソファの上で。あるいは動画サイトにアップした直後に。

 

「ああっ!ボーカル聞こえねえ!ミックスした奴バカじゃねーの!誰だよ!俺だよ!ボーカルはがっつり上げろよ!基本だろうが!」

 

このように機器に触れられない距離にいる時に、最も決定的な選択肢を得ることができます。

 

悩んだ時には作業場から離れ、

決定的なワンポイントについて

メモを取りましょう。

 

 

■2,重要な要素から開始する

ボーカル曲はボーカルが主役なので、主役のボーカルから開始しましょう。

バンドが強力な曲では、主要な楽器から。

リズミカルな曲はパーカッションから。

その曲の主役は何ですか?

 

曲を推進させるパワーを持っている楽器があり、それを阻害しかねない楽器があります。

 

これは録音でもミックスでも、あるいは作曲・編曲でも同じでしょう。

最も重要な要素を大事にしましょう。

 

 

■3,モニターし、参照する

ちゃんと音が聞こえていないと選択肢は間違いだらけになります。

良いモニター機器とモニター環境は重要ですが、さらにリファレンス資料(参考曲)を使うことです。

 

リファレンスをどのくらいの頻度で聞いていますか?

自分の部屋で作っている音と、部屋の外で聞かれている音について知りましょう。

リファレンスを聞いて世界のサウンドルールを得て、自分のサウンドメイキングに戻ると、すぐにリファレンスの音を忘れてしまうものです。リファレンスは頻繁に聞きましょう。

 

リファレンスの音から離れたオリジナルサウンドを作るとしても、どのくらいリファレンスから離れているのかについて考えましょう。

 

制作に没頭し続けるより、作業の途中にもっとリファレンスを聞くべきです。

 

■4,スピーディな作業

無数の選択肢に悩み、手を止めないでください。

どのような音楽を作るとしても、勢いは大事です。

 

分析は仕事の前か後にやるものです。

分析は将来の問題解決のためです。クリエイティブな思考ではありません。

意思決定ができない時には『1,休憩し、メモを取る』に戻ってください。

 

 

■5,限られた選択肢=素早い決断

EQではあまりにも多くの音情報が耳に入ってきます。

上げ過ぎと下げ過ぎを試し、バランスの良いところを素早く見つけてください。

バランスを取る作業でも、上げ過ぎと下げ過ぎを聞いてみて、ベストなバランスのあるポイントを素早く見定めてください。

微調整で正解に向かうより、両極端を実際に耳で聞くことで正解のあるポイントをすぐに察知できるはず。

 

録音では複数のマイクで収録し、そこから1つのサウンドを選択します。1つのマイクの微調整に時間をかけるより、2つ3つのマイクで録音して、最終的に1つを選択すれば良い。

 

無数の選択肢で迷った場合には、上に書いた1~4を再確認してください。

  1. 休憩とメモ
  2. 重要な要素
  3. リファレンス
  4. スピード 

■6,重要なことを決めて大胆に

例外的なジャンル※を除いて音楽には「主役」が存在します。(※BGMやアンビエントなどの音楽では中心要素を持たないボヤケたサウンドに価値が生じるケースがあります。)

一般的な音楽の制作では、重要な要素を「この曲の主役はこいつ!」と無慈悲なまでに決めつけてしまって良いものです。

重要な要素は1つの楽器の「ヒーロー性」のこともありますし、複数の「絡み合い」が重要なこともあります。

 

その「主役」表現のために過剰なことをするのを恐れないでください!

 

完璧なEQポイントを見つけるのではなく、ワイドなQ幅のEQ、シェルビングEQ(バクサンドールEQ)でグッと明確に操作してみてください。

コンプのアタックをミリセコンドで当てるのではなく、別のコンプを試したり、通すだけにしてみてください。(注:アナログ実機のサウンド味付けの話)

(編者注:要するに、アナライザを見ながら神経質で細い作業ではなく、大胆にやってみようぜ?と要約しておきます。)

 

■7,全体に耳を傾ける

ロボタンはあなたを騙します。

ソロで聞いて整えるのではなく、全体(context=文脈)を聞きながらやってみてください。

特に新しくトラックを追加する時に気をつけてください。パズルにピースをはめこむように注意してください。

今触っている新しい音を大きくはめこむとパズルは完成しません。

孤立したパーツはありません。

また、単独トラックだけで聞くということは、他トラックとの位相干渉をチェックしないということです。位相について熟知していなくても「なんか変な感じになった」と気がつくことは誰でもできます。

■8,機材は贅沢のため

「あの新しい機材、あのビンテージさえあれば!」という考え方をやめましょう。

基本的な装備さえあれば、あとは贅沢でしかありません。

 

贅沢について気苦労することに意味はありません。

新しい機材について考えるのは心配のためではありません。

高い機材は贅沢を楽しむために存在します

 

■完璧主義?

必要不可欠な80%の行為が終われば、すでに音楽は安定した完成度に達しています。

残りの20%を突き詰めたくなる気持ちのことを「完璧主義」と言います。

 

完璧主義の反対の言葉は「そつなくこなす」「無難にやる」。

元の記事では英語のことわざ「perfect is the enemy of the good」と書かれています。直訳すると、「完璧は善の敵」ですが、日本の言葉だと妥当な訳が見つかりませんでした。「案ずるより有無が易し」もちょっと違うよなーと思い「そつなくこなす」「無難にやる」と訳しました。「手堅く行く」もどうかなぁ。

そつなく80%に仕上げられていれば、もう次の仕事に行くべきです。

 

「完璧」とは自分の力で達成できるものではありません。

あなたが好きな映画やレコードがあり、お金を払って見聞きしたにもかかわらず、あなたはそれらの作品を「まぁまぁかな」「自分ならあそこはこうやるね」などと言うでしょう。山ほどCDの入った棚、iTunesの中の曲のいくつがあなたにとって「完璧」ですか?

 

あなたがクリエイターであるなら「完璧主義」とは必ずしも良い意味だけではないことについて考えておき、答えを持っておくべきでしょう。

 

完璧主義者はいつまでも作品を作り終えません。

「作った!」「できた!」と宣言して先に進むことが偉大なキャリアへの道です。

 

■パーキンソンの第一法則

関連事項なので追記しておきます。

asana.com

たとえば、プロジェクトの企画案の締め切りが 2 週間先に設定されているとしましょう。時間がたくさんあると、ホッとしますよね。しかし、締め切りまでの時間が長いと、目の前のタスクを完了させるのに必要以上の時間をかけたり、後回しにして期日前のギリギリのタイミングで完了させようとしたりします。つまり、与えられた時間を満たすようにタスクが拡大していくのです。

音楽制作の実務で言うと、無駄なリテイクが発生する理由の1つとして現れます。

つまり、締め切り3日の仕事を請け、1日で納品した時に発生します。

1日で提出した楽曲内容には何の問題もありません。

すると、クライアントは2日の猶予があるのでもっと良いものを要求してきます。このリテイクは2日間続きます。楽曲の完成度とはまったく関係無く残りの2日を使い果たすまで続きます。

 

これを回避する常套手段は最終日の夜に1回目の提出を行うことです。こうすれば猶予時間が無いので、クライアントはリテイクを出すことはありません。

 

なお、このような態度について異議を唱える人もいます。しかし、すべての人に叡智を授けることは不可能です。ましてや「今のリテイクは猶予時間があるからなんとなく言っただけですね?」などと言い返すのは相手の尊厳を傷つけます。そうしないために、締切ギリギリで提出するのです。

 

言うまでもなく優れたクライアントであれば「2日目何時の時点でいちど聞かせてください」という中間報告を要求し、必要であれば方向修正を指示します

 

もしそのようなスケジューリングが行われなかった際、可能であれば最初の時点で作家側から「音楽の方向性について中間報告するスタイルでやりますか?」と提案することは可能でしょう。相手の無知無能を指摘せず、やわらかく提案することが重要です。クライアントの立場は上ですが、その実務回数と能力については別問題です。クライアント側の職場において、その人はやり方も分からない新人なのかもしれません。長年周りを見ないで過ごしてきた人なのかもしれません。そういう場合、現場慣れしている側から不慣れな指揮への提案をするのは決して悪いことではありません。有用な情報を提供してくれる人を悪く思う人はまずいません。

 

中間報告を設置しなかった相手も悪いですが、それに対して「よそではこうやっていました」と情報提供しなかった側にも罪が半分あります。よくツイッターなどで「クライアントがクソ」とばかり愚痴っている人がいます。それに賛同して「そうだそうだ」と共感を示す人もいます。どちらも阿呆であると言わざるを得ません。相手を傷つけない態度で「それは大変でしたね。次はこうすると良いかもしれません。うちではいつもそうしています」と提案をするのがベストでしょう。片方の意見だけを聞いて、そこに居ない相手を悪者にするのは賢い人間のすることではありません。

 

・パーキンソンの第一法則とパレート法則に当てはめてみる

パーキンソンの第一法則に基づいた提案をするのが「2割の努力」です。

無駄なリテイクを繰り返すのが「8割の無駄」です。

音楽制作の作業は最初の打ち合わせで8割が決まります。

 

楽家の多く(音大卒)は一般大学生や一般職がやるノウハウを身につけていないことが多いです。音楽の質についてしか論じない傾向があります。

私が「音楽本を読む以上に、ビジネス本を読むべきだ」と勧めるのはこのためです。

音楽的な能力の問題ではなく、仕事全体の理解や、対人スキルを身につけていないことが問題なのです。

 

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■おわりに

今後も海外のDTM関連記事で優れた内容のものがあったら、厳選して日本語に翻訳して紹介していきたいと思っています。ご期待ください!

 

誤訳についての指摘がございましたら、お手数ではありますがコメント等でお知らせ願います。

・追記

この「80/20メソッド」はJustin Colletti氏にとって非常に重要なものなのでしょう。2019年6月にもより強調された形で解説されています。

www.youtube.com

 

 

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