eki_docomokiraiの音楽制作ブログ

作編曲家のえきです。DTM/音楽制作で役立つTIPSを書いています。

和声理論とコード理論の比較、いいとこどりのススメ

(人気記事!)音楽理論への接し方についての記事です。

この記事ではいわゆるクラシック和声理論-Classical Harmony-(以下CH)と、いわゆるジャズ・ポピュラーのコード理論-Jazz Popular Chord-(以下JP)を比較します。

もっとも一般的に使われているこの2つの音楽理論を比較した上で、双方の理論のおいしい部分を紹介します。という記事です。

この記事は私が書いていた昔のブログから移動したものです。同一著者です。

大変人気のある記事なので、随時加筆修正を繰り返しています。

やや長い記事ですが、大変評判のよい内容です。ぜひ最後まで読んでみてください。

 

 

 

※長くて読むのが面倒だという人は「■CHとJPのおいしい部分(ここから本題!)」から後ろだけ読んでもらえればそれでも構いません。

■はじめに

なぜこんな記事を書こうと思ったのかというと、音楽理論をバランス良く習得している人が少ないなぁと思ったからです。

「どのような理論でも徹底的に身につけるとなんでもできる」という考え方があります。

しかし、現代では複数の理論の美味しいところを勉強することがベストな時代だと感じます。ス複数の理論によって音楽を多角的に理解することで、スピーディに多くの音楽を理解し、またそれを制作できるようになる時代だと考えています。

どちらか一方の理論をある程度覚えたら、異なるアプローチの理論を学習すると楽しくなるよ!という啓蒙する目的で書いています。

 

■「JP」「CH」という略号はこの記事内だけのものです。念のため……

JPとCHという呼び方は記事を読みやすくするためにこの記事でだけ使う便宜的な略号です!

恐らくこの記事以外でそんな呼び方を使う人は存在しませんし、私自身そんな呼び方をすることはありません。よく使われている呼び方はCH系が「クラシック和声」「和声」「芸大和声」(その他、ドイツ和声やフランス和声など様々)、JP系が「コード理論」「コードスケール理論」「ジャズ理論」「ジャズポップス理論」「バークリーメソッド」などです。なお、音楽理論はこれらだけではなく、さまざまな概念について扱う細分化された音楽理論があります。

というか少なくともWikipedia(カテゴリ:音楽理論)をどーぞ。使えるものから使い道の分からない机上の空論まで、いろいろあります音楽理論。職業学者さんたちが理論研究発表=予算獲得&売名を目的とし、あまり実用性の無い強引な理論もあるので気をつけてね!どれとは言わないけどアレとかソレのことです。そういう学者業界の人でもない限り興味を持つ必要はありませんよ!

 

理論という言葉の意味を広く扱うなら、記譜法や管弦楽法音楽理論ですし、シンセの扱いも広い意味では管弦楽法の中に分類される音楽理論です。コンピューター音楽をソースコードで直書きするMMLも記譜法の一種に含められる音楽理論です。ミックスマスタリングなどは音響理論寄りではありますが広義には音楽理論です。一番根本的なところでは、音階だって理論です。音楽をやらない人でも常識として知っているドレミの平均律は、長年の音律研究の集大成、人類の英知ですよ!

 

そうした中から、今日の日本国内でもっとも広く使われていて接することになるであろうJPCHについての記事ですよ、ということでよろしくお願いします。

 

というわけで以下をどうぞ。

 

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■2つの理論の比較

CHとJPの教科書2つの目次を抜粋しました。

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(「引き合いに出す教科書が妥当じゃない」とツッコミを入れたい人は自分で最強の教科書について言及した記事を書いてね!)(まぁどちらもちょっと古い教科書です。今では上位互換と言える、より合理的でスマートな教科書が出版されています。そういう新しい本で上画像のような対応表を作ってみると楽しいかもしれませんよ!)

 

非常に長い説明になるので、この画像だけはダウンロードするか別のタブで表示しておくと良いと思います。

 

(2016年5月3日訂正、左の「Ⅱ2-2,準固有和音」に相当するのは近親調転調ではなく「同主調転調」です。ジャズポピュラーでCメジャーキーでCマイナーキーのコードを使うことをクラシックの日本語表記では「準固有和音」と呼びます。

コード進行で書くと「C F G」を「C Fm G」にする「サブドミナントマイナー」の用法や、Cmキーで短調Ⅴのマイナー7コードを長調のⅤ7にする「導音化」などです。

なお近親調転調は左のⅡ2-8です。なお「近親調転調」は広い意味の言葉なので同主調」も「近親調」の一種です。「準固有和音」は最も頻繁に使われることと、転調テクニックの基本中の基本ということから「準固有和音」という特別な名前が付けられています。)

 

■CHの特性

■CHのなりたちと特性

CH(クラシック和声理論-Classical Harmony-)は声楽を綺麗に鳴らすためのものです。

そもそもの成り立ちは「歌のため」「石造りの教会での演奏」での宗教音楽のための理論です。DTM的に考えればすぐ分かると思いますが、石造りの教会の中などで歌を歌うととても長いリバーブがかかります。リバーブが長いということは、うかつな音を並べると激しい不協和音が発生してしまうということです。

また、教会での歌なので意図的な不協和音を使った不気味な音楽はここでは禁止です!

ひとことで「クラシック」と言っても長い歴史があります。近現代以降は不気味なサウンドを扱うことも増えました。しかし、当時の音楽は不協和音に対してものすごく敏感です。もちろん派手なパーカッションとかは存在しませんし、大音量のド派手なブラスセクションも存在しません。

 

CHで曲を作ると、複数の声部が共存できて、なおかつ全ての声部がメロディアスに仕上がります。(並行運動するハモリではありません!まったく違う動きをする複数の声部です。)

同じ音色を持つ楽器では、うかつな不協和音やボイシングを避けないと良い音がしません。
そのため非常にシビアな構成力が必要となります。ちゃんとCHを使えば非常に説得力の強いサウンドが得られます。

 

クラシック系の楽器を演奏する人は、昔ながらのCHで書かれた曲を演奏することがメインになりますので、作編曲をしない演奏メインの人もCHをある程度理解しておくことで演奏がやりやすくなります。

 

JPのコード理論で代理コードなど様々なテクニックがありますが、そのまま鳴らしても「全然代理できてないんじゃね?」と思うことが少なからずあったはずです。それはコードをポンと鳴らしても前後の音域のつながりや、声部のつながりが綺麗に整っていないからです。よく訓練されたプレイヤーはコードで曲を書いていても自然とCHの要素を取り入れたボイシングを行っているので自然なサウンドになる、というわけです。

(この辺の誤解については音楽理論のレッスンでも説明しているのですが、代理しているのは機能(ファンクション)であって、いついかなる時でもG7の代わりになれるコードは存在しません。G7を代理しているのではなく、ドミナントを代理している、ということです。)

 

ミックスの些細な違いに対してツッコミを入れたくなるのと同様に、音符の並びの時点でCHを踏まえていない、前後のつながり感が希薄なコードワーク(ボイシング)の曲だとクソ曲だと言われてしまいます。

DTMで音楽をやり始めた人がミックスに耳が行くのと同じように、CH的な音楽に馴染んでいる人は和声の不具合に対して耳が反応するということです。

つまり、あなたが「この曲、ミックスがヘタだな」と言うのと同じように、「和声がなってねーな」と思われているということです。

 

CHは声楽用として発展したものなのですが、シンセ等の現代楽器による音楽でも非常に良い効果が得られる万能性の高い理論です。教会音楽から離れ、バロックやロマン派、近現代になってCHには様々なバリエーションが生まれています。それでも基本的な部分は引き継がれているので、強い普遍性があると言っても良いでしょう。

実際、よくできている(あるいは売れている)ロックやEDMの音楽は和声がしっかりしています。彼らが和声を学んだかどうかは知りませんが、優秀な音楽家は本能的にCHを会得しているということです。

 

逆に言えばJPで書かれた現代の曲のみを演奏するポピュラー畑の人は、ガチガチのCHを習得する必要性が無いため、相当な上級者でもCHをまったく身につけていない人が多くいます。

しかし、作編曲を志すのであれば、CHの習得は不可欠です。

なぜなら世の中の多くの音楽はすでにCHを使って書かれているため、音楽を聞くだけの人でもCH要素に欠ける曲を聞いた時に「なんか変だなぁ」と感じてしまうからです。

(この違和感を私は『既聴感』と呼んでいます。既聴感を満たすためにCHは必須、という意味です。)(ミックスも既聴感です。おかしなバランスでミックスされている曲を聞けば、ミックスをやらない素人でも「なんか変だな」と感じることができます。むしろ技術的困難さを知らないので残酷なコメントをするものです。)

 

「クラシックなんて知るかバーカ!」と思ってはいても、歴史の順番としてクラシックが発展したその後にジャズやポップス、ダンスミュージックが登場している事実は覆せません。

言い換えれば、クラシックの発展系にロックもEDMも存在しているということです。

その親子関係、遺伝子はどうしても消えないものです。大昔の人が麦や米で生き延びて、その子供も麦や米で育っているということです。食生活は時代とともに変質していきますが、数百年程度ではそれほど変わりません。音楽もそれに似ていると思います。文字通り遺伝子レベルで刷り込まれている情報です。 

もしクラシックを勉強することに抵抗があるなら、それをクラシックだと思わないでください。今の最先端アーティストがどういう曲を聞いて育ったのかを知ることが重要なのと同様に、ロックの源流、テクノの原点を学ぶのだと思ってください。そうやって考えてみるとクラシックというのはとても身近なものに感じられるはずです。

 

■CHの長所

上でも述べたとおり、良い音楽家のサウンドは必ずCHの要素を盛り込んでいます

バンドサウンドやそれ以上の大編成のサウンドを扱う場合にも、それぞれの楽器が埋もれないCH的な書き方ができます。複雑なのにくっきりしたテクスチュアのある、洗練された音楽を構築できます。

クラシックを作らずポピュラー音楽を作る人にとっても、メロディを邪魔しないコードボイシングやベースラインの構築のために欠かせません。

また、ほとんどの楽器は「CH的に正しく書かれた曲を演奏するための道具」として設計されているので、CHが適切に書かれた曲は実際に楽器や声で演奏することが容易です。例えば無理な跳躍や演奏不能なほど広い音域担当をするのはNGで、CHではそれを抑止するために様々なルールが決められています。

 

DTM的視点におけるCH

少ない楽器編成でも充実したサウンドが得られるので、ファミコン等のチープな音源で良いサウンドを鳴らすためには絶対不可欠です。チップチューンをやる人は少ない音で多層的なサウンドを鳴らすためにCHが不可欠です。要するに3和音しか無いのに2つのパートが「ド」を演奏したら、和音が成り立たないということです。ある意味チップチューンは最も純粋にCHを継承しているジャンルだと言えなくもありません。

 

ミックス視点から考えてみましょう。

CHでは作編曲の時点で帯域分離が実装できるので、変則的なミックステクニックを駆使しなくても自然な仕上がりにできます。

ミックスがうまくいかないならアレンジに戻れ」となった場合にはCH的な視点でボイシングを見直すとうまくいきます

具体的に「アレンジに戻れ!」と言われても、CHの感覚が無いと直すのに試行錯誤するしか無いので「EQでどうにかする!」という間違った外科手術ミックスをしなければならなくなってしまうということです。CHの初歩理論に従って、楽器ごとのドミソの配置と楽器ごとの音域の制御をよく考え直すところからアレンジ修正をやってみると良いということです。

CH的に良くできている曲なら、普通のミックス手法だけでまとまるはずなんです。

おかしなアレンジだからおかしなミックスをしなければならず、結果としてミックスもうまく行きませんし、技術も曲がったものになってしまいます。

逆に言えばCHの技術が身につけばミックスが上達したことになります。「コロンブスの卵」っぽいですね。

 

ミックス用語「マスキング」から見るCH

ミックスにおける重要な概念に「マスキング」があるのはご存知のはずです。ミックスにおけるマスキングは「低域は高域をマスキングする」とありますが、さらに厳密に定義するなら「低域担当楽器の自然倍音列に重複する音がマスキングされる」と言えます。

自然倍音の中でも特にオクターブ関係にある音は強くマスキングされます。ベースでドが鳴っていると、その上の音域にある全てのドには特に強く影響するということです。なのでベースが担当している音と上の音域の楽器の担当する音が同じだと悪影響が出やすいから重ねる時には注意するべきだと言えます。

 

マスキングは徹底的に除去されるべきかといえばそうでもなく、「いかに自然なマスキングレベルを残して異なる楽器の音をなじませるか?」が重要です。


CHはPA・ミキシングの存在しない完全アコースティック環境の音楽から発生した理論なので、ミックスをしなくても音符の縦の重なりと横の並びによってミックス不要のサウンドを作り出します。CH的によく出来た音楽は珍妙なミックス技術を駆使しなくても自然なまとまり感を作り出すことができます。

 

 

ミックス用語「帯域住み分け」から見るCH

やや重複した話です。

ベースがドを演奏するとその上の音域には自然倍音が生じます。

上の音域でドを演奏している場合、オクターブ上のドは第2倍音、その上のソは第3倍音です。

なので低音のギターのために低域にディップを作ってベースと低音ギターが分離するように処理するのがいわゆる「EQによる帯域住み分け」の加工です。

同様にそのギターの鳴っている音域から上にも自然倍音が生じます。高音域ではすべての楽器の高次倍音がどっさりです。それを避けるためにEQでディップを作ります。
クラシック、オーケストラはEQ処理ができない時代だったので、楽譜の上で自然倍音の影響を避ける工夫をしてグッドサウンドを目指しました。EQを使わずに帯域住み分けを行うのがCHだと言えます。

シンセでシンプルな音色をドソミの順に重ねながらアナライザーで拡大して見てみると、ドの音が形成する自然倍音の山々の隙間にソとミが形成する自然倍音が挿入されていくのを確認できます。

 

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下からC G C Eの4声の例です。基音の完全な分離、重なっている部分で1位になっている色と、ピークごとの色のブレンドの違い。高周波数帯の色の分布に注目してみてください。EQ処理がまったく不要な理想的な状態であることが分かります。これがCHによる「古代のミックス技術」です。

 

 こういう高精度のスペアナを見れば分かることがあります。

音程とは周波数でしかありません。極めて細いEQを使うということは、ドレミファソラシドの「ラ」だけを小さくすることと同じです。特定楽器のラだけを小さくすることが、いかにおかしなことかを実感することができるはずです。

ミックスのレッスンで稀に良く見るのがこの「細すぎるEQ」でおかしな音にしてしまっている人です。慣れてくると聞けば一発で分かるのが、細すぎるEQであちこち削ったサウンドです。効果音を作っているんじゃないんだから、細いEQを並べるのはやめましょう。

常識的なEQの使い方として、極細のEQで除去するのは、録音環境に含まれる定在波や楽器特有のレゾナンス、電気的ノイズピーク、などの不要な音が対象です。楽器のラの音を下げるためではありません。それは繊細なミックスではなく、おかしなミックス手法だということです。

 

当ブログで掲載している海外ミックス技術情報の翻訳記事で海外エンジニアが何度も警告しているとおり、細すぎるEQはNGだと考え直すべきです。

eki-docomokirai.hatenablog.com

 

同じ音程や倍音で影響される音程に気を使うことで、おかしなEQの使い方をする必要はなくなります。逆に言えば、おかしなアレンジで特定の音程に音の波が集中してしまっているからおかしなミックスをすることになっているわけです。

ここまで分かれば、CH的に正しく組まれた音符群の方が最終的な音量を稼げることも納得していただけると思います。重複音によって特定の帯域ばかりが大きくなってリミッターに引っかかることを予防できるからです。しかもおかしなコンプ設定で音質を殺す必要もありません。

逆に言えば、CHは電気的な増幅ができない時代の、古代の音圧上げだと言うこともできるわけです。昔の人は大したものですねホント。

 

■CHの欠点

とにかく習得が困難です。

古典的な和音を扱うことに偏っているので、現代の音楽においては応用をきかせる必要があります。

また、上と逆のことを書きますが「ミックスでどうにかすることを前提とした和声」も存在します。そうしたことについて具体的に記述した書籍はおそらく存在しません。基礎的な和声を習得した上で、各自が独自の書法を身につける必要があります。

また、記述には複数段の五線譜が必須です。文字テキストによる伝達ができません。この欠点があるため、ネットでは情報が流通しにくく、独学やオンラインレッスンでの習得が極めて困難です。

 

 

■JPの特性

■なりたちと特性

ジャズ・ポピュラーのコード理論-Jazz Popular Chord-

CHは複雑で独学習得が極めて困難な上、1曲を作るのにとても時間がかかってしまいます。
そこで、CHのおいしい部分を極めて簡潔にまとめたものがJPです。
大雑把に素早く音楽を構築できる理論がJPです。

「商業音楽を量産するためのインスタント音楽製作技術」として誕生した経緯があり、CH者からは「JPなんて雑なサウンドは音楽じゃない」と怒られたりしていました。

 

実際に20世紀中期から「CH者の仕事をド素人JPerが奪ってる」という職業シェアの問題がありました。「和声ガー、和声ガー」と叫ぶのはそういう連中だと言えます。

 

20世紀中期とはラジオやテレビの黎明期です。

日々発信されるメディアのために、膨大な数の音楽が必要となり、職人的・芸術的に高い価値のある作品より、迅速に作れる音楽の需要が一気に高まったわけです。じっくり作っている時間など無い、容赦ないスピード作曲時代の幕開けです!そういう莫大な需要に答えるために編み出されたのがJPなんです。

 

現在ではそれほど厳密な和声はもう必要ない世界になっています。(でも和声の重要なポイントは電子音楽の時代になっても普遍性がある、完全に不要になったわけではない!という点こそが重要なんですよ!)

 

音楽製作技術はよく料理に喩えられますが、CHとJPの関連性もまた料理に喩えることができます。

CHは本格シェフの料理、JPはインスタントな工場で大量生産されるジャンクフードか、お手軽クッキングです。

適当に自炊している家に海原雄山(「美味しんぼ」の怖いグルメおじさん)があがりこんできて「こんな料理があるか!」と怒鳴られても困るじゃないですか。アウトドアでのレトルト食に文句を言うようなものです。どちらも優れた点があり、どちらも欠点があります。

また、JPが作られたのはドビュッシー以降のジャズに至る現代的なサウンド(≒テンションサウンド)が登場した後に作られた新しい理論体系なので、JPは現代的な複雑なサウンドを比較的かんたんに扱うことができます

(もちろんCHでもそういうモダンなサウンドを扱うことは可能ですが、基礎理論として学んだことに対し、ものすごい量の例外処理を上書きすることになります。そもそも基礎となる原始的なCHから分派?した結果としてドビュッシー等の近代サウンドが突然変異として発生した経緯があります。そうやって分派しすぎたものを「全部テンションで」という感じでラフにまとめたのがJPということです。大雑把な説明としてはこれでだいたい合ってる。厳密に言うのは面倒だし、記事の本旨から逸れる気がする。)

 

■JPの長所

とにかくかんたんです。

少なくともパソコンの使い方や英語を使えるようになることより圧倒的に簡単です。楽器ひとつを初心者レベルまで習得するよりも簡単です。

今日において「作曲をやってみたい」人がまず覚えるべきはJPだと断言できます。

ただし「コードシンボル」の扱いがやや独特なのと、JPの流派によってコードシンボルの書き方が若干異なるため、注意が必要です。同様に、DTMソフトによってコード表記ルールに違いがあるので要注意です。あなたが覚えた記述ルールと少し異なるかもしれません。

 

個人的にお願いしたいのは、インターネットを経由するやり取りの場合に、コード表記の小節区切りには必ず | を使ってほしいことです。絶対に / や - を使うべきではないです。/はオンコード表記の記号で、-はマイナーの記号として扱われることがあるからです。あとフラットの意味で-を使うのもやめてくれ。ただし例外として「b7-5」だけは通例的に認められている。いずれにしても誤解を招かないように書くのがコード記述のマナーですよと。)

 

もし初歩のJPすら身につかないのだとしたら、それは勉強の方法が根本的におかしいんじゃないかと思います。

 

私はいつもこう言います。

「麻雀より簡単」

「最新ゲームのルールと操作を覚えるのと同じくらい」

格闘ゲームで強くなるより簡単」

 

もちろん、JPの深い部分まで行くと非常に複雑になってきます。

でも、複雑に感じるのは「CHを簡略化したJPで考えるから」です。

JPという武器だけで複雑なダンジョンに踏み込むよりは、CHを装備してから挑んだほうが圧倒的に楽です。(これは逆でも同じです。CHだけですべての音楽を扱おうとするより、JPを少し身につけるべき時代だと思いますよ!)

 


DTM的視点におけるJP

作曲の初期段階で素早く下書きできるのが非常に便利です。
CHと違ってJPは制約が少ないので、ピアノロール上で自由に書くことが許容されます。

 

■JPの欠点

致命的なのは、JPはボイシングを正確に記述できないことです。

 

精密な設計をしたい場合には不向きどころか、不可能です。(できないことは無いのですが、それはもうコード表記とは呼べない、個人的メモでしかありません。C/G omit3 add#11 とか言われても意味不明です。)

多く場合、コードを見て奏者がどう演奏するかのセンスに委ねられます。

コードの連結性を考慮しないと音域がどんどん崩れてしまいます。

 

そもそもJPのコード記述は完璧な情報伝達を目的としていません。

精密な表記や伝達をコードでやろうとすること自体がそもそもコードの使い方として間違いだということは忘れないでください。チェーンソーで頭髪をカットしようとしているのと同じです。JPコードは繊細な記述に向いていません。ちゃんとハサミを使って髪を切ってください。

 

JPコードで音楽をやる場合には「コード記述でそれなりに伝わり、それなりに自由に演奏してくれれば良い」というざっくばらんな精神が大事です。(CHを先に身につけてからJPに入門した人は、この適当さを理解できないケースが多いようです。)(転回型を切り捨てたことこそが音楽史におけるJP最大の功績であると同時に大罪だ、と言う人もいるくらいです。)

 

誤解を招かないコード記述をしていても、相手が別の流派のコードの読み書きしか身につけていないと、おかしな演奏をされてしまうことが多々有ります。コードの書き方に絶対的な正しさは無く、多くの方言があるということは絶対に忘れないでください。コードはスラングのようなものなので、権威のある教科書の正しささえ無意味です。

 

(ネットでコード表記について議論している人たちはこの大原則を知らない=現場に立ったことが無い内弁慶だと言わざるを得ません!絶対のルールなどありません!)

 

(なお、CHにも方言があります。芸大和声が全てではありませんよ!日本では和声と言うと芸大和声の話しかしないケースが多いですが、世界にはいろいろな和声の方言があるのは常識です。つまり、芸大和声の話しかしない人は、芸大和声しか勉強していないし、ソレ以外の語法で書かれた曲の分析もやっていない証拠です!とりあえず定番のシャランとかどうですか!?)

 

とにかく「JPコードを使っている以上、完璧性は求めない」ことは忘れないでください。

上で述べたように、コードシンボルの書き方が流派によって異なります。
この点において本来は世界共通語のはずのコードシンボルが別流派で誤解を招くなどのトラブルが生じています。そんなもんですよ。人間が作った言語なんですから。

 

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■CHとJPのおいしい部分(ここから本題!)

ここからがこの記事の本題です!

上と同じ画像をあらためて貼ります。色を付けてある項目がおいしい部分です。

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■CH学習者がJPに見習うべき要素

CHでは上位の理論まで進まないと扱うことのない和音を、JPではかなり初歩の段階で扱っています。そういう部分を積極的に取り入れることをおすすめします。

 

■コードシンボルの読み書き

現代の音楽において必須です。
「JPなどという低俗な音楽には絶対に接触しない」という覚悟でクラシックだけをやる人はどうぞご自由に。

 

JPコードシンボルを知ることがなぜ重要か?
理由は「CHでは相当上位の理論で考えないと登場しない和音が、JPのコード学習では初歩の段階で羅列されているから」です。
たとえばCaugやCdim7、テンション、(JP上位理論ではオルタードテンションもあります)など。
そうしたコードサウンドを導入し、CH理論で処理する、というハイブリッドな理論運用です。

 

■代理コード、ツーファイブ、コード進行

これもJPならではの飛び道具です。JP学習者はかなり初歩の段階で代理コードを習得しています。とくに「トゥー・ファイブ」はJPの真骨頂とも言える美しいコードワークです。「トゥー・ファイブ」に代理コードを織り交ぜたサウンド、さらにテンションを織り交ぜたサウンドはCHではそうそう到達できないものです。
そうしたJPならではの理論とケーデンスを交えた「定番コード進行」は、JPによりポピュラーミュージックが量産され、ヒットチャートの戦いの中で洗練された叡智の結晶です。
そうした定番コード進行の中でCHを適切に使うことができれば鬼に金棒だと言えるでしょう。

 

■CH学習者がJPを学習する時に気をつける点

  • JPには転回形が存在しません
    煩雑な転回形を切り捨てたことがJPの最大の特徴のひとつです。
  • バスが根音以外になった場合にはオンコードとして扱います。
  • JPには声部の配置が存在しません。(自由に演奏してかまいません。)
  • JPはコード楽器の運用をメインとしているので、「セクションのハモリ」には平行禁則を適用しません!

JPで使う楽器はコード演奏用に特化した奏法を使うので、「声部にハモリがついたもの」として和声を運用するべきです。

例えば、並行5度違反としてやり玉に挙げられることの多いハードロックの名曲「Smoke On The Water」の冒頭のギターは「2つの声部による連続5度形成=禁則違反」ではなく、「単一声部に対し5度のハモリが添えられたもの」として認識する必要があります。
同様にジャズのサックスセクションのサウンドも「5声部が連続平行禁則」ではなく「1声部に4つのハモリが添えられている」と認識してください。

言うまでもなく、こうした書法は別にロックが初出というわけではなく、民俗音楽の導入によってクラシックでも古くから行われています。そういうクラシック曲に対して"学習和声"のレベルで「間違いだ!音楽を知らないのか!」と言う人がいないのと同じように、ロックもまた都市という民俗の音楽です。民俗音楽をとりこんだ後のクラシックが更に発展してロックに至った、と肯定的に音楽史を解釈するべきだと思います。

 

■CH学習者がJPの長所を知る意義、まとめ

「ジャズポピュラー理論は、雑な音楽(ロック)しか作れないバカ向けの音楽理論もどき」という考えは横において、ドビュッシー以降のサウンドを含んだ後発理論のメリットだけを頂いてしまえば良いと思います。CHでは必要以上に難解になっている上等な和声書法の助けになるかもしれません。

 

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■JP学習者がCHに見習うべき要素

JPでは上位の理論やアレンジ実践の段階まで進まないと知ることのない概念を、CHでは初歩の段階で習得させています。そういうポイントに絞ってCHの真骨頂と言える優れた要素を身につけてみましょう。

 

■基本3和音の配置

JPではアレンジで楽器を具体的に運用する段階まで登場しないボイシングの理論がCHでは極めて初歩の段階で登場しています。「ベースとメロディを重ねすぎるとまずい」「トップノートを意識して書くと良い」などの教訓を聞いたことがあるはずです。CHではそれを初歩の段階で必ず習得させています。

ぶっちゃけこれを知るだけでも大きな収穫になるはずです。

実際、これだけしか覚えずに、後は感覚と応用、手探りの連続だけで立派に和声を習得したJP者もいます。カンって大事ですね。

 

■基本3和音の連結

コード理論ではピアノの右手のボイシングを変えることで適切な音域を維持するのが原則です。ギターも極端に腕を動かさず、フレットが近い位置でコードフォームを変更するのが原則です。

しかし、CHの「連結」の理論では、コード構成音それぞれが、次のコードのどの構成音につながるべきである、と考えます。コードネームで「縦に積み重なった音」を扱う以上に、「横のつながり」を重視するのがCHです。

ポピュラーで使うギターやピアノなどのコード楽器に対してCHを100%適用することは不可能ですが、部分的に取り入れるだけでもサウンドの説得力が桁違いに良くなります。具体的にはトップノートに対しては常にCHで考えるようにするとベターです。

「配置」「連結」は同時に成立させなければなりません。これがCHの難しいところです。これが綺麗に書けていると非常にスムーズで説得力のあるサウンドが実現できます。

また、ポピュラーのメロディ作曲でじゃ「コードに対してメロディが何度の音を使うか?」がプロクオリティのメロディ作曲をする上で重要な課題とされているのはみなさんご存知のとおりです。

CHでは初歩の理論の段階でメロディ(ソプラノ)が各コードにおいて何度の音程を使うべきか?どのような選択肢があるかについて説明をしています。

 

CHを少しだけかじったJP者によく誤解されているのですが、「和声的な横のつながりは近い音程にだけ移動する」という考えは危険です。和声の横のつながりには適切な跳躍運動が存在します!それを習得するレベルまでは学習を続けてください。じゃないと「和声なんかやらないほうがまし」としか思えないはずです。

禁則で絶対に覚えておかないとまずいのは、

  • 「連続8度(5度)」
  • 「平行8度(5度)」
  • 「禁則の例外(こういう場合はOK!)」

それ以外の禁則はわりとどうでもいいです。
興味があったらマニアックな禁則も覚えましょう。

あと、
「わかった上で何かの効果を狙って禁則を無視する」ことは、わりとOKです。クリエイティブに違反しましょう。

 

ドミナント諸和音の扱い(V諸和音)

DからTに解決するサウンドは理論の初歩ですが、そのままV7→Iだと幼稚というか、面白みに欠けるサウンドに感じてしまいます。
CHにおけるV諸和音の処理は、単純なV7→Iだけではなく、Vの転回形を適切に扱う技術について丁寧に例が示されています。

 

 

■準固有和音、非和声音、内部変換

「CHは美しいクラシックのためのものだから不協和音は使わない」という認識は間違いです!

CHは中級の段階かノンコードトーンが入っても汚いサウンドにならない絶妙な手法を説明しています。

中にはコード表記では表し難い絶妙な和音が使われています。この辺りのアイディアはJPをメインに使っている人が積極的に取り入れるべきでしょう。

(JPではそのほとんどが「これはパッシングですね」だけでスルーされています。パッシングの種類について徹底的に取り組むのが中上級のCHだと言えます。)

 

たとえばG7(構成音はGBDF)を変形した「下方変位和音」はGBDbFです。Diminished7と異なる配置で2つのトライトーンを組み合わせた和音です。
これをコードで表記しようとしたらかなり面倒です。G7(#11)と表記することは可能ですが、下方変位和音の持つ絶妙なボイシングと、前後関係をコード進行で正確に伝えることは困難です。

 

不協和音は「掛留音(係留音)、経過音、先取音、逸音、刺繍音、倚音」という名前を付けて細分化されています。(変位和音、転位音も参照。)それらをどのように使うかを知ることは、優れたコードワークとメロディライティングに役立ちます。

JPではこれらを「コードの一部が変化した音」として分析させます。コードの一部が変化しただけなのに、全く違うコードネームで表すので、JPの感覚では「なんでいきなりこのコード出て来るの?」となってしまいます。

これについてCHは実に上手に扱っているので、パッシングコードの妙味を獲得したいなら、ぜひCHを学ぶべきです。実用性のない和声禁則なんかを勉強するより、CHの真骨頂とも言える一時変化音について学ぶべきだとさえ思っています。

 

初歩のJPではノンコードトーンを扱いにくく、つまらないメロディしか書くことができません。初心者同士のやりとりで「ノンコードトーンはダメ」「アボイドだからダメ」「メロディは基本的にコードトーン」という、初歩の理論だけを使っていてクリエイティブな発想が阻害されているDTM作業放送を私は多く見ました。

それは初歩の理屈で上級理論を否定しているようなものです。

自動車免許取り立ての大学生がF1ドライバーを「あの走り方は下手くそ。仮免も取れない」と言っているようなものです。アホですね。

 


■JP学習者がCHを学習する時に気をつける点

 

■CHは転回形について極めてシビアです

(例えば、CEGが1転回しEGCとなった場合に「6の和音」と呼びます。ルートからトップまでの距離が6度という意味です。CEG+Aの付加音6thではありません!)

 

■CHは音が鳴った瞬間のコードで和音を決定していません

(上参照、倚音等)
不協和音で始まったとしても、少し上か下に移動して落ち着いた時のサウンドが「JPでいうコードネーム」となります。

そもそもCHは「4声全てがメロディ」という考え方が大事だということを思い出してください。もしくは、「ギターリフで音が少々動いたとしてもコードネーム上では1小節全部をCとする」というJPの考え方を思い出してください。

コードだけの演奏を純粋に担当する人がいないのがCHなので、何拍目に対してコードネームを割り当てるべきかを良く観察してください。この柔軟過ぎる理屈があるのでCHは分析に向いていません。「常にゆらゆらしている水面の高さを測るのは難しい」という感じです。

ギターやキーボードの演奏ではコードネームを使うので、小節ごとに明確なコードネームを記述する必要があります。しかし、CHではコードネームを使いません。便宜的なコードネームを与えることは可能ですが、もし小節単位で便宜的なコードを決めてしまうと「ゆらゆらしている」音楽を表現できないということです。

CHの分析でも便宜的なコードシンボルを使うことがありますが、それは分析のためのもので、便宜はどこまで行っても便宜だということです。

 

CHの分析方法は非和声音をどれにするかという点が非常にあいまいで、ちょっと解釈を変えると別のコードだと認定してしまう傾向があります。トンチンカンな分析をしているCHの先生も多くいます。ただしこれはあくまでも便宜的なコードシンボルを割り当てるから発生してしまう問題でしかなく、分析結果を使って曲を演奏するわけではないですよね?

どうトンチンカンなのかについては、そのクラシック曲をポップスにアレンジしてコードネームをつけてみればすぐに分かります。CH者の間違った解釈は、音楽の骨子を無視し、「分析のための分析」になってしまう傾向があり、実用性を欠きます。

 


■JP学習者がCHの長所を知る意義、まとめ

CHを部分的に学習することで、よくある「ノンコードトーンってどうやって使うの?」という疑問が一気に解消されるでしょう。

 

ポピュラー音楽を作る際に「メロディーがノンコードトーンになる状態」や「コードの一部(全部)が一時的にアウトする状態」「テンションリゾルブ等の洗練されたコードワーク」を明確に意識できるようになります。

「クラシック、和声って禁則禁則言ってるだけの古臭くてくだらない音楽理論でしょ?」という考えを一度横において、CHのおいしいところだけを取り入れてみると、初歩JPから考えても理解が難しい上級コード理論がすっきり分かるはずです。

厳密なCHをやるわけでもないなら覚えて実行するべき禁則はほんの僅かです。

 

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■謝辞

過去のブログにおいてコメントをいただきました。それらは原則的にすべて現在の記事に内包させていただいております。

今回のブログにおいてもコメントの全ては内包されることになるということをご理解の上でコメントをお願いいたします。(コメントに対する独立した著作権の主張は無視します、という意味です。)

 

■さいごに

 

以上です。

内容についてはそれなりに吟味し、数回書きなおしていますが、非常に大きな事象を短い文章だけで扱っているので多くの落ち度があります。

 

また、特定の誰かに対する説明ではないので、散らかっている内容に感じるかもしれません。関連することを併記できないのがこういう文章の面倒なところです。

そもそも音楽理論(に限ったことではありませんが)筋道を立てて1本道で学ぶものではないと考えています。関連性を持ったテクニックを編み込むのが音楽です。乱暴な言い方になりますが、勉強の仕方が上手ではない人や、受験勉強のスタイルしか身についていない人は、こういう関連性を持つ技術体系を習得するのに向いていないように思います。

腰を据えてガッチリ身につけるべき要素と、ボンヤリとしたクリエイティブな気分で、重力の無い宇宙空間でふんわりとくっつけていく感じの、その両方を身につけないと音楽には向いていないなじゃないかなぁと。

 

マジメな人はテキトーの良さを身につけるべきで、チャラい人はマジメな部分を持つと、もっと素敵な人になれるんじゃないかなぁ~という感じ。です!はい!

 

 

意見コメントは随時受け付けていますが、もし意見をもらえたとしても命令は聞けません。また議論をするつもりも一切ありません。

冒頭でもお断りした通り、もしこの記事内容に不満や反論がある人がいたら、自分自身で書いてみることをお勧めします。

 

今のところはこういう記事を公開することで、音楽理論学習者の一助になればそれで十分です。

 

■謝辞

掲示板やツイッター等でも拡散され、多くの人が読んでくれているようです。

ブログのアクセス数とかには興味は無いのですが、自分が並行的に研究してきたことが概ね肯定的に受け入れられていることは大きな自信になっています。

今後も中途半端な内容の記事を書き続けていくことになりますが、ご容赦願います。

気が向いたらもうちょっと読みやすい内容にして薄い本にするかもしれません。

(2017年11月9日更新。)

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